逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第31章 ヤマト、対都市帝国総力戦

「ズォーダー大帝、『ヤマト』らは都市帝国前方、一五〇〇宇宙キロで反転、こちらに砲門を向けて接近してきます」
  白色彗星、いや、今は都市要塞となった彗星都市帝国の玉座の間で、ズォーダー大帝は悠然と玉座に腰を沈めながら、スクリーンに映った『ヤマト』以下の三隻の姿を見下ろしていた。
「ふっふっふっふ、それだけの軍勢でこの都市帝国に挑もうというのか、ここまでは敵ながらあっぱれと褒めてやるが、まだ何か打つ手が残っているかな?」
  ガス体を振り払われ、彗星の前進を止められたというのに、ズォーダー大帝は怒るどころかむしろ呵呵大笑して、予想外の頑張りを見せて楽しませてくれる敵を見下ろし、次にどんな行動に出るのかと期待すらしていた。
  一方、大帝の周りには、サーベラー総参謀長以下の帝国の重鎮が集まっているが、大帝に比してその顔色には精彩が乏しい。
「大帝、バルゼー提督の主力艦隊を呼び戻してはいかがでしょうか。このままでは……」
「このままでは、何だ?」
  鋭い視線を向けられて、サーベラーは続ける言葉を失った。彼女たち幕僚にとっては、これまでの敗戦と今の苦戦の責任を問われているに等しいのだ。いくら彗星帝国が独裁国家だからといって、大帝が一から十まで指示しているというわけではない。軍事方面の細かな運用についてはサーベラーたちに一任されており、銀河系征服の第一歩である太陽系制圧に際してすでにゴーランド艦隊、ゲルン艦隊を喪失し、バルゼー主力艦隊もやっと敵と互角という状態では、今後の征服事業も大きな見直しを余儀なくされている。これで、大帝の幕僚への信頼感をとどめ続けていくのは極めて困難だろう。けれど、彼女たちは自らの地位となにより生命を維持するために大帝に働きかけねばならなかった。
「恐れながら、敵は的確に我らの弱点をつき、寡兵にて我が軍と互角に渡り合っています。無理に攻めを続けて戦力を消耗するより、兵力を集中、再編成して都市要塞とともに改めて攻勢に出るべきと存じますが」
「ほお、地球人とはそれほどに強い民族だったのか、つまり以前デスラーが語ってお前が冷笑したことを認めるというのだな」
  隠しようもない侮蔑を向けられて、サーベラーは言葉を失った。デスラーはこの地球侵攻作戦が始まる段階から、ヤマトを、地球人をあなどるべきではないと散々警告してきたが、そのことごとくを無視したのは他でもない彼女たち幕僚団だったのだ。今更地球人の強さを認めることは自分たちの判断ミスを肯定することになり、保身どころか粛清の対象にまでなる。
「だが、時が時だ、お前達のことは地球侵攻作戦が終了するまで置いておこう。見たところ、敵はわずか三隻でしかない。ゲーニッツ、帝国に残った艦隊を率いて出撃し、ヤマトを叩け!」
「ははっ!」
  大帝の勅命が下り、ゲーニッツは剥げ頭を冷や汗を濡らしながら、帝国の艦船ドックへ向かうべく玉座の間を駆け出していった。
「周辺警戒に出て行ったラーゼラーの哨戒艦隊を呼び戻せ、挟み撃ちにするのだ」
「はっ!」
  連絡士官に命じて、大帝は命令を哨戒行動に出ているラーゼラーに伝えさせた。彼は指揮下の艦隊が地球軍の潜宙艦(『武蔵』のこと)に壊滅状態にさせられて以来、ほとんど左遷に等しい状態で哨戒任務につかされていたのだが、この命令で名誉挽回とばかりに奮闘することだろう。
  そして、大方の命令を伝え終わると、大帝は最後にサーベラーに向き直り。
「さて、サーベラー、帝国のドックにはまだ潜宙艦が何隻か残っていたはずだ。お前もそれらを引き連れて出撃せよ」
「な、なにをおっしゃいます。私は帝国軍総参謀長、その私が前線になどと」
「だからだ、日ごろから自慢しておるその手腕、ここで発揮せずしてどうする? それとも、わしの命が聞けぬか」
  冷や汗を浮かべて抗弁するサーベラーを睨みつけて一刀両断し、ズォーダーは傍らに控えた親衛隊を視線を移した。行かないのであれば処刑すると、それは無言の恫喝であった。サーベラーに、選択の余地はなかった。銃口に追い立てられるようにしてサーベラーが退室した後、ズォーダーは憤然とつぶやいた。
「所詮、帝国はわし一人、どいつもこいつも役に立たん奴らめ!!」
