逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
最終章

「波動エンジン始動、微速前進」
  艦尾ノズルから炎の尾をひいて、宇宙戦艦『武蔵』はゆっくりと、地球へ向かって落下を続ける超巨大戦艦の残骸へと動き出した。
  すでに周りには威容を誇った地球防衛艦隊も、白色彗星帝国の艦隊もなく、ただ一隻だけ残った『武蔵』の姿は物悲しくもある。
「この戦争で出る犠牲を少なくしようと始めた戦いですけど、まさかこういう展開で幕を下ろさせることになるとは想定していませんでしたね」
  窓外から『武蔵』にぶつかってくるどこかの船のスクラップを眺めつつ、神村少尉がつぶやいた皮肉げな言葉に、一同はそろって苦笑を浮かべた。この戦争に介入して地球の戦力の温存を図り、後の暗黒星団帝国による地球占領を回避させようと考えたのは藤堂艦長だが、艦長を支持して乗ったのはここにいる全員だ。はじめは二十五世紀の技術で建造されたこの艦ならば、歴史の改変も難しくはないだろうと甘く見て、実際そのとおりにいってきたのだが、世の中はそんなに甘くはなかった。後になればなるほどイレギュラーが生まれ、史実の記録が役に立たなくなり、自分で考えて行動せざるを得なくなっていった。
  藤堂艦長は、後悔はないが自責の念を禁じえない。これで本当によかったのか、先祖の藤堂兵九郎に似た顔に疲労の色とともに浮かばせる。結局地球防衛艦隊は壊滅的な被害を受けて、『武蔵』もこれから一か八かの賭けをおこなおうとしている。彼は歴史の修正力などという想像力の欠如したSF作家のたわごとを念頭に置いたことはなかったけれど、これで未来が変えられたのかという不安から逃れられたことはなかった。
  超巨大戦艦の残骸は間近に迫ってくる。藤堂艦長は、逃れられない病の苦しみにもがくように言った。
「みんな、そのままで聞いてくれ。こんなときに不謹慎だと思うが……我々のやってきたことは正しかったと思うか?」
  それは指揮官としても、人の上に立つ者としても失格な発言だったであろう。土壇場で最高責任者が自らの実績の是非を問うなど、士気の面からもあってはならない。だが、そんな問いは気楽この上ない返事に返された。
「艦長、そのご質問なら即答でYasとお答えいたしますよ。私とあなたの付き合いです、間違ったと思ってたら止めてますよ」
  まずそう答えたのは黒田大尉だった。藤堂艦長と旧知の彼は、艦長の打ち出した歴史の改変にずっと協力的であり、文句ひとつ言うことなくそれを支え続けてきた。
  気持ちは皆も同じなようで、同調した意見は次々に現れる。権藤機関長は黒田大尉よりは落ち着いた言葉で言った。
「私はこんな変なところに来たときから、艦長に命は預けています。やってきたことの意義は考えてますが、どういったところで結局後悔はしたと思います。人間とはそんなものです」
  続いて神村少尉は、これだけの戦いをくぐってきたというのに声に曇りを感じさせず、歌うように口を開く。
「ずいぶんと大変な目にあってきましたけど、私はこれが最良の道だったと思います。艦長は最初、自分たちがなんのためにこの時代にやってきたのかとおっしゃっていましたが、その意義は充分に果たせたと思います」
  山城や桜田も同じように、艦長を支持すると言った。だが荒島と葉月の場合は。
「おれはいいと思いますよ。元の世界でボラー相手にチンタラにらめっこしてるよりはずっと楽しかったです」
「俺や荒島はごたごた考えるより暴れるほうが好みですんでね。でも、地球を救ってるって実感はあってよかったですね。その点では艦長には感謝しています」
  不良二人組の無責任極まりない暴言はともかく、全員が艦長の判断を支持して、『武蔵』の行動を信じていた。それは、この歴史の雄大すぎる流れに抗うには『武蔵』の力をもってしても不十分だったと悟り、それでなお救えた命があったことへの少なからぬ満足感からであった。点数をつければ赤点必至かもしれないが、少なくとも0点ではない。
