逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第9章 消えゆく過去

「目標への命中を確認」
宇宙空間に閃光が閃き、またどこかでなにかが壊れてゆくことを教える。
「攻撃目標全ての破壊を確認、作戦成功です」
「そうか……」
神村少尉の報告に藤堂艦長は短く答えた。
作戦が成功したとなれば誰からか歓声が上がるものだが今回は誰の表情にも喜びの色はない。
「攻撃成功……して当たり前だな、話には聞いていたがここまでもろいとは思ってもいなかった」
「本艦がステルス機能を使ったことを差し引いても落第点だ、第一波攻撃から二波までの間に迎撃機のスクランブル発進だの戦闘衛星の集結だのやれることは山のようにあったはずだ、それなのにようやく迎撃機が姿を見せたのは第五波攻撃が終わったころだった、これではなんの役にも立たん」
荒島中尉と葉月中尉も幻滅しきった表情で言った。
「これでは、後に暗黒星団帝国の奇襲攻撃を簡単に許してしまったことも納得できる。この時代の地球の防空網は穴だらけだ」
黒田大尉も暗い声で言った。
「だがなんにせよ、味方を撃つのは嫌なものだ、後の世のために必要と思っても許されることじゃない」
『武蔵』の今作戦目的とは、地球各地の重要拠点への艦砲射撃、もちろん白色彗星帝国の仕業に見せかけてのことであるが皆の気持ちが沈むのは当然であった。
しかし何故このようなときに地球軍の戦力を削るようなことをしたのかといえばもちろんちゃんと理由がある。
「皆の気持ちは分かる。だが皆わかっているようにこの戦争において地球防衛軍最大の敗北原因とされていることは、機械力を過信した防衛軍自身の慢心とそんな防衛思想を後押しした無能な政府官僚組織、そして戦争の恐怖を忘れて堕落した地球市民全てにあるということを。地球人の心根が今のままではどういう形にせよ勝たせてやったとしても結局元に戻ってしまうだろう、それでは意味が無いのだ」
藤堂艦長が沈痛な面持で言った。
地球人に戦争の恐怖を思い出させる。それがこの作戦の目的であった。
「攻撃による人的被害は約数百人前後、無関係な人には気の毒なことをした、いずれあの世に行ったら平謝りせんといかんな」
権藤大尉の表情も暗い。
「みんな、つらいだろうが今は迷っている場合ではない、我々にはいまだなすべきことが山のようにある。未来の悲劇を喰い止める為、いまは迷いをしまっておけ、それにこの作戦の責任は全て艦長の私にある、その咎は全てが終わったとき私ひとりで受ける、諸君らは気に病むことは無い」
藤堂艦長の覚悟の一言であった。しかしその場の誰も艦長一人に責任を押し付けようとは考えていなかった。全てが終わったとき、いかなる咎めも償いも甘んじて受けようと覚悟を決めていた。
(艦長、あなた一人を咎人にはしませんよ、だがこの攻撃が地球人の目を覚まさせる役にたてばよいが、後は地球の良識ある人々にまかせるしかあるまい)
黒田大尉も心のなかで静かに覚悟を決め、天誅の炎に焼かれる眼下の地球に思いをはせた。