  普段おべっかや追従は使うくせに、いざとなったら保身しか考えない。もし奴らに自分で言うほどの能力があるなら、今ここでこそ示すがよいのだ。
「防御ガススクリーン、展開準備完了!」
「ようし、外装リング回転開始、同時に回転ミサイル発射用意!」
  玉座の間にただ一人君臨する絶対者の命がくだると、都市要塞の都市部と下部の惑星部のつなぎ目で要塞をぐるりと取り囲む、巨大な回転ベルトが重々しく回転を始め、都市部の周りにガスを噴出していく。これは一見ただのガスに見えるが、その実強力な気流と重量感を持ち、砲撃も艦載機による侵入もはばむ強力な盾なのだ。さらに、この回転リングには防御だけでなく、強力な武器も装備されている。
「回転ミサイル、発射準備完了!」
「発射!!」
  回転ベルトに開かれた巨大な発射口から、水雷艇ほどの大きさを持つ巨大ミサイルが発射されていく。しかも、しかも一発や二発ではない、ベルトからまるでガトリング砲のように連射されてヤマト艦隊へ向かっていく。
 
  しかし、雨あられと向かってくるミサイルの驟雨を、あらかじめ予測していたヤマト勢では副砲と対空ミサイルを用意していた。
「主砲、攻撃目標敵回転ベルト、他の火器は全力でミサイルを迎撃せよ!」
「了解、打ち方始めます!」
  南部が無駄なく手際を整えて、攻撃と防御に振り分けた砲門を開いていく。ヤマト砲術班長南部康男は一撃必殺のエネルギー調整では古代に一歩譲るが、精密射撃の精度では古代を上回る。副砲、側面ミサイル、煙突ミサイルが火を吹き、回転ミサイルとぶつかって火球に変えていく。むろん、『蝦夷』と『メリーランド』も迎撃のために砲門を開く、こちら側は『ヤマト』より火力が劣るために主砲もミサイル迎撃に当てていた。
「主砲、発射!」
  防御を南部が請け負えば、攻撃は古代の番だ。エネルギーを最大限に高め、射程と威力を引き上げた九門のショックカノンが同時に青白い火線を放つ! なにしろ、相手は直径一二キロを超える超巨大要塞、外れるはずがなく砲撃は全弾都市帝国の回転ベルトに命中、大爆発を引き起こした。
「どうだっ!」
「……だめです。要塞表面に変化なし、効果がありません」
  『ヤマト』のショックカノンは残念ながら、回転ベルトの対空砲座をいくつかつぶしはしたが、ベルト自体にはわずかな焦げ目を与えただけで終わった。それを見て、真田は悪い予測が当たったと憮然とした。
「やはりな……あの回転ベルトは強力な装甲金属でできているようだ。考えてみれば、ベルト自体はガスで防護されていない、強固に固めるのは当たり前のことだな」
  これでは、『ヤマト』の主砲程度ではいくら撃っても無駄だろう。波動砲を使うか、『武蔵』の火力であれば話は別だろうが、ここで一気に勝負をかけるわけにはいかない。と、なればやはり史実どおり都市帝国の下部から攻撃を仕掛けるべきか。だが土方艦長がそう思ったとき、雪が新たなレーダー反応を捉えた。
「これは、都市帝国の反対側から艦隊反応です。戦艦三、駆逐艦六」
「なにっ! 都市帝国の残留部隊か」
  これは史実にはなかったことだ。だが、ありえないことではなかった。
「艦長、これでは都市帝国下部に潜り込もうとしたら挟み撃ちにあう可能性があります」
「うむ、コスモタイガー発進! 『ヤマト』に先行して制空権を確保せよ」
  すでに都市帝国からは護衛戦闘機隊も発進してきている。うかうかしていては要塞と艦隊と戦闘機に袋叩きにされてしまう。今は立ち止まるわけにはいかない。
 
  その一方、彗星帝国側もゲーニッツの艦隊と平行して発進したサーベラー率いる潜宙艦隊が反対方向から迫りつつあった。
  こちらの陣容は、旗艦たる大型潜宙戦艦一隻を中心として、ほかに潜宙艦四隻からなる部隊で、魚雷の射程に『ヤマト』を捉えようと宇宙に身を潜め、その旗艦の艦橋でサーベラーは憤然とブーツで床を叩いていた。
「おのれヤマト……貴様のおかげで私は大帝の信頼を失い、こんなところで……必ず、今すぐ沈めてくれる。魚雷、全管発射用意!」
「了解、全発射管、魚雷装填します」
  サーベラーの怒りと怨念を込めて、五隻の潜宙艦の魚雷発射管に魚雷が装填されていく。一隻につき、発射管は一二門、全艦合わせて六〇発もの魚雷が放たれたら、いくら『ヤマト』でも無事ではすまない。けれども、姿を隠してチャンスをうかがっていたのは、何もサーベラーだけではなかったのだ。
 
