逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第27章 『武蔵』、史上最大最悪の作戦

「シューティングスター隊、作戦を開始しました。敵艦隊の通信量が増大しています」
  桜田中尉が、たった今桑田少尉の機から届けられた電文を読み上げた。
 
  今、『武蔵』がいるのは、イスカンダルの海の底の底、深海1万7千メートルの海溝の底。
  当初の予定では、ここからガミラスのときのようにイスカンダルの地殻に改造を施すはずであったのだが、今は予定を変更してイスカンダルの地殻中心に据え付けられた、星の自爆装置の解体に着手していたのだが、これがなかなかやっかいで手こずっていた。
  黒田大尉は技術班員らとともに機械工作室でうなっている。200年も昔の機械なので、さほど問題はないものと踏んでいたのだが、星のコアと完全に融合しているために、ひとつ間違えば星の崩壊を招いてしまう。これを作り上げたイスカンダルの科学者は、相当用心深いか意地が悪いかのどちらかだろう。
  藤堂艦長も、それはわかっているのだが、予想外の時間のかかり方にもう何度目かの催促をせずにはいられなかった。
「黒田くん、まだ自爆装置の解体は終わらんのか、発進することはできんのか?」
「まだ、なんとも。なにせここまで複雑だとは思いませんでした、さすが波動エンジンの生みの親の星です」
  黒田大尉も感心した様子で答えた。25世紀の技術者の手をわずらわせるとは、過去にイスカンダルのことをヤマトのあるクルーは「科学の生んだ理想郷」だと評したが、あながち間違ってはいないようだ。
「それから、スターシアには気づかれてはいないだろうな?」
「それは大丈夫です。こんな装置滅多なことじゃ使いはしないでしょうからね。それに、夫婦水入らずを邪魔しては無粋ですし、気づかないうちに何もかも終わらせておきますよ」
  今、スターシアは古代守といっしょに仲むつまじく生活していることだろう、その幸せを守り続けられないのは残念だが、より不幸にならないようにしてあげることならできる。
  だが、いつまでもこうして海の底でゆっくりしているわけにはいかない。時間は刻々と過ぎていっているのだ。
 
  ただ、問題の暗黒星団帝国の艦隊のかく乱作戦は、こちらも予想外の成果をあげつつあった。
 
  サンザー星系第10番惑星
「こちら剣機、目標の暗黒星団駆逐艦は大破漂流中、ただし救援シグナルを出していることから乗員は生存しているもよう……まいったな、まさか流星群に突っ込んでくるとは、脅かしすぎじゃないのか倉田」
  光子迷彩で姿を隠したシューティングスターのコクピットから、しかめっつらを剣少尉は火焔をあげている暗黒星団駆逐艦を眺めた。
「そう言われてもな、案外肝っ玉が小さいな敵さんは」
  倉田少尉も反対側の空間から苦笑しながら答えた。
  第10番惑星には、元はガミラス軍の艦隊基地が設営されていた。今は廃墟と化しているが、地球でいえばガニメデ基地に相当するものがあったのだろう。
  それ以外には、荒野と薄い窒素でできた大気が広がるだけで、生物の生存には適さない惑星ではあるが、ガミラス人から見たらそこそこ住みいい惑星だったのかもしれない。
  そこに、倉田少尉が設置した第一の策、『幽霊基地作戦』がスタートされた。
  まず、最初に偽の救難信号で敵をおびき寄せるところまでは前話で語った通りである。
  そして、のこのことやってきた敵が惑星の大気圏内に入ったところから仕掛けが始まった。
 