  ただし、多少なりとて点数をかせげるテストでも、あることを怠れば0点になってしまう。最後の見直しのときに気づくときに多い、答案に自分の名前を書かないといけない。この世界にやってきて、やるだけのことをやりつくしたという証を残す。それはほかのどこでもなく、成し遂げたという記憶とともに自分たちの心の中に残さなければならないのだ。
「やれやれ、今ようやく何故『武蔵』が選ばれてきたのか理解できたよ。どいつもこいつも、救いがたい馬鹿者ばかりだ」
「その最たる人が、ほかならぬ艦長だということをお忘れなく」
  荒島の暴言も、今はどこか懐かしかった。中途半端でいいかげんな連中だが、逆にこいつらだからこそ、こんなめちゃくちゃなこともやってこられたような気がする。
  そう考えたとき、藤堂艦長は思わず声を出して笑い、やがて笑いは全艦に伝染した。
「ふっははは! そうだな、まったくすべて一睡の夢のような出来事だ。しかし、やるべきことを成し遂げた後でなければ目覚めも悪いだろう。やるか!」
「おおーっ!」
  全員が、神村少尉や桜田中尉もいっしょになって歓声が巻き上がった。
「両舷全速、目標敵超巨大戦艦!」
「もう向かってますって、続いて艦首波動砲発射用意」
  死に体の『武蔵』は超巨大戦艦に艦首をめり込ませ、残存のエネルギーを波動砲の砲身にチャージしはじめた。しかし機関出力が悲しいほど低下し、補助動力も死に掛けの『武蔵』では波動砲の一発分のエネルギーもまかなうにはきつかった。計算よりはるかにエネルギーゲージの上がる率が悪く、権藤大尉が焦り始める。
「まずいぞ。このままではデッドラインの突入までにチャージが間に合わん!」
  やはり激しく損傷したエンジンの限界を測るのはコンピュータでも難しかったのか。一同の顔に苦渋が浮かぶ、エネルギーがまかなえなくてはなにもすることはできないではないか。
  だがそのとき、這うような上がり方だったエネルギーゲージが、飛び上がるようにして上昇を始めた。
「これは? いったいどうしたことだ!」
  権藤大尉は現在の『武蔵』のどこを探しても出ているはずのないエネルギーに驚いた。スクラップ寸前だった補助エンジンもわずかながら息を吹き返し、機関室にフライホイールが回転する快い音が鳴り響きだした。
  機関員たちが、すすと油まみれになった顔と手で蘇ったエンジンに歓喜の声を上げている。たとえエネルギーが切れても、奇跡を信じて整備しつづけてきたかいがあった。そしてその奇跡を作り出したのは、鼓動を早める『武蔵』の心臓の前で祈りを捧げる一人の少女だった。艦橋でわけがわからず戸惑っているクルーたちの脳裏に、テレパシーで直接メッセージが届く。
「『武蔵』の皆さん」
「テレサ!? これはあなたの仕業なのですか」
「はい、残った私の力をすべてエネルギーに変えてエンジンに送り込みました。ですが、私の力もこれで限界です。すみません……」
「いえ、これだけやっていただければ十分です! ありがとうございます。本当に、感謝します」
  テレサの平和への祈りが力となって、『武蔵』の心臓に血流を送り込む。エネルギー充填率は上がり、砲口の先には超巨大戦艦のエネルギー融合炉がある。こいつを吹き飛ばせば、超巨大戦艦は砕ける。バラバラになって軌道がずれれば地球は最悪の被害だけはなんとか免れられるだろう。
  しかし、エネルギーゲージの上昇は計算上の有効数値の一歩手前でストップしてしまった。あと一歩のところでクルーたちに再び焦りがよぎる。
  権藤大尉をはじめ、戦闘班では荒島や葉月、通信部でも桜田少尉、神村少尉までもがレーダーを操作して、余剰のエネルギーが少しでもないかと艦内の隅から隅までを調べつくした。だが、すでに『武蔵』のパワーは限界の泉の底の底までさらいつくされていた。これでは爆発させることはできても、破片は思ったような軌道に修正できずに地球に甚大な被害を出してしまう。
  だが、奇跡は二度『武蔵』に味方した。どこからともなくやってきた波動エネルギーがメインエンジンに注ぎ込まれ、あと一歩だったエネルギーゲージが目標値に到達する。
「これはいったい! 今度はなんなのだ!」