  潜宙艦隊の右側面には、もう一つの姿なき艦影、『武蔵』がすでにサーベラー艦隊を補足し、攻撃態勢をとっていた。
「敵、潜宙艦隊、前方一〇宇宙キロ、八宇宙ノットで『ヤマト』へ向かっています」
「さて、こちらもいい加減仕事をしないとな。超過勤務手当ては出ないのが残念だが……零式空間魚雷、一番から五番まで装填」
  神村少尉の算定した座標へ向けて、荒島中尉は『武蔵』の側面魚雷発射管に、必殺の零式空間魚雷を装填していく。自身の九割までを亜空間に潜行させられるこの魚雷は、対潜宙艦攻撃にも有効なのだ。一方、サーベラー艦隊は『武蔵』のステルスモードには当然気づいてはおらず、無防備に弱点である腹をさらしてゆっくりと航行している。もっとも、仮になんらかの方法で気づいていたとしても、助かる確率はすでにゼロパーセントであったのだが。
「発射!」
  発射ボタンが押されるのにわずかに遅れて、『武蔵』の六門の魚雷発射管のうち五門から魚雷が放たれ、すぐに亜空間潜行して目標に選ばれた敵艦へと驀進を始めた。
「命中まで、二十秒」
  さしたる緊張感を感じさせずに荒島中尉はカウントを始めた。どのみち、この魚雷に狙われたらこの時代の艦船に助かる術はない。撃破は予定ですらなく、確定事項であった。
「全弾命中、撃破を確認」
  そう報告した神村少尉の口調にも、普段となんら変わることはなかった。自分たちが裏方に徹することは当然としても、姑息に後ろからナイフを突きたてようとする土竜をつぶしてみたところで、興奮の対象にはならなかったし、今にも目の前で始まろうとしている『ヤマト』を中心とする大会戦のほうにこそ記憶に焼き付ける価値があったのである。
 
  しかし、『武蔵』は知らないことであったが、目障りという理由だけで無造作につぶされた土竜の側は、理不尽な舞台からの退場に抗議の声を上げていた。
「機関部、及び左舷エネルギータンク大破! 誘爆が広がっています」
「な、な、な、なんとかしなさい! なんとか!」
  大型艦ゆえ、一撃での爆沈だけは免れた大型潜宙戦艦の艦橋で、サーベラーは死に逝く前の最後のあがきを見せていた。突然の爆発により、潜宙戦艦の艦尾にかけて船体の半分が吹き飛ばされ、潜宙艦隊も同時に全滅した。
「こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるものか」
  どこで歯車が狂ったのかサーベラーにはわからなかった。ここであのこしゃくな『ヤマト』を葬り去り、帝国の顔に泥を塗ったにっくき仇を討ち果たした殊勲者として大帝の前に凱旋するはずだったのに、何が悪かったのだ? 何が自分の足元をすくったのだ。いや、それ以前にどうして自分は大帝のそばにいれない? なぜこんなところで下級兵士のように炎にあえがなければならない? デスラーの忠告を聞き入れなかったからか? 地球人が予想以上に強かったためか? むろん、サーベラーはその理由を知らないし、知る時間ももう与えられてはいないことだが、観客に望まれなくなった女優が退場を迫られていることだけは確かだった。
「ああっ! 武装へのエネルギーバイパスに火が、もうだめだあ!」
「こんな、こんな終わり方があってたまるものですかぁーっ!!」
  この瞬間、宇宙のすべてを間接的に統治しようとして、策謀にその半生を費やしてきた女の人生は、ほこりを払うように放たれた一弾によって、永遠に中止を余儀なくされた。ズォーダーはサーベラーの潜宙艦隊が全滅した報告を部下から受けたとき、「そうか」とつぶやいただけだった。
 
  一方、『ヤマト』の側でも、後方で起きた原因不明の爆発が、背中を守ってくれている姿なき友軍のものであるということに気づいていた。
「恐らく、潜宙艦だな。無防備な後ろから狙われていたら危なかった」
  真田の推論に、『ヤマト』の一同はほっと胸をなでおろした。波動砲発射と白色彗星のガス体の崩壊で、亜空間ソナーが故障して、『ヤマト』単体では潜宙艦の存在に気づけなかっただろうので、あらためて『武蔵』のたのもしさを感じるとともに、次は自分たちの番だと意気を強くした。
「コスモタイガー隊は敵迎撃機の排除に専念、敵艦隊は主砲のみで攻撃、他の火器は要塞ミサイルの撃墜にかたむけろ」
「了解、島、都市帝国の距離を慎重に保て、近すぎず遠すぎず、うまく時間を稼ぐんだ」
「難しい注文だな。だが、なんとかやってみよう」