そのころ、地球防衛軍本部では突然の敵襲に対して有効な対応がとれず大混乱におちいっていた。
「対空ミサイル基地、損耗率50%突破、なおも火災が広がっています」
「宇宙港に三発着弾、ドック内の輸送船5隻大破」
「工場区に直撃弾多数、無人艦建造プラント全壊」
「戦闘衛星16機破壊」
悲惨な報告が次々入ってくる、まさかこんなに早く敵による地球本土攻撃があるとは予想していなかったため全てが後手に回り事実上有効な手立ては皆無となっていた。
「各地区の守備隊に落ち着いて消火にあたれと伝えろ、被弾した施設は切り捨ててかまわん、今は被害を拡大しないことが重要だ。軌道上の敵艦隊はどうした?」
地球防衛軍司令長官藤堂平九郎は絶望的な状況にもかまわず各地区へできる限りの指示を与え、なおかつ敵に立ち向かおうとしていた。
「軌道上の敵艦隊、進路を転換して離脱に入りました、戦闘機隊の追撃間に合いません」
「月基地の守備艦隊はどうした?」
「スクランブル体勢に入りましたが敵艦隊の速力の方が速いのでおそらく無駄かと、それに残存の駆逐艦やパトロール艦では追いつけたとしても戦艦を含む敵艦隊にはとても……」
この敵艦隊とは『武蔵』が放出したダミーバルーンや3D映像によって作り出された幻影であった、だが当然のことながらこの場にそんなことがわかる者などいない。
「むう、やむを得ん土星軌道の防衛軍艦隊に打電して警戒を呼びかけよ、各地区の部隊は全力で復旧作業にあたれ」
「長官、大変です!」
スタッフの一人が血相を変えて迫ってきた、どう見てもただごとではないほどうろたえている。
「どうした?」
「さきほどの攻撃の一弾が連邦議事堂を直撃、会議に参加していた議員たちのほとんどが死傷したもようです」
「なんだと!! それで、大統領はどうなされた?」
政治家のほとんどが死亡してしまった以上、ここで大統領まで失ってしまっては完全に地球の指揮系統は麻痺し地球全土が大混乱におちいってしまうだろう。
「幸い大統領官邸へのデモ行進のため出立が遅れ難を逃れたもようです、現在はそのまま地下都市へ避難していただいております」
藤堂長官はほっと胸をなでおろした、大統領が無事ならばとりあえず最悪の事態だけは防げる。
「長官、地下都市の要人用シェルターとつながりました、大統領閣下からです」
「よし、つなげ」
大パネルに地球連邦大統領が現れた。
「大統領、ご無事でなによりです」
「うむ、運良く怪我ひとつなく命拾いすることができた、死んでいった大勢の議員たちにはすまないことだが」
大統領は沈痛な面持ちでそう言った。
「大統領、現在各地の重要拠点が攻撃を受け混乱が生じています。ただちに指揮系統を回復し体勢を立て直しませんと、彗星帝国につけいる隙を与えてしまいます」
「わかっている、私はこれより生き残った議員たちを集めて住民の緊急避難のための活動を開始する。だが、今私の元にある人手ではとても軍事部門にまで手は回らん、そこで藤堂長官、大統領権限をもって今からあなたに防衛会議の全権を与えます、全力をもって決戦のときに備えていただきたい」
藤堂長官だけでなく、防衛軍本部全体を緊張が包んだ。
「わかりました、身に余る重責ですが、この身命をもってやり遂げて見せます」
その力強い一言に大統領からも防衛軍のスタッフからも安堵の笑みが浮かんだ。
「やってくださいますか長官、それではそちらはおまかせします、避難民のことは我々が責任を持って誘導する、あとは頼みましたよ」
大統領はそう言って姿を消した。
「聞いたとおりだ、これより地球防衛軍の全権はこの防衛軍本部が預かる、ただちに全軍に通達せよ!!」
とてつもない重荷を背負わされたように感じた、だがそれにひるんでいる時間などはない。
「戦闘衛星を全体防御隊形から集中防御隊形へ切り替えよ」
戦闘衛星には二つの防御形態がある、地球上空全域をカバーする全体防御形式と主要都市、防衛基地上空のみをカバーする集中防御形式である。
「長官、それではノーガードの地域が多数できてしまいます」
「住民が地下都市へ避難するまで隙ができてしまうがやむをえん、戦闘衛星は集中させなければ役に立たんのはさきほどもう証明ずみだ」
さきほど敵艦隊が進入してきた際も分散していた戦闘衛星はそれぞれ個別に迎撃するしかなく集中砲火をあびて各個撃破されてしまったのである。
「建造中の艦は無事か?」
藤堂長官は一番心配なことを聞いた、これがやられてしまっては防衛軍艦隊は今後一切補給を受けられないということになってしまう。
「はっ、日本を始め、各国の建艦ドック全て攻撃を受けたものはありません、ただ無人艦隊の建造工場だけは直撃弾多数を受け、もう再建は不可能かと……」
「しかたない、無人艦用の資材を全て有人艦へ回せ、完成度の高いものから優先してな」
「了解」
長官は次々に指示を出し、そしてそれは即座に実行された、これまでは防衛会議の採決を待って行動しなければならなかったため実行まで最短で半日はかかった、だがこれでは平時はよくても迅速さがもとめられる戦時には合わない、防衛会議が消滅したのは防衛軍にとって返って幸いであった。
また、無人艦の建造工場が全滅したことは良かったかもしれないと長官は考えていた、なぜなら連邦政府上層部はコストのかかる有人艦を削減して無人艦中心による防衛艦隊構想を以前より進めていた、無人化を推し進めた構造を持つ『アンドロメダ』などはその先駆けといえる。
しかし人によって操られることのない無人艦は画一的な行動しかとることができず、かつて『ヤマト』が幾度となく危機を乗り切ったときのような肉を切らせて骨を絶つといった戦法は絶対に取れない。
むろん、有人艦の補助として無人艦を使うならなにも問題はない、だが有人艦と無人艦の比率を逆転させるような政府上層部の考えはこれまで多くの血を流し計り知れない苦闘のはてに道を切り開いてきた者達にとってとても納得のいくものではなかった。
「長官、有人艦の建造ペースを上げますと乗組員の数、特に士官クラスの数が足りなくなります、どうなさいますか?」
政府上層部が無人艦隊の建造にこだわった理由のひとつがこの絶対的な人手不足にあった、あのガミラスとの戦いによって宇宙戦士の数は全盛期の数割にまで落ち込んでいた、それを理由に彼らは無人艦隊による戦力補充を訴えたわけだが、長官から見たらそれは次世代の宇宙戦士の育成を怠ったことへの責任逃れ以外のなんでもなかった。
「そうだな、よし機関部門など直接戦闘に関わらない部署の乗組員は民間から募集しろ、それから宇宙戦士訓練学校の成績優秀者に出頭命令を出せ、月艦隊と合流させて速成訓練を行わせる、月基地にも打電せよ」
「長官、それで間に合いますか?」
訓練生の消耗を恐れた士官のひとりが不安を述べてきた。
「危険な賭けなのはわかる、しかし今は地球の存亡がかかっているのだ、あの訓練学校の厳しい過程をクリアしてきた者たちならきっと成し遂げてくれるだろう。それに先日白色彗星の進撃速度が落ちてきているとの情報もある、時間的にはなんとか余裕がある」
長官はかつてのヤマトのクルーたちのように困難のなかでこそ若者たちに成長してほしいと考えていた。
「わかりました、さっそく打電します」
納得した士官は命令を実行するため去っていった。
その後も長官は限られた時間を最大限に活かすため様々な指示を出していった、防衛会議が消滅したため多くのことがらを最小限の人数でこなさなければならなかったが、本来実行までに相当な日数をかけて採決しなければならないことも迅速に実行することができ、さらに防衛会議のメンバーの多数を占める現場を知らない頭でっかちのエリート連中の出鱈目な意見をはさまなくてすむのがなによりのプラスになっていた。
〈無能な働き者は殺せ〉この万古普遍の大原則は見事に地球連邦政府の現状を言いあて、その解決法をも示していた。残酷な話ではあるが『武蔵』のおこなった殺戮は政府と軍に巣食っていた病巣を一掃する一大手術の役をはたしたのである。