  権藤大尉が不条理な現象に驚いて叫ぶ。これだけのエネルギーは今の『武蔵』のどこをさらっても出てくるはずがない、荒島や葉月などはわけもわからずにラッキーなどと言っているが、そんな都合のいいことが起こるわけがない。
  そのとき、メインスクリーンが反応し、『ヤマト』のブリッジが映し出された。
「こちら『ヤマト』! 技師長の真田だ。今こちらのエネルギーを空間移送でそちらのエンジンに送った」
「真田さん!? あなたの仕業だったんですか」
「ああ、こんなこともあろうかと、以前マゼラニックストリームに飲み込まれたときにスターシアがエネルギーを空間移送してくれたのを参考にして、波動エネルギーの移送装置を開発していたんだ。送れる量も距離も少ないが、ありったけを送った。役立ててくれ!」
  窓外から外を見ると、『武蔵』のすぐそばを並走して『ヤマト』が飛んでいるのが見える。彼らももう浮いているだけでやっとだろうに、なけなしのエネルギーを自分たちのために。ブリッジクルー全員は立ち上がって敬礼し、藤堂艦長は感動で詰まった声で礼を述べた。
「ありがとうございます。あなた方のご好意、決して無駄にはいたしません」
「礼ならば、地球を救った後で凱歌とともに聞きましょう。さあ、頼みます!」
  土方艦長の敬礼を最後に通信は切れ、ブリッジには静けさとともに快い緊張感が戻ってきた。
 
  エネルギー充填百パーセント、波動エンジン内圧力正常。シリンダーへの閉鎖弁オープン……補助エンジン動力接続、波動コンデンサー内圧低下中。
 
  各部から、波動砲発射のための最終準備が整ったという報告が入ってくる。あとは艦橋で発射トリガーを引き絞るのみ……しかし、発射最終シークエンスに入ろうという時点になって異常が起こった。発射トリガーは攻撃班長である荒島の席にあるのだが、これが制御機構が故障したのかいくらスイッチを入れてもパネルからせり出してこない。
「畜生! これじゃあ波動砲が発射できないじゃねえか」
  荒島はうんともすんとも言わなくなった制御パネルを叩いて怒鳴った。戦闘のダメージがついにブリッジにも、しかもこんなときに表れた。
  あと一歩、あと一歩なのに。だが、藤堂艦長は焦る荒島の背中から叫んだ。
「サブ・システムに切り替えろ! 艦長席集中制御ならまだ動けるはずだ。私が撃つ!」
  戦艦の艦長には、いざというときに一人で艦を動かせるように、艦長席に全機構を集中させる機能と権限が与えられている。むろん波動砲も例外ではなく、荒島が自分の席の機能をカットすると、艦長席から波動砲の照準機がせり出してきた。そのグリップを強く握り、トリガーに指をかけて藤堂艦長は全員に最後の命令を告げた。
「総員、対ショック用意! これが正真正銘の最後の一撃だ。我々の旅が意味のあるものだったのかそうでないのか。この一撃で決まる!」
  引き金を引き絞る乾いた音が、静まり返った艦橋に響き渡った。
  『武蔵』に充填された波動エネルギーが、砲口に青白い光となって現れる。それは、地球の未来を守ろうとする希望の光の化身した姿。
  見守る『ヤマト』と、防衛軍残存艦隊、そして地球の人々は超巨大戦艦から燐光のような輝きが漏れるのを見た。鉄塊の表面に亀裂が走り、それが見る間に広がっていく。
  卵が割れるような……後にその光景を目にした人のひとりは、そう表現した。内部から光の圧力に押されるように、亀裂から超巨大戦艦は割れていく。そしてある瞬間に、威容を誇った怪物の屍は数百の破片に分かれて、白い光芒とともに飛び散ったのだ。
「ち、超巨大戦艦……爆発!」
  地球でその様子を観測していたオペレーターが、視界を埋め尽くす光に耐えながら叫んだ。次の瞬間、地球防衛本部で、さらに次の瞬間には地球の各地で爆発的な歓声があがった。
「やった! おれたちは助かったんだぁーっ!」
「万歳、万歳!」