 
  まず、着陸しようとした駆逐艦、ルーギスの命を受けたスピルZを突然の砂嵐が襲った。
「なんだこれは!? 気象観測はなにをしていた!」
「わ、わかりません、突然気圧が下がって乱気流が発生したんです」
  もちろんこれは自然のものではなく、気象コントロールによって人工的に発生させられたものである。気象コントロール自体は23世紀にはすでにあり、ガミラスは本土決戦時に対ヤマトにこれを使用していたこともある。25世紀の技術ならば艦載機に積み込むまで小型化するのもたやすいものだ。
  艦長は怒って観測員を怒鳴ったが、窓の外はあっという間に黄色い砂で覆われてしまった。
  しかし、宇宙空間では相手が見えずに戦うなど日常のことである以上、彼らはすぐに頼る物をレーダーやソナーに切り替え、砂嵐の脅威を乗り越えようとした。
「姿勢コントロール復帰、前方4千に救難信号を発したと思われる基地を確認しました」
「ようし、着陸態勢、陸戦隊は上陸準備せよ」
  砂嵐をものともせずに、スピルZは基地の周辺の砂漠に着陸したが、そこにはすでに倉田が仕掛けた罠が眠っていた。
  着陸脚を出して砂地に下りたスピルZが落ち着く間もなく、地面に下ろした着陸脚がズブズブと沈み始めたからたまらない。慌てて飛び上がろうとするが、エンジンを止めていたうえにめちゃくちゃに揺れるからどうしようもない。
  仕掛けは、あらかじめ地面の下に仕掛けていた高周波地震発生装置で、砂地を液状化させたもので原理的には単純である。ただ、突然足場を失うというものが重力に縛られて生きてきた生物にかなりのショックを与えるのも確かだ。それは、地球だけでなく、ガミラス、彗星帝国、暗黒星団、ボラーを問わずに人工重力発生装置を宇宙船に備え付けていることからも明らかである。
  冷静に対処すれば、スピルZはこの程度の流砂など何の問題も無く切り抜けて浮上できただろうが、操縦士がパニックに陥ったがために、姿勢が崩れているにも関わらず垂直噴射バーニアをいっぱいに噴かしたため、大きくななめに傾いて飛び出してしまい、そのまま面を上にして投げられたフリスビーのように、砂嵐の抵抗をもろに喰らってふらふらと失速し、かろうじて流砂のはずれの砂地に不時着した。
「ば、ばか者が……被害を報告せよ」
  スピルZは、前2本の着陸脚が折れ、左舷ミサイル発射管損傷、無理に噴射したブースターも反動で砂が詰まってしまって使用不能と、少なくない損害を受けたことがダメコン班からの報告で明らかになった。
「なんとしたことだ、貴様らそれでも暗黒星団帝国の軍人か!? 修理を急げ、陸戦隊は上陸して救難信号の発信者を捜索せよ」
  艦長に怒鳴られて、クルー達はあわてふためいてそれぞれの作業に取り掛かった。
「こんな失態、ルーギス様に知られたら、私はいい恥さらしだ」
  頭を抱えて、艦長はどうこの失態を取り繕おうかと思ったが、すぐにそれどころではない事態になろうとは、さすがに予測できていなかった。
 
  艦底部のハッチが開いて、黒々とした宇宙服に全身を包んだ陸戦隊員達が油断なくレーザー小銃を構えて降りてくる。
「全員揃ったな。これより基地の生存者を捜索に向かう、第一目的は言うまでもなく生存者の確保、発砲はできるだけ控え、やむをえない場合はパラライザーを使え、ただしこちらの生命に危険が及ぶ場合に限って実弾射撃を認める。第二に、この基地の記録媒体の確保、とりあえずめぼしいものは拾っておけ。救難信号の発信源はここからおよそ北に三千、砂嵐がひどくて乗り物は使えん。流砂に注意して進め、行くぞ」
  作戦内容を確認すると、陸戦隊員達は赤外線スコープを使って、北へ向かって前進を始めた。
 
  だが、その様子は超光子スコープで最初からずっと覗いていた倉田機に、しっかりと発見されていた。
「おっ、降りてきたな。じゃあ作戦その3いきますか、うう、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
  倉田は合掌して念仏を唱えたあと、仕掛けのリモコンのドクロマークが押されたスイッチを押した。
 
「隊長、ひどい砂嵐ですね。赤外線スコープもほとんど役に立ちませんよ」
  今にもホワイトアウトしそうな画像をにらんで、陸戦隊員の一人がそう言った。
「我慢しろ、あと100も行けば基地にたどりつけるはずだ。そこまで行けばなんとかなる」
  5メートル程も視界の無いひどい砂嵐に、さすがに歴戦の陸戦隊員達も不安を隠しきれない。
  と、そのとき先頭を歩いていた隊員の足先に、何かがこつんと当たる感触がした。
「なんだ? うぇ!?」
  見下ろした先には、足元いっぱいに宇宙服を着た骸骨の群れが延々と広がっていた。
  それら無数の髑髏が何十という虚ろな視線を向けてきて、さしもの歴戦の陸戦隊員達も足を止めてしまった。
「これは……ここの隊員達の成れの果てか、ここで何が起きたのか……」
  朽ち果てた死骸の群れに、背筋が寒くなるものを感じたが、任務を続行するためにはこの墓場を突っ切らねばならない。
  隊長に進めと命令されて、隊員達はなるたけ骨を踏まないように注意しながら一歩一歩進んでいった。
  だがそのとき、突如猛烈な風が吹いて、足元の骨をまとめて吹き上げたからたまらない。
「ぬわっ!?」
「うぉっ!?」
  ヘルメットに当たりまくる人骨の嵐に、覚悟を決めていたはずの隊員達もわずかに尻込みする。しかし、気を取り直して務めて無視するようにして前進を再開した。
 