  都市帝国から離れすぎたら、都市帝国は進撃を再開するかもしれないし、近づきすぎたら要塞の猛射を受けてしまう。今はとりあえず都市帝国を陥落させる必要はない。当面はあの敵艦隊の排除を考えればいい。しかしそれには操艦だけでなく、長距離射撃と対空迎撃を両立させる高度な技量が欠かせない。古代と南部は、それぞれの得意分野で一二〇パーセントの力が出せるように、全神経を集中させた。
「敵、巨大ミサイル接近。九時の方向、速度五〇宇宙ノット」
「副砲、射撃開始!」
  直撃されたら『ヤマト』でもただではすまないような巨大ミサイルが、二隻の友軍の援護も得て、近づく前に爆破されていく。なにせ的が大きい上に直線飛行してくるので南部の技量ならまず外さない。
「迎撃ミサイル、発射」
  弾幕を逃れたわずかなものに対しては、迎撃ミサイルが蜘蛛の巣のような対空迎撃網を張り巡らせて撃ち落す。
「敵艦隊、接近してきます。速度、五宇宙ノット」
「やけに遅いな。要塞と連携して一気にくるかと思ったが」
  古代がゲーニッツ艦隊の牛歩に不信感を抱いたとき、相原の席に『武蔵』からの秘密通信が送られてきた。
「『武蔵』からの連絡です。こちらの後方二〇〇〇宇宙キロから別の敵艦隊が、速度二五宇宙ノットで接近中! 戦艦一、巡洋艦二、駆逐艦四」
「なるほど、この艦隊と挟み撃ちにするのが目的ということか……艦長、どうします?」
「敵の意図がはっきりしているなら、挟まれる前に時間差をつけて各個撃破しよう。艦隊、前方の敵艦隊に向けて前進開始、長距離砲撃で敵艦隊を無力化した後、後背の敵艦隊に備える」
「了解、主砲を最大射程で砲撃します。南部、腕の見せ所だぞ!」
「まかせてください」
  『ヤマト』は進路を変更して、ゲーニッツ艦隊へと進路を向けて突撃していく。だが、うかつに都市要塞の迎撃火器の近くに寄れば蜂の巣にされてしまうために、要塞と艦隊との距離を慎重に測って、なおかつ迅速に近づかなければならないために、太田と島は共同で緻密な計算と操舵に全力を尽くした。むろん、その間にも回転ミサイルの攻撃は続き、南部は敵艦隊への照準と、ミサイルへの迎撃を同時にこなす激務を果たした。
  なお当然のことながら、敵艦隊への攻撃の最中『ヤマト』の防御力は減少するので、それをカバーする『蝦夷』と『メリーランド』は砲身も焼け切れよと、回転ミサイルを撃ち落していく。
「冷却装置最大、主砲連続撃ち方続行。こら! 命中率が下がってきているぞ、『ヤマト』の副砲より命中率が低いとはどういうことだ!」
  子龍艦長は、未熟ながらも必死で主砲を制御する砲術員を叱咤するのと同時に、あらためて『ヤマト』の練度の高さに感嘆した。
  また、ニナ艦長のほうも、ともすれば疲労して命中精度を下げてしまいそうな砲術員を激励していた。
「落ち着いて、迎撃に専念しなさい。相手は大型ミサイルです。直撃させなくとも、かすめて進路をずらさせるだけでも効果は発揮できます。だから慌てずに、一発ずつ確実に処理するように心がけなさい」
  取り残しては大変と、『メリーランド』の砲術員も射撃コンピュータを必死で操作していく。全システムをコンピュータまかせにすれば、それは楽ではあるのだが、刻一刻と変わっていく戦場では今のプログラムが一瞬先にも役に立つとは限らないので、そのときどきに応じて最適のプログラムが選ばれているかを、人間の手で監視して調整しなければならない。二百年ほど前は、敵を見つけてボタンを押せば、あとはミサイルがすべてを終わらせてくれたそうだが、超高速のレーザーやミサイルを撃ち合う宇宙戦艦同士の殴り合いはお互いに妨害や回避を有機的におこない、宇宙空間は空気中や水中のように単純ではなく、無数の暗黒物質やアステロイドが点在している過酷な場所であるために、コンピュータまかせではどうしても時間が経つごとに誤差が生じていき、人間の見張りがかかせない。
「それにしても……この船は竣工が送れたためにコンピュータではアンドロメダ以上の最新のものを積んでいるのに、旧型しかない『ヤマト』ではいったいどうしているのかしら……」
  単に技量が隔絶しているだけとは思えない射撃精度の開きに、ニナはその秘密を知りたいと思ったが、指揮に忙殺されてすぐにそれどころではなくなっていた。