  地下都市へ逃れこもうとしていた市民たちは、最大の危機が去ったことに涙を流して喜んだ。すでに地球の空の夜の部分では、超巨大戦艦の破片が美しい流星群になっているのが見える。それら無害な破片のほかの大型の残骸も、すでに要請を受けた各地の対空ミサイル基地が照準を合わせていた。地下格納庫から二連弾頭の大型ミサイルがせりあがって空を向く。それができない箇所では、戦闘衛星や武装ステーションがショックカノンを向ける。
  それらの光景も市民を安心させるためにリアルタイムで映像が流され、勇壮さにさらなる歓声があがる。
  空は青く、その上でたった今まで宇宙の趨勢を賭けた決戦がおこなわれていたとは思えない。しかし、まだ終わったわけではない。メガロポリスのある高層ビルの屋上で空を見上げる少年たち。そのうちのひとりが、空をあおぎながら心配そうにつぶやいた。
「大介兄ちゃん、『ヤマト』でしょ、『ヤマト』が地球のピンチを救ってくれたんでしょ……早く帰ってきてよ。みんな、待ってるから」
  歓呼の声に包まれる地球の中で、少年は勝利を喜ぶよりも心の中の永遠の英雄の船の無事の帰りを祈り続けた。
 
  だが、地球を救った最大の功労者である宇宙戦艦『ヤマト』と、陰の功労者である『武蔵』は最大最後の危機に直面していた。
  超巨大戦艦を、振り絞った最後の力で爆破した『武蔵』と、そのかたわらで力を与えていた『ヤマト』は当然無事ではいられなかった。
「艦首大破ぁ! 全兵装使用不能」
「波動エンジン停止! 現在『武蔵』は浮遊状態です」
「補助動力に切り替えろ! 姿勢制御急げ」
  爆風に吹き飛ばされ、半身を失った『武蔵』は航行能力を失った体を無重力の荒波の中にもまれていた。艦内の人工重力もなくなって、ダメージコントロールも満足にいかなくなった艦内でクルーたちが転げまわっている。
  波動エンジンは溜めに溜め込んだエネルギーを使い切ってからっぽになり、血液を失ったに等しい心臓は止まった。かろうじて、暗黒星団帝国の補助エンジンだけは燃料を継ぎ足すことで息を吹き返し、姿勢制御ロケットと人工重力だけは回復した。
「逆噴射開始! 艦内全乗組員は衝撃に備えろ!」
  不規則に回転していた船体が次第に安定し、艦内に重さが戻ると、壁や天井に張り付いていたクルーたちは一様に床に転落して痛い目を見た。
  艦として最低限の機能を取り戻した『武蔵』。シェイカー状態から解放された乗員たちは、三半規管があげていた悲鳴が落ち着いて、やっとひとごこちをついた。
  しかし、すぐに状況を確認して愕然となった。奇跡的に生き延びていたレーダーから得た情報は、それまでの『武蔵』の努力を無に帰するようなものだったのだ。
「大変です! 『ヤマト』が地球の引力圏に捕まって落下していっています。このままでは、大気圏に突入して燃え尽きてしまいますよ!」
「なんだと!」
  最悪の事態だった。『武蔵』にエネルギーを分け与え、超巨大戦艦の爆発を至近で受けた『ヤマト』にはもう、自力で船を立て直すだけの力が残っていなかった。
  ガスの抜けた飛行船のように、ゆっくりと地球に向かって落ち始めていく『ヤマト』。大破した『ヤマト』の船体では大気との摩擦熱には耐えられないだろう。途中でバラバラに分解して、破片が地球の各所に降り注ぐことになる。だが、先の波動砲発射でエネルギーを使いきった『武蔵』には、助ける術がなかった。
「おい山城! どうにか『武蔵』を動かせないのかよ」
「無茶を言わないでくれ! 今こうして浮いてられるだけでも奇跡みたいなものなんだ」
  事実、今の『武蔵』は『アンドロメダ』らと大差はなかった。艦内の乗組員のほとんどは消火作業に追われ、補修用ロボットも全機走り回ってやっと沈まずに耐えれているありさまである。ここで少しでも無理な動作をさせれば、船は限界を超えて『ヤマト』より先にバラバラに砕けてしまうだろう。
  『武蔵』には、もう『ヤマト』を救う力はいっぺんも残っていない。『ヤマト』でも努力しているだろうが、いくら『ヤマト』でも余力を使い切った今では打てる手はあるまい。
  そのときだった。大破した『武蔵』の眼前を、煙を吹きながら通り過ぎていった二隻の艦影があった。
「あれはっ! まさか」