「へえ、まあこんなものじゃひるまんか。だがここで引き返してればよかったものを……」
  倉田はまるで歌劇を鑑賞するように、独り言を言いながらそれを見ていた。
  当然、あの骨も『武蔵』の工場で作られたリアルな模型である。本物を使うなんていうバチ当たりな真似はできないが、上陸した敵兵士を動揺させ、少なからず精神的に揺さぶりをかけることに成功したようだ。
 
  そして、ようやく屍の山を抜けて、固い鋼鉄の床を敷き詰められた廃基地にたどり着いた彼らを、元は格納庫であったのか、巨大なかまぼこ型の建物が、入り口を開けて待っていた。
「突入するぞ」
  隊長に続いて、ライトであたりを照らしながら、小銃を油断なく構えてゆっくりと中へ進入していく。
  中はひどく荒れていて、風化が激しく、なかば砂に埋まった戦闘機がはがれた外装から、骨組みを骸骨のように晒して何機も転がっていた。
「生命反応はないか?」
「ここにはありません。また、エネルギー反応もないので、この区画に生き残りがいる可能性は低いと思われます」
「よし、先に進むぞ、ただし防衛用のトラップがまだ生きているかもしれん。各自充分注意しろ」
  用心深く周囲に目を光らせながら、彼らは格納庫を抜けて、基地の奥のビル群に入っていった。
  そこも、内部は人の気配はなく、相当に荒れ果てていて、やはり生命反応も存在しなかった。
「おかしいな、確かに発信源はここなのだな?」
「はい、ですが生存者がいるとすれば、気候の荒い地上ではなく、シェルターのようなもののある地下なのではないでしょうか、深さによってはここで生命反応が感じられなかったのもありえると思いますが」
「地下か、これだけの規模の基地ならありうるな。よし、入り口を探せ」
  隊長の命令で、陸戦隊員達は基地のほうぼうへと散っていき、十数分後に地下への入り口らしきものが見つかったと報告があった。
  それは、ほかの建築物がボロボロに風化しているというのに、汚れを拭いてやればすぐに金属光沢を取り戻すほどに強固で、しかも分厚そうな一辺3メートル程ある扉だった。
「これか、間違いなさそうだな」
「ですが、どうします。我々の装備ではこの扉は破壊できそうにありませんが」
「壊す必要はない。中の人間に、外に助けが来たということを知らせればいいのだ。爆薬はあるだろうな?」
「はっ、充分に」
「扉に少量でいい、ただし振動がよく伝わるようにセットしろ。それを3分おきに繰り返す」
  ただちに爆発物専門の隊員が、扉に隊長の指示通りに爆薬を取り付けていく。使用するのはいわゆるプラスチック爆弾といわれるやつで、爆発の規模は小さいが、起こす振動はとても高い。
「セット、完了しました」
「よし、離れろ!」
  起爆コードを引っ張ってきて、隊員達は物陰に隠れた。
「ようし、爆破!!」
  カチリ、起爆ボタンが押し込まれて、電気信号に変換された命令はコードの中を光速で走り、粘土状のプラスチック爆弾に差し込まれた信管を作動させた。
  猛烈な振動がビリビリと、この星の淀んだ空気を揺り動かした。
「どうだ……?」
  物陰から顔を出してみると、扉はそこにそのままの姿でそこにあった。
  だが、まるで爆発に呼応するかのように、扉の横の開閉スイッチがひとりでに動き出し、扉はギリギリと盛大に砂埃を上げながら開いた。
「開いた?」
  まさか開くとは思っていなかった彼らは一瞬あっけにとられた。扉の中は照明が薄暗く、地下に向かって続いていて、人影はない。
「よし、突入するぞ」
  意を決した隊長は突入を指示した。中は狭い通路が奥へ向かって延々と続いている。
  地獄へ続いているようなそれを、彼らは恐る恐る進んでいった。
 