「月軌道を離脱、完全に振り切ったもようです」
そのころ『武蔵』は防衛軍の迎撃網を抜けさらに地球より遠ざかっていた。
「偽装映像解除、同時にステルス態勢発動、さらにワープ準備を開始せよ、目標『ヤマト』」
ここでなすべきことは済んだ、次なる使命を果たさなければならない。
「了解、ワープ準備、目標『ヤマト』」
「さて、ここまでは順調にやってきた、だがそれもこの『武蔵』の戦闘力を持ってすればできて当たり前のことだ。しかし次はそう簡単にはいかないだろう、この戦争の歴史を完全に変えるにはどうしても『ヤマト』と一度は接触する必要がある、だがこのコンタクトに失敗すればすべてが水泡に帰してしまう、恐らくは全作戦中もっとも難易度の高いものになるだろう、しかしもっとも重要度の高い作戦でもある、総員緊張してかかれ」
藤堂艦長の言ったとおり、いくら『武蔵』が暴れたとしても、この戦争のキーと成りえるのはただ『ヤマト』だけである。
「『ヤマト』の現在地点は分かっているか?」
「はい、史実のとおりだとすると『ヤマト』は現在デスラー総統のガミラス残存艦隊を破り、地球に向けて航海中のはずです、位置は当時の航海記録から詳細に分かっています」
「そうか、ならば準備ができしだいワープを行う」
『武蔵』の面々はそれぞれ黙々と準備を整えてゆく、誰も何もしゃべらないのはただの緊張や不安のためだけではないだろう。
「波動エンジン、エネルギー充填120%、ワープ準備完了」
「ワープ開始」
『武蔵』の周辺の空間が一瞬ゆらめいたようになり、続いて開いた次元の穴に『武蔵』は消えていった。

「ワープ終了」
「『ヤマト』はどこだ?」
ワープによる一瞬の虚脱状態から回復した『武蔵』の面々はなによりもって『ヤマト』の姿を捜し求めた。
「レーダーに地球防衛軍の識別信号確認、『ヤマト』です。しかし、これは」
レーダーを見ている神村少尉の様子がおかしい。
「どうした、報告は簡潔にしろ」
「『ヤマト』の周囲に艦影多数、識別不明」
「なんだと! パネルに投影しろ」
藤堂艦長は予想外の事態に驚きながらも事態の把握に努めようとした。しかし、彼らの見たものは彼らの予想をはるかに超えた光景であった。
「これは、いったいどういうことだ!!」
そこには、大艦隊に包囲され全身から黒煙をあげてもだえる『ヤマト』の無残な姿が映し出されていたのだ。

第9章 完

次へ