  葉月が信じられないものを見たかのように叫んだ。あの二隻の主力級戦艦は間違いない、『ヤマト』と行動を共にしていたときの損傷にも見覚えがある。それを証明するように、神村少尉も停止寸前のレーダーから情報を引っ張り出した。
「『蝦夷』『メリーランド』の二隻です。信じられない、あの損傷からもう復旧させたというの!」
  常識では考えられなかった。あちらの二隻も当分はドック入りが必要なほどの損害を受けていたはずなのに、自力でここまで直したというのか。
  二隻の戦艦は、傷ついたからだにも関わらずに並んで大気圏に『ヤマト』を追って飛び込んでいく。その艦橋では、すすまみれになった子龍とニナが叫んでいた。
「全速前進! 船体が焼きついてもかまわん、なんとしても『ヤマト』に追いつくんだ」
「『ヤマト』の下に潜り込んで、なんとか持ち上げるのよ! 私たちが盾になれば、大気との摩擦熱からも守れる!」
  無謀というよりも馬鹿げた試みであった。自由落下していく六万四千トンの戦艦を、二隻がかりとはいえボロボロの船で持ち上がるはずはない。
  だが、子龍もニナも、ここで『ヤマト』を失うわけにはいかないと覚悟していた。両艦のクルーたちも、ここで死ぬ覚悟はできている。武装がひとつ残らずいかれてしまった船でも、まだ奇跡的にエンジンだけは生き返らせることができた。それができるようになれたのも、わずかな時間ではあるが『ヤマト』と行動をともにして学ばせてもらったおかげだ。
  まだまだ地球には『ヤマト』が必要なのだ。『ヤマト』から教えられたなにより大切な、ヤマト魂は確かに『蝦夷』と『メリーランド』の中にいきずいていた。
「『ヤマト』にぶっつけます。総員ショックにそなえてください!」
  下降した二隻は、『ヤマト』の船底から船体をぶっつけて持ち上げにかかった。その際に、『蝦夷』のミサイル発射管がつぶれて『ヤマト』の第三艦橋がひしゃげるが、少しだけ墜落する速度が緩んだ。
  『蝦夷』が成功したことで、『メリーランド』も『ヤマト』を持ち上げにかかる。今度は『メリーランド』の第三主砲が砲身を失って『ヤマト』の艦載機発進口がつぶれる。コスモタイガー隊は出払っているおかげで犠牲者はないが、やはり戦艦どうしがぶつかる衝撃はすさまじく、また少しだけ降下速度が緩んだ。
  しかし、このままでは時間稼ぎはできても『ヤマト』の墜落そのものを止めることはできない。大気との摩擦熱で燃え尽きる恐れだけはなくなったとはいえ、地表に激突するまでのわずかな時間に打開策を見つけなくては三隻とも共倒れだ。
  そのころ『ヤマト』では、『蝦夷』と『メリーランド』の決死的時間稼ぎでできた余裕を最大限に活かそうと、あらゆる努力がおこなわれていた。エンジンルームでは、完全に死んでしまった波動エンジンを一瞬でも蘇らせようと徳川機関長以下の機関員たちが負傷も痛々しい包帯姿で奮闘しており、航海班員たちは姿勢制御ロケットを一基でも使えるようにできないかとバイパスをいじる。
  だが、彼らの努力も今度ばかりは無駄に終わりそうであった。いつもどたんばの奇跡を起こしてきた『ヤマト』といえども、装備品のほとんどがスクラップになってしまっていてはどうすることもできない。真田ですらも、こんなこともあろうかという秘密兵器は用意していなかった。
  それでも彼らはあきらめていない。かつて冥王星会戦でガミラスの反射衛星砲にやられて『ヤマト』が沈没しようとしたとき、うろたえる島に沖田艦長はこう言ったのだ。
「最後の最後まで、冷静にやれ」
  『ヤマト』全乗組員にとって父にも等しい沖田艦長の教えを忘れる者はひとりもいない。地上まではあと七万メートルを切った、地球上から墜落していく『ヤマト』を見守る人々も、モニターから目をそらす者はひとりたりとていない。
  そして、全乗組員があきらめていない中で、沖田の後輩である土方艦長は、彼らの努力を無にしないために知恵をしぼった。
  『ヤマト』の全兵装は大破し、装備品もほとんどが使えない。エンジンも故障し、装備品のほとんどもだめになった今で、それでも『ヤマト』に残っているものはないか?