 
  そして、結果的に彼らは地獄を見るはめになった。
  地下室は、本来ならただの廃墟だったが、倉田機が積載限界にまで積んできた数々の仕掛けによって、とんでもないお化け屋敷に突貫工事で改造されていたのだ。
  照明が不定期に点滅し、床に散らばった骸骨がカタカタと動き、どこからともなくうめき声が聞こえる。
  馬鹿馬鹿しい、非科学的とあなどるなかれ、右も左も閉ざされて、光も限定された閉鎖空間の中では、防衛本能が強く働き、その結果恐怖心が増幅される。
  そして恐怖に耐え切れず、たった一人でも悲鳴を上げでもしようものなら、恐怖は一気に全体に拡散し、爆発した感情は恐慌を引き起こす。
  監視カメラでその様子を見ていた倉田は、彼らが平静を取り戻さないように、次々仕掛けを作動させて、パニックに拍車をかけていった。
「まさか軍隊に入ってお化け屋敷の管理人をすることになろうとは思わなかったぜ。しっかし、暗黒星団帝国の連中もお化けは怖いんだねえ。25世紀に戻れたら、新しい商売でも始めてみようか」
  どんなに科学が発展しようと、全てのものを知ることのできない人間が、迷信を克服することはできないようだ。
  そのうち、我慢しきれなくなった者達が出口へと殺到しはじめると、出口方面の明かりを強くしてやって、逃げるのを助けてやった。
「さてと、これで地上部隊の方は大体いいな。あとは艦のほうか」
  笑うだけ笑った倉田は、今頃地上部隊からの悲鳴のような通信でてんてこ舞いになっているであろう、暗黒星団の駆逐艦に目をやった。
  地上部隊には、帰路も骸骨が動いたり、砂嵐に大サソリの影が映ったりするなど仕掛けが残っているが、そちらは自動で作動するので、倉田は新たな仕掛けの準備にかかった。
 
 
  さて、自分達に向けて恐ろしい計画が準備されているとは露知らず、駆逐艦スピルZでは、目下パニックに陥った陸戦隊のために対応に追われていた。
「ええい! 陸戦隊は何をやっている、もっと要領のよい報告はできんのか!」
「はっ、しかし通信が混乱しておりまして……なにがなにやら」
  通信士の席からは、悲鳴ともなんとも言いがたい叫び声が響いてくるだけで、下がどうなっているのかはさっぱりわからない。これは、当然陸戦隊が恐怖のあまりパニックに陥っていることもあるが、倉田機が通信がまともに伝わらないよう、ちょいと細工したせいもあった。
「まったく、この星はいったいどうなっておるのだ……ええい! 全艦戦闘配備をとれ、陸戦隊を収容しだい、あの基地を吹き飛ばすぞ!」
  短い堪忍袋の尾を切らせた艦長は、怒りに任せて一番安易な選択をした。だが、それこそ倉田の思う壺だということを彼は知らない。
  悲鳴をあげながら帰還してきた陸戦隊を収容してハッチを閉じたスピルZは、忌々しい惑星の大地を踏みつけるように発進した。
  しかし、発進した矢先に、ブースターの一基に倉田機からの機銃射撃が加えられたから、椅子から立とうとした瞬間に椅子を蹴っ飛ばされたようなもので、バランスを失って倒れる寸前のコマのようにふらふらと失速して、3分くらい揺れていた。当然その間中の人間はシェイカーに入れられたようなものなので、ようやく収まったときには相当数が船酔い状態になり、まともに戦闘のできる状態ではなくなっていた。
「ぐぅぅ……な、なにが起こったのだ? て、敵か?」
「い、いえレーダーには何も……うぅ……頭が」
  ブリッジの中もクルー達のほとんどがグロッキーになっていて、とてもまともに計器を扱えはしない。
「いったい、この星はなんだというんだ!」
「陸戦隊の奴らが言ってたじゃないか! この星には取り残されて死んでいった原住民達の怨霊が巣くっているんだ!」
「馬鹿な、非科学的だ」
「ならば貴様はこの異常な事態をどう説明するというんだ!」
  クルー達も度重なる異常事態と、不安からパニックを起こしかけている。それに艦長も軽い錯乱状態に陥りかけており、混乱を沈めることはできなかった。
  ここで、倉田が持ってきた最後の仕掛けが作動し始めた。
  クルー達の怒号が交差するブリッジに、突然人がもがき苦しむような恐ろしげなうめき声が流れ始めた。
「お、おい誰だ変な声出してるのは?」
「お、俺じゃないぞ……み、みんなここにいるよな……ということは……まさか」
「怨霊の声だ! 地獄の底から俺達を呼んでいるんだ!」
  一人が恐怖に取り付かれると、後は集団心理でそれは全体に伝染する。
  あっというまにブリッジは狂気が支配する混乱の坩堝になった。
 