  けれども、彼女が知りたいと思ったその疑問の答えは、案外すぐに見られることになるかもしれなかった。『ヤマト』が、ついに迎撃にとどまらずにその九門の主砲をもって敵艦隊へ攻撃に転じたのである。
 
  『ヤマト』に装備された三基の主砲塔が艦内にターレットの動力音を響かせて回転し、敵艦隊へと照準していく。敵都市要塞本体には効果がなかったものの、彗星帝国の戦艦くらいなら撃沈するのに十分な力を持つ。だがこのとき、最初に『ヤマト』は全砲門をもって敵に応じたわけではなかった。敵に向かって前進していたために、艦首の一番、二番主砲が射程に入るや回頭の時間ももどかしく、エネルギーを与えられたのだ。
「主砲、発射用意。二時の方向、上下角プラス十度」
「了解、一番、二番砲塔方位角修正」
  前方の敵艦隊はまだ射程距離に入っていない。ここからなら敵艦隊を一方的に攻撃できるアウトレンジ射撃ができる。だが、土方艦長は後方から近づいてきているという別の敵艦隊についても忘れてはいなかった。
「相原、後方の敵艦隊について、『武蔵』からの次報はないか?」
「はい……今入電しました。敵艦隊、速度そのままで一八〇〇宇宙キロに接近、時間にして、およそ四〇分後にこちらと接触します」
「ようし、それでは三〇分で前方艦隊を撃破して、十分で反転迎撃に移る。それから彗星帝国主力艦隊の動向はどうなっている?」
「はっ、現在はまだ転進してくる様子はありません」
「ならば時間との勝負だ。用意出来次第、ただちに砲撃を開始せよ」
  もたもたしていては、後方の艦隊とに挟み撃ちにされてしまう。むろん『ヤマト』が危うくなれば『武蔵』が手助けにくるだろうが、彼らにも戦う人間としての誇りがある。最初から救いの神だのみで戦おうとはするような甘えた気持ちは持っていないし、そんなことではこの戦争が終わったあとでも続く数々の星間国家との抗争に生き残ってはいけないだろう。けれども、ここで帝国本土の防衛艦隊を早期に撃滅し、都市要塞に圧力を加え続ければ、帝国主力艦隊も動揺して隙が生まれ、そこに乗じて一気に戦いを有利に展開できるかもしれない。だが当然、仮定は仮定であって必ずしもそうなるとは限らないし、それは当面の課題をこなすことができてこそである。取らぬ狸の皮算用で失敗して、無数の味方の死体の山を築いた愚将の歴史上になんと多きことよ。それでも、どうなろうと未来は自分たちの力で切り開く、その意思を込めて『ヤマト』の第一、第二主砲がついに火を噴き、敵艦隊の先頭の戦艦を粉砕した。
「敵一番艦撃沈、二番艦以降、二時の方向に進路を変更しました」
「島、左旋回して全砲門を敵に向けろ」
「了解、取り舵いっぱい、ようそろ」
  『ヤマト』は遠心力で船体を右に傾けながら、左方向へと進路を変えて、右に進路を変えたゲーニッツ艦隊と平行戦の構えになった。
「主砲右砲戦、全砲門を三時の方向へ」
  いよいよ、待ちに待った全砲門での一斉射撃である。敵艦隊は『ヤマト』の主砲の威力を恐れるあまり、距離を保とうと転進したのだろうが、それこそこちらに全砲門をもって、狙いやすい艦腹を狙うチャンスを与えたことになる。
「発射!」
  射角調整から半瞬と経たないで、『ヤマト』の九門の主砲、その全てが咆哮し、青白い螺旋の衝撃波エネルギーを撃ち出した。その用意から発射までの動作のあまりのスピーディさは、見ていた『蝦夷』と『メリーランド』の予想をはるかに上回り、さらに命中率は予想通りに完璧をきっした。放たれた主砲弾は、計算された敵戦艦の未来位置に正確に突進し、まるで敵艦のほうが砲撃に飛び込んできたかのように艦腹に三つの風穴を開けた後、四つにちぎれて爆発四散したのである。
「撃沈!」
  その勇壮な姿を眺め見て、『武蔵』のクルーからさすがだなと賞賛する声があがったのは至極当然のことであっただろう。この時代の射撃管制コンピュータで全弾命中とはすごい腕前だ、もし彼らがこの『武蔵』に乗っていたらどれほどの強さを発揮するのか、いや、それは違うだろう。
「つまりは、彼らは自分の船を完全に自分のものにしているということだろうな」
  藤堂艦長はそう結論づけた。二十九万六千光年の旅と、テレザートへの航海を経て、乗組員たちは艦のことを隅々まで熟知し、なにより艦への愛着は並ではあるまい。その船を愛する気持ちが、船の能力を一〇〇パーセント引き出すのに違いない。その点で言えばこの『武蔵』も、『蝦夷』と『メリーランド』の二隻もまだ到底及ぶところではないだろう。単なる経験とは違う船との歩みを彼らはまだまだ積まねばならないようだ。
 