  そのとき土方艦長は『ヤマト』によりそう『蝦夷』と『メリーランド』の姿を見た。
  あった、たったひとつだけ方法が!
「古代、ロケットアンカー発射だ!」
「えっ?」
「『蝦夷』と『メリーランド』の船体に打ち込んでカラビナ代わりにするんだ。急げ!」
「り、了解! 南部!」
  古代は南部に命じて、『ヤマト』にたったひとつだけ残された最後の切り札、艦首ロケットアンカーをスタンバイさせた。
  チャンスはただの一回、『ヤマト』と二隻の相互位置を計算し、動きを先読んで照準を慎重に定める。
  これが正真正銘最後の賭けだ。古代は南部が計算した結果を信じて、『ヤマト』のすべてをロケットアンカーにゆだねた。
「ロケットアンカー……発射!」
  放たれた『ヤマト』の二本の錨が『蝦夷』と『メリーランド』の船体に食い込む。これで希望はつながった。古代はロケットアンカーを全力で引き戻させ、子龍とニナは乗艦に最後の力をふりしぼらせた。
「逆噴射全開! エンジンがぶっ壊れてもかまわん」
「『メリーランド』、お願い。あと少しだけ力を貸して」
  限界なんかはとっくの昔に超えている。それでも力を振り絞るのは、彼らがみな船乗りで、船はまだ死んでいないからだ。
  全力で逆噴射をかける『蝦夷』と『メリーランド』。『ヤマト』はロケットアンカーの、たった二本の鎖のみを頼りにして命をつなごうと試みる。
  地表まで、あと三万メートル。いや、この調子だと落下場所はメガロポリス沖の海上に変わりそうになってきた。
  一概に幸運とは言えない。海面とて、落下スピードによれば地上と変わらない。着水しても、水没してしまっては不時着より悪い結果になりかねない。
  がんばれ、がんばれと人々は『ヤマト』『蝦夷』『メリーランド』を見守り続ける。地球の人々、藤堂兵九郎長官以下の地球防衛軍、島次郎ら子供たち、宇宙からも『アンドロメダ』に座上する司令ほか生き残りの戦艦乗組員たち、各基地からも、機動部隊の生き残りが退避した火星基地からは野中中佐らの爆撃機隊の生き残りや、大勢の将兵たちがモニターで地球の『ヤマト』を見守り続けている。
  そして、戦艦『武蔵』もまた、一心に『ヤマト』の無事を祈り続けた。
  海面まで、あと一万メートル! もはや地表から肉眼でもはっきりと見える。
  降下速度はまだ衰えない、八千、六千メートル……わずかに減速したように見えたが、まだ足りない。
  五千、四千……そのとき、完全に死んでいたと思われていた『ヤマト』の補助エンジンがわずかに火を吹いた。徳川機関長らが、コンデンサーからノズルへと無理矢理つなぐ荒業で一時的に噴射を取り戻させたのだ。
  降下速度が衰えた。『蝦夷』と『メリーランド』も必死で残った力を振り絞る。
  海面まで、ついにゼロ。時速数百キロの高速を保ったままで、三隻は巨大な水柱をあげて海中へと突っ込んだ。
  どうなったのだ……人々は固唾を呑んで三隻が消えた、泡立つ海面を見つめた。
  やがて、海中から一隻のグレーの船体が浮かび上がってきた。戦艦『メリーランド』のそれだ、続いて『蝦夷』も艦橋から波を掻き分けて浮上してくる。
  だが、『ヤマト』は浮いてこない。まさか……人々がそう絶望しかけた、その瞬間だった。
  海中から、天に向かって伸びる柱のように、垂直に『ヤマト』の艦首が聳え立った。それはぐんぐん浮上し、第二砲塔あたりで静止する。すでに船内には大量の海水を飲み込んだらしく、破口からは滝のように海水を噴出している。
  ゆらりと、『ヤマト』が揺れた。赤い船底を下にして、ぐんぐんと倒れていく。同時に沈んでいた艦橋や煙突が顔を出し始め、そして船底が海面に触れた瞬間に膨大な水しぶきが立ち上る。