 
  その様子を、スピルZのブリッジ横に撃ち込んだ特殊マイクで拾いながら、倉田はこの悪趣味の極みとも言うべき仕掛けと作戦がうまくいったと思った。
  これのタネは、取り付けられた特殊マイクから艦内にうめき声を流し込んだもので、声の正体は『武蔵』の乗組員達がこぞって録音したものである。なお、本来5〜6人分ほどあれば充分だったのだが、志願者をつのったところ我も我もと集まってしまい、結果30人以上のうめき声の大合唱となってしまった。それもよりリアルな苦しみ声を出すために、指をのどに入れたり、尻を力自慢の奴につねりあげてもらったりしたりとの熱の入れようであった。この熱意をもっと別なことに活かせればいいのに……だが真面目なことに力を尽くすのは、充実感や達成感はあっても刺激は無い、要するに『武蔵』のクルー達はラテン系なのだ。
「ま、給料分は働いてるんだからこれぐらいはさせてもらわなくちゃねえ。さーて、そろそろこの星から逃げ出すころかな」
  コクピットの中で笑いをこらえながら、倉田はシューティングスターの発進スタンバイに入った。
  案の定、敵駆逐艦はよろめきながらも全速力で上昇を開始していく。そうそう、そうやって恐怖を本体に持ち帰ってくれればしめたものだ。
  倉田機も姿を隠して後を追う、万に一つも振り切られる心配はないから、倉田本人は自動操縦に任せてコクピットであくびをしている。
  だが、そうして余所見をしているうちに、駆逐艦は上昇の勢い余って剣機の牽引してきた流星群に真っ向から突っ込んでしまった。そうなると、たいした装甲のない駆逐艦は艦体を乱打する岩石弾に耐えられず、流星群を抜けてくるころには艦体はでこぼこだらけになり、砲身はひんまがって、火災まで起こした無残な格好になっていた。
「あーあ、これは俺は悪くないからな」
  素人でもしないようなミスを簡単にしでかすとは、敵の操舵士の慌てようは相当なものなのだろう。作戦がうまくいっているのはありがたいが、沈んでもらってはせっかくの苦労が水の泡になってしまう。
  そこへ剣のシューティングスターがやってきて、倉田は思わず苦笑した。
「さて、仕上げは本体のほうか、さっさと済ませてサンザー星系ともおさらばだな」
  ここでの仕事は終わった。倉田は剣とともに、スピルZを背にしてはるかかなたへと飛び立った。
 