  戦いは、『ヤマト』の圧倒的優位で進んでいた。
「撃て!」
  駆逐艦一隻が胴体中央部を撃ち抜かれて、白色の上部と黄緑色の下部に真っ二つに引き裂かれて爆発していった。
  残存艦は早くも駆逐艦が三隻しかいない、司令官たるゲーニッツはすでに『ヤマト』の第三斉射によって粉砕された戦艦と運命を共にしていた。彼は『ヤマト』の主砲斉射に撃ち抜かれて火災を起こした戦艦が誘爆を起こして爆沈するまでの数十秒のあいだ、脱出しようとあがいていたが、最後の瞬間に床一面から湧き上がってきた炎に包まれたとき、「帝国にえいこ……」とまで言って原子の塵に還元された。
  だが、いまだにバルゼー艦隊が動いたという連絡は入ってこない。
「敵戦闘機、コスモタイガーの防空網を突破、向かってきます!」
「パルスレーザー、迎撃ミサイル自動防御! ぬぅ、あくまで要塞が危機に陥ることはないと確信しているわけか、考えてみればそれだけ自分たちの軍事力と科学力に自信を抱いているからこそ、全宇宙の征服などということをもくろんだのだろうな」
  土方艦長の脳裏には、もはや眼前のゲーニッツ艦隊の残存艦や、対空砲火を潜り抜けてくる敵戦闘機の存在もない。どうやって都市要塞に圧力を加え、敵主力艦隊を動揺させるかの一点に注がれている。しかし、小惑星規模もある巨大要塞に、もろい都市部はまだしも強固な下部をどうやって打撃を与えるべきか。
「史実では、敵要塞の内部に入り込み、白兵戦で中枢部を破壊したそうだが、それほどの時間的猶予はない」
  何かないかと思案するが、そんな方法が容易にあればそもそも史実の『ヤマト』が実行しているだろう。ならば史実の『ヤマト』になく、今の『ヤマト』にあるもので勝負をかけるべきだろう。それはなにか?
「敵要塞のスキャン画像を、もう一度出してみろ」
  『ヤマト』の上部メインスクリーンに、『武蔵』から送られてきた精密な都市要塞の分解画像が投影された。この時代の技術では到底不可能なことだが、このスキャン画像には都市要塞の細やかな部分、兵員宿舎からトイレにいたるまで徹底して映し出されている。これのどこかに弱点がないものかと、土方艦長は真田とともに、目を皿のようにして見つめた。
  艦載機発進口……だめだ、入り口は破壊できても奥の隔壁や格納ブロックに打撃を吸収される。
  ならば各種砲台……これもだめだ、一つ一つは小さいから誘爆などは起こさないだろう。
  消去法で次々と可能性を消していくたびに、この都市要塞が難攻不落であることを土方も真田も再認識せざるを得なかったが、ふと、要塞都市のちょうど真下、小惑星型の部分の一番下に、エネルギー慣性センターの回路が集中しているのが真田の眼に入ってきた。
「艦長、要塞都市の真下に攻撃を集中すれば、要塞のエネルギー伝達に障害を引き起こせるかもしれません」
「『ヤマト』の火力で、それは可能か?」
「計算によれば、あのエネルギーバイパスはそう強固なものではありません。火力を集中させれば、伝達する振動だけでもかなりのダメージになると思われます」
「ようし、ならばその箇所への攻撃を決行する。島、両舷全速、都市要塞の真下にもぐりこめ」
  土方艦長は即座に決断した。しかし、その決断には危険がともなう。見つけた都市要塞の急所を狙うためには、その真下、敵要塞の攻撃をまともに受ける場所にまで行かなければならないのだ。
「真田、耐えられるか?」
「目標はわかっていますので、一直線に向かえば時間的にはさしてかかりませんから被弾は最小限に抑えられるでしょう。ただ……」
「ただ、何だ?」
「防御力に劣る、護衛の二隻は耐えられるかどうか」
「そうか……」
  コスト度外視の一品ものである『ヤマト』と違って、量産性重視の主力戦艦級である二隻は、ダメージコントロール要員も少なく被弾には弱いだろう。しかし、むざむざ前途ある若者を乗せた船を沈めるわけにはいかない。
「やむをえん、二隻は接近中の敵艦隊への迎撃のために残して、本艦だけで突入する。『武蔵』に打電、あとを頼むとな」
  情が移ったというのだろうか、短い間ではあったが、鋭気にあふれた子龍とニナの二人を死なせたくはないと、すでに『ヤマト』の誰もが思っていた。
「両艦に打電せよ。返答を聞く必要はない、厳命だとだけ言っておけ」