  その白いカーテンの中から現れた姿を見て、地球防衛軍の通信士は全世界に向かって歴史に残る一声を放った。
 
「健在! 健在です。『ヤマト』は健在、宇宙戦艦ヤマト、いまだ沈まず!!」
 
  数億の歓声が轟き、その瞬間地球人類はひとつになった。
  そしてこの瞬間……歴史は書き換わった。
  宇宙戦艦ヤマトは沈まず、多くの宇宙戦士たちが生き残った。
  まだ宇宙には、暗黒星団帝国、ボラー連邦が胎動し、地球に迫る戦乱の影は絶えないが、それでもこの時空の地球は暗黒星団帝国の隷属国となった歴史とは、違った歴史を歩み始めることだろう。
 
  ひとつの戦いが終わり、宇宙は静けさを取り戻した。しかし、ひとつの星の運命を変えた戦いさえも、全宇宙の規模からすれば、ささやかな瞬きに過ぎない。
  時はわずかに流れ、戦艦『武蔵』は地球と月を望む空間に停泊していた。修理はそこそこに進み、戦闘は不可能だが通常航行程度であれば可能なまでに復旧に成功している。
  すでに姿を衆目にさらしてしまった『武蔵』には、通信機に正体を尋ねる声がひっきりなしに入っているが、拿捕しに来る戦力も地球には残っていないので無視している。
  いや、ただ一箇所だけ、『ヤマト』には無事を祝う電文を送っておいた。もとより自分たちはこの時空にはイレギュラーだったのだ、目立つつもりはない。
  さて、この後でどうするべきかなと藤堂艦長は思った。やるべきことはすべて終わった、今後のことなどは、正直まったく考えてもいなかった。
  しかし、気分はいい。やると決めて、それをやり遂げた後のことはすっきりした。百点満点とは言えないものの、とにかく当初の目的は果たした。これでもう地球が他の星の植民地にされる歴史も、もしかしたら回避できる可能性が十分に出てきたのだ。
「これで終わりか、長かったような短かったような。不思議な気持ちがする」
  本当に、走るだけ走ってきた日々だった。自分たちの歴史では、この時代を契機に地球人類は長い寒難辛苦の時代を味わわされ、現代に及んでも完全な独立は果たせていない。この後の歴史がどう動いていくのかを見届けるには、それこそ二百年生きなくてはいけないが、少なくともこの時代で数多くの人命を救えただけよかったかもしれない。
  見渡せば、荒島と葉月の二人は自分のデスクに突っ伏して高いびきで眠っている。山城も疲れきったようで、手ごたえのなくなったレバーを枕にしてうつらうつらしている。
  桜田は、通信機から響いてくる答えるつもりのない通信に、やけくそになったのかデスクに両足を投げ出してしまった。
  そんなだらけた連中を後ろからこづいて回って叩き起こす神村少尉。
「起きなさい! このダメ男ども!」
「うーん、てめこんなときくらい少しは休ませろよ」
「黙りなさい! まだ艦内じゃ大勢働いてるってのに、そのずうずうしさはどこから来るのかしらね。三秒以内に目を覚まさないと撃つわよ」
  と、カウントの二秒目でもう荒島の頭にショックガンが命中する。
「あいだーっ!? おまっ! ほんとに撃つか! しかもまだ二秒目じゃねえか」
「あら、一と二を数えるくらいの知性はあったのね。さて、働きなさいよ。二秒以内に……」
「わ、わかった! わかったから!」
  このままでは蜂の巣にされかねないので、気を抜きかけていた荒島たちも慌てて仕事に戻る。そんな様子を、黒田大尉や権藤大尉は苦笑いしながら見ていた。
「やれやれ、あの調子じゃあ次の『武蔵』の艦長は神村で決定ですな」
「そのほうがいいかもしれんのう。ああいう悪餓鬼どもには、やさしさよりも厳しさが必要じゃて」
  年配連中の楽しみは若い者たちを見ることであった。一見、前から何も変わっていないように思える彼らも、数々の苦難を乗り越えて、中身は見違えるほど成長してくれた。もう立派な宇宙戦士の一員だ、彼らになら船を安心してまかせることができる。