 
  そのころ、ルーギス率いる暗黒星団帝国ガミラシウム調査船団本体は、桑田と武部の仕掛けた電磁波攻撃によって乗組員達の大半が体調を崩し、ルーギスは焦りといらだちの中にいた。
「それで……なんだと?」
  駆逐艦スピルZからの緊急報告に出たルーギスは、その気が触れているとしか思えない内容に、吹き上がる怒りをなんとか抑えながら答えた。
〔ですから、この星系には何か得体の知れない魔物のようなものが潜んでるんです。きっと絶滅した先住民族の亡霊か……」
「いいかげんにしろ! いまどき何千年も前の古臭い迷信を掘り返す気かね?」
  しかしスピルZの艦長は真剣だった。
〔いいえ、我々もあらゆる方向から科学的分析を試みてみましたが、まったく解読不能でした。これは人知を超えた何かの仕業としか思えません〕
  これは単に25世紀の技術で作られた『武蔵』の仕掛けの偽装が、この時代の暗黒星団帝国の技術力では理解できなかったからだが、科学で理解できないということはそれだけで超科学力を自負する彼らにとって恐怖となっていたのだ。
「もういい、艦の応急修理を済ませて早く本体に帰還したまえ、君の処分はその後でゆっくり決めよう」
  ルーギスは通信を切らせると、弟のクーギスを呼び出した。
「クーギス、お前の艦隊のほうはどうだ?」
〔相変わらず、倒れる乗員が後を絶たん。このままではいずれ乗組員が全員使い物にならなくなるぞ。それに、今の駆逐艦からの報告は聞いていたが、悪霊うんぬんはともかく、この星系を少しなめていたのかもしれん。もしかしてここの先住民族が絶滅したのは……どうする兄者〕
  クーギスは暗に、作戦中止の可能性を訴えたが、この作戦に将来の栄達をかけているルーギスはかたくなに作戦続行を堅持した。
「なにがあろうと、任務を途中で放棄するわけにはいかん。万一のときはロボットだけでも調査はできる」
〔それで、大丈夫か〕
「わからん。とにかく何もかも分からんことだらけだ。コンピュータも、この星域には異常なしを示すだけだ。ともかく、亡霊の仕業などということは絶対にありえん」
〔しかし、コンピュータで分からないというのは……この星域の先住民族の技術レベルはそこまで高かったとは思えんが〕
  暗黒星団帝国の人間は、圧倒的な科学力を誇る反面、それに理解できないこと、つまり機械力で分析できないことに対しては思考がまわらない傾向がある。つまり、それこそが科学で証明できない現象、すなわちオカルティックな恐怖が入り込む余地があるのだ。これを笑うのなら、何ヶ月も閉鎖された空間の中で情報が制限され、一歩外に出たら死ぬ世界に自分がいると仮定して考えてみるといい。大昔の船乗りの間で伝説とされたセイレーン、海坊主、船幽霊などはそうした恐怖から生み出されたものだ。
  そして、それは航海する海が宇宙の海原に変わったとしても無意識の中に継承されている。
  それに狙いをつけたのが、『武蔵』の仕掛けたこの心理作戦なのである。
  突然、自動に切り替えられていたレーダーがアラームを鳴らし、合成音声がけたたましくしゃべり始めた。
[非常事態発生、本艦隊に向かって隕石群が接近中、衝突コース、接触まで、後180メル]
  それを聞いたクーギスとルーギスは愕然とし、ただちにコンピュータに回避行動をとるように命じた。
  円盤型船体の側面スラスターが噴射し、隕石群との衝突コースから艦隊をそらしていく。やがて、直径10キロはありそうな巨大隕石がいくつも艦隊のすぐそばを掠めていき、二人は冷や汗を流した。
「ぬぅ……」
  あと一歩遅ければ艦隊は文字通り踏み潰されていただろう、作戦続行を強調していたルーギスも心に迷いが生じ始めた。
  けれど、実体のないものにおびえて作戦を中止したなどと聖総統に報告できるはずもない。万難を排してでもガミラスとイスカンダルに向かうしか、彼にとれる選択肢は無かった。
 
  しかし、その先には彼らへの最大の仕掛けが待っていた。
  戦艦『武蔵』がとうとうやってきたのだ。
 
「波動砲、エネルギー充填開始」
「了解、艦首波動砲エネルギーバイパス接続、補助機関推力切り替え」
  今、『武蔵』は暗黒星団艦隊の前方200万宇宙キロの地点に遷移して、艦首を艦隊に向けていた。
  『武蔵』の艦首に、この時代のものとは比べ物にならないほど強大なエネルギーが集束していく。これをそのまま放つだけでも暗黒星団艦隊は原子にまで還元されてしまうだろう、しかしそれではこの作戦の意味がない、やることは別にある。
「エネルギー拡散調整よし、収束率ゼロに設定」
  黒田大尉が波動砲の設定を通常から特殊なパターンへと変更していく。
  普通はエネルギーコンバータに溜め込んだ波動エネルギーを1方向へと押し出すのだが、そのベクトルを定めずに発射したら……エネルギーは散弾銃よろしく広範囲に衝撃波を発生させる。
  そして、ここは老化した恒星からなる星系、衝撃波を強烈な太陽風に見せかければ……
「イスカンダルへの影響は大丈夫か?」
「問題ありません、何十回もシミュレートしましたから」
「ようし、荒島」
  すべてのチェックが完了し、藤堂艦長の命が波動砲のトリガーを握る荒島中尉に飛ぶ。
「了解、波動砲安全装置解除、発射20秒前、総員対ショック、対閃光防御!」
  『武蔵』の艦橋の窓に閃光ブラインドが下ろされ、発射の反動に備えて全員がシートベルトを確認する。
「荒島中尉、今度は狙わなくていいとはいっても、目をつぶって撃ったりしないでくださいね」
「がくっ、神村少尉、あんたもけっこうしつこいな!! これでもう3回目だろ」
  気合を入れてトリガーに手をかけたが、また神村少尉に茶々を入れられて荒島はこけかかった。
  対して神村少尉はしてやったりと笑ってる。なお、荒島中尉は頭によく目立つでかいコブを作っている、理由は桑田にチクられた自業自得の末路である。
「荒島、10秒前だぞ!!」
「はい! 発射、5秒前、4、3、2、1、ゼロ!! 波動砲発射!!」
  収束波動エネルギーが波動砲口から無秩序に放射され、広範囲に目に見えない衝撃波を拡散させた。
 