「はっ」
  まともに言えば、あの二隻はわが身を捨てても『ヤマト』を守ろうとするだろう。だがそれでは無駄死にというものでしかない。
「島、全速前進、被弾を最小限を抑えて都市要塞の最下部へ潜り込め!」
「了解、『ヤマト』全速前進」
  波動エンジンを轟然と噴射して、『ヤマト』は護衛のコスモタイガーのみを率いて要塞下部へと突進していく。その後姿を、子龍とニナはそれぞれの艦の艦橋からじっと、納得がいかないように見つめていたが、命令無視すれば第三主砲で砲撃するともいえるほどに厳命された指示だったので、そのまま反転し、後背から接近しつつある敵艦隊へ向けての準備を整え始めた。
「拡散波動砲、発射用意!」
  一方、突撃を開始した『ヤマト』は、敵要塞の下部に接近したとたんに、クレーターに偽装されていた無数の小型ガトリング・レーザー砲台の集中攻撃を受けて、全身から火炎をあげていた。
「各部に被弾、火災発生!」
「工作班、消火作業急げ」
  たちまち、火を噴いた場所に真田の指揮下のヤマト工作班が駆けつけて、化学消火剤で燃え盛る炎を鎮火していく。幸い口径が小さいおかげで、被弾が多く火災も各部で発生しているが、艦の機能に関わるほどに重大な損害はまだない。しかしそれでも、装甲の薄い部分は破壊されて、たちまち医務室は負傷者で埋め尽くされて、佐渡先生とアナライザーは負傷者の治療に大急ぎで取り掛かり、けが人を運んできた斉藤がヤマトカクテルを作らされていた。
  弾丸の雨の中を、『ヤマト』は一心不乱に走る。止まれば狙い撃ちにされるので、砲台も敵戦闘機も無視して驀進を続け、まるでハワイの伝説の火の神ペレのように、全身から火炎を噴出しながらもとどまることなく、ついに砲撃を開始するのに充分な距離と位置を確保するのに成功した。
「主砲発射用意! 目標都市要塞底部、発射!」
  轟然と、『ヤマト』の九門の主砲が都市要塞の最底部の一点をめがけて撃ち込まれる。その、未来へ向けた執念を込められた弾丸は、都市要塞の岩盤を砕き、衝撃エネルギーを解放して要塞本体へと送り込んでいく。
  だが、要塞そのものはまったく動じたようには見えない。元々惑星規模の質量の持ち主、スコップで土を多少かいたところで総質量へのマイナスは微々たるものだ。実際、この砲撃を目にした彗星帝国の砲台の射手や戦闘機のパイロットも、そんなものでこの都市要塞が揺らぐものかと、たった一人も深刻に考えるものはいなかった。むろん、それはスクリーンごしに『ヤマト』の戦いを見物していたズォーダーも同じである。
「『ヤマト』め、儚い抵抗を」
  主砲を連射する『ヤマト』へ向かって、要塞下部のガトリング砲台の攻撃は激しさを増し、撃墜された分の戦闘機もすぐに後続が補充される。上部の都市に攻撃を受ければ別だが、下部の分厚い岩盤に守られた箇所には、戦艦の砲撃など蚊がさしたようなものである。なぜ、そのような無謀な行動に出たのかズォーダーにはこのとき理解できなかったが、彼はそれよりも地球艦隊に密着されて硬直状態になっているバルゼー艦隊に激を飛ばすべく、通信回線を開かせた。
「バルゼー、地球艦隊ごときにいまだに手こずっているのか?」
〔はっ、しかし奴らはなかなか巧妙でして、距離をとっての火炎直撃砲攻撃に移行しようとしたとたんに、前衛艦の機関部を狙って航行不能にし、艦隊の後進速度を落としてしまいました。味方と密着していては、こちらも攻撃がしずらいので〕
「ふむ、敵将の能力もあなどれんか、だがこれ以上無様な戦いを続けることは許さん」
〔はっ、心得ております。かくなるうえは全軍を持って攻勢に転じ、地球艦隊を一気に壊滅させてごらんにいれます。ところで、『ヤマト』はどうなったのでありましょうか?〕
  バルゼーの質問に、ズォーダーは余計なことを考えるなと眉をひそめたが、やはり都市帝国が攻撃されているとなってはどうしても気がかりなのだろうと思い、傲然な態度のままでその質問に答えた。
「心配には及ばん。たかが戦艦一隻、この都市帝国になにほどのことができようか……」
  そこまで言ったときだった。ズォーダーの玉座が激しく振動して、部屋の明かりとともに通信スクリーンが消えてしまった。数秒後、照明はすぐに明かりを取り戻したが、通信は回復せずに、戦況や『ヤマト』の姿を映し出していたスクリーンの数々も落ちたままとなっていた。
「なにごとか?」