  これからは年寄りがああだこうだと言うよりも、彼らの独自性にまかせてみるほうがいいかもしれない。時代は移り変わるのだ、新しい皮袋には新しい酒がいる。
  しかし、彼らがこれから腕を振るうべきところはどこにあるのだろうかと藤堂艦長は思った。このままでは、『武蔵』はやるべきことを失った根無し草だ。この時代の地球防衛軍に参加するか? それもいいかもしれないが、戦艦『武蔵』という共同体から、この時代の地球に根を下ろす覚悟が必要になる。自分だけならいい、しかし皆の未来までもを道連れにしていいものか。
  そのときだった。『武蔵』の眼前に、この時代へ来たときと同じ光の球が現れたのだ。
「か、艦長……あれは」
「うむ……」
  それまでふざけていた荒島たちも急いで席に着き、神村少尉と黒田大尉が分析にかかった。
  その結果、目の前の光球はまぎれもなく『武蔵』がこの時代に飛ばされてきた次元の歪みと同じものとわかった。ただし今回は空間振動波を放ってくるようなことはなく、極めて安定している。じっと宙に浮かび、存在するのかしないのか定かではないような虚ろな光球に、神村少尉がつぶやいた。
「まるで、わたしたちが通るのを待っているみたいですわね」
  反論する声はなかった。このタイミングで、こんな位置にこれが現れるなど、偶然であるはずがない。
  この時、藤堂艦長は『武蔵』に与えられた使命がすべて終わったのだと確信した。宇宙の神か、あるいは悪魔か……いずれにせよ、人知を超えた存在であるなにかは、もう『武蔵』を必要とはしていないのだと。
  が……それならそれで、最後は選ぶ権利を行使したいと思う。藤堂艦長は、全艦に伝わるマイクを手に取ると、おもむろに語り始めた。
「全乗組員に告げる。そのままで聞け、現在本艦の眼前に時空間のゲートらしきものが存在している。恐らく、これを通れば元の二四〇四年に帰ることができるだろう……ただし、ゲートの先が必ず二四〇四年に通じている保証はなく、仮に二四〇四年であったとしても、必ずしも我々の知っている歴史を歩んだ世界とは限らん。よって全員に選択の機会を与える。ゲートをくぐりたい者は、救命艇と内火艇に乗り込んで『武蔵』を離艦せよ。行くもとどまるも諸君ひとりひとりの自由だ、誰もとがめてはならん。私は『武蔵』とともにこの時代に残り、我々のやったことの行く末を見届けようと思う。三十分間待つ、よく考えて結論を出してくれ」
  それだけ告げると、藤堂艦長は座席に深く腰を下ろして瞑目した。
  残された者たちは、それぞれ顔を見合わせて考え込んだ。未来に帰る可能性に賭けるか、それともこの時代で生きることを選ぶか。
  二つに一つ……『武蔵』の五百人のクルーたちは、元の時代に残してきた家族や恋人のことを思い浮かべ、結論を出していった。
「艦長、時間です」
「うむ……」
  藤堂艦長が眼を開いたとき、艦橋の景色は変わっていないようで大きく変化していた。
「桜田は行ったか」
「ええ、彼は地球に両親を残していますから。『武蔵』乗員五百名のうち、三百二十名が離艦を表明しています」
「そうか……人にはそれぞれ守るべきものがある。神村少尉、君はよかったのかね?」
「私の両親はすでに他界していますし、戻ってもどうしようもないです。なら、せめてこの居場所を守りたいんです。それに、野放しにしておくと危険な連中がおりますし……」
  神村少尉が視線を逸らすと、ニヤついている荒島と葉月の顔が映ってきた。
「俺たちも残りますよ。元の時代に未練はないし、こっちのほうが退屈しないですみそうだし、なによりも」
「美奈ちゃんがいる船から降りるなんて、そんなもったいないことできるわけないしな!」
  こちらはなんとはや不純きわまる