  しかし、強大なエネルギーを併せ持つそれは、センサーにははっきりと捉えられ、暗黒星団艦隊全艦にすさまじい警報音を鳴り響かせた。
「衝撃波だとお!! くっ、全艦対ショック防御!! 戦闘艦は工作艦の盾になれ!」
  回避する間もなく、ルーギスは戦闘艦隊を工作艦隊の前に立ちはだからせる。
「くそっ! いったいこれはなんだ!?」
「この星系は老化がいちじるしいものなので、恒星の収縮による太陽風ではないかと」
「脈動変光星だったというのか!? くそっ、この星系の文明が滅んだのもまさかこのためか」
  考えている間もなく、亜光速の衝撃波が艦隊に襲い掛かる。
  身構えたのに座席から振り落とされそうな揺れが艦体を襲う。それでも艦内は重力制御で揺れは軽減されているのだが、体が分解されてしまいそうな感覚にとらわれた。
「うう……ぜ、全艦損害を報告せよ……」
  暗黒星団艦隊は一瞬にして壊滅状態にまで追い込まれていた。沈没艦こそ無く、戦艦クラスは小破で済んでいるが、中型小型艦は甲板上をボロボロにされて、砲塔やアンテナなどはまるごと持っていかれて穴しか残っていない艦も多くいる。
  特に戦闘艦は工作艦隊の盾となって正面から衝撃波を受けたためにダメージがひどく、護衛艦や駆逐艦は航行不能になっているものもある。
  作戦続行か中止か、決断を躊躇していたルーギスもここにいたって考えを決めねばならなくなった。
「ぜ、全艦一時恒星系外に退避だ!」
〔兄者、いいのか!?〕
「事前調査が不足していた。やむを得まい……航行不能艦は放棄、乗員収容後雷撃処分とする、急げ!」
  苦渋の決断を下したルーギスの額には大粒の汗が浮かんでいた。
  この失敗によって自分の出世は大幅に遅れるかもしれない、しかし戦場でもないところでの死亡で2階級特進などは武人として我慢ならない。
  歯軋りするルーギスの見ている前で、艦隊はゆっくりと回頭していく、それが仕組まれたものとも知らずに……
 
 
「暗黒星団艦隊、反転していきます。どうやらこの星系から離脱していくもようです」
  神村少尉の声とともに、『武蔵』の艦橋に大歓声がとどろいた。
「やった! 艦長、予想以上の成果です」
「うむ、撤退にまで追い込めるとは十二分に目的は果たしたと言える。各員、よくやった!」
  今度の作戦は、全乗組員が一丸となったからこそここまでの成功を収められたのだ。これで暗黒星団帝国のイスカンダリウム採掘は史実より遅れるだろう、そうすれば彗星帝国戦後に地球防衛軍に時間的猶予が十分に生まれる。
「桑田、武部、剣、倉田のシューティングスター隊、全機帰艦しました」
「ようし、もう長居は無用だ、大ワープで一気に太陽系に戻るぞ。これより、本艦は白色彗星帝国との決戦に赴く!」
「おおーっ!!」
 
  『ヤマト』と『武蔵』、それぞれの使命を果たし、悲劇の歴史を変えるための決戦の日は近い。
 
 
  27章 完

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