  不測の事態にも動じないズォーダーの重々しい声が響かなかったら、玉座の間はパニックに陥っていたかもしれない。兵士達は落ち着きを取り戻すと、すぐに事態を調べ上げて大帝へ報告した。
「大帝、都市帝国のコントロール機構と、エネルギーバイパスの一部が破壊されたもようです」
「なに? サブ・コントロールシステムを急ぎ作動させよ」
「それが、すでにとりかかっておりますが、『ヤマト』の攻撃が要塞下部のエネルギー集積回路にも損害を与えておりまして、回復には時間がかかります」
「『ヤマト』がだと!?」
  そのとき、ズォーダーは『ヤマト』の自殺にも見えた攻撃の意味を悟った。コントロール機構を麻痺させられて、砲台も機能停止し、戦闘機も要塞からの命令がなくなって、自己防衛をするしかなくなっている。あの砲撃はこれが狙いだったのだ。
「はたしてこれは偶然だろうか……真下から攻めてくるとは」
  要塞都市の弱点を見抜いたかのような『ヤマト』の攻撃にズォーダーはいぶかしんだが、とにかく中央からのコントロールを回復しなくてはなにもできない。幸い、回転リングは動力部が健在な限り停止しないので、都市部が狙われる心配がなく、『ヤマト』の下部への攻撃も、要塞そのものへこれ以上ダメージを与えることはできない。
  しかし、このとき『ヤマト』の攻撃はすでに、彗星帝国軍へ致命的な傷を与えていた。都市帝国との通信が急に切れて、そのまま連絡とれなくなったことにより、バルゼー艦隊は都市帝国がやられてしまったのではと恐慌状態に陥ってしまったのである。
「都市帝国が、まさか!? やられてしまったのか」
「馬鹿な、不滅の都市帝国が『ヤマト』ごときにやられるはずがない」
「ならば何故都市帝国と連絡がとれんのだ?」
「もしかして、あの波動砲という兵器によって?」
「それでは後方を遮断される。挟み撃ちに遭うぞ!!」
  冷静な判断力を持ってすれば、都市帝国が崩壊する膨大なエネルギーも重力異常も観測されなかったことで、都市帝国は健在であると判断できたであろうが、戦闘による興奮ととっさのことへの動揺が、彼らから沈着さを奪い取っていた。そしてそれはそのまま、艦隊運動の乱れと、砲撃の散乱によって表されて、地球艦隊に補いようもないつけいる隙を与えてしまったのである。
「今だ、全艦突撃! 敵の隊列を一気に引きちぎれ!!」
  地球艦隊司令の命令が飛び、『アンドロメダ』をはじめとする地球艦隊の全艦はもちうるエネルギーのすべてを、砲撃と前進に変えてバルゼー艦隊へ突進し、緩みが生じていた隊列をズタズタに引き裂いていった。むろん、地球艦隊も無傷ではなく、至近距離での戦いに優れた彗星帝国艦の砲撃を浴びて、駆逐艦の一隻が爆散し、艦橋部を撃ち抜かれた戦艦が舵を切ったまま惰性で前進し、まるで戦死した艦長たちの執念が乗り移ったかのように彗星帝国の戦艦に激突して道連れにするなどの壮絶な光景があちこちで発生した。しかし、それらも攻めるものと攻められるものの関係において発生した必然の一つに過ぎなかった。戦線が突き崩されたと知ったバルゼーが、なんとか隊列を立て直そうと努力するのも時既に遅く、後退を命じたときに、地球艦隊はとどめの全力射撃をおこない、反転しようとしていた数十隻を粉砕して数の差を決定的なものとしたのである。
「見たか、侵略者ども!」
  地球艦隊の乗組員たちは絶対的優勢のもたらす精神的高揚によって、彗星帝国艦隊へ死と破壊を振りまいていった。真後ろから撃たれた戦艦が、動力部に引火して内部から吹き飛び、ミサイルを受けて航行不能になった駆逐艦が、置いていかないでくれという叫びを上げながらとどめの一撃を受けて爆沈する。後退は、そのまま敗走へと変わって、バルゼー艦隊は終焉の底への坂道を転がり落ちていく。
  その、もはやいかな名将でも覆しようのない勝者と敗者の分別が完成したとき、『アンドロメダ』に座上する地球艦隊司令は精神を落ち着かせるために一杯のコーヒーを口にし、通信士に一文の通信を打つことを命じた。
【我、彗星帝国主力艦隊を追撃中、旗艦『アンドロメダ』は健在なり】
  それが地球防衛本部、そして『ヤマト』らに届いたとき、歓呼の声と共に戦いは天王山を迎えてきたことを誰もが理解していた。
 
 
  第31章 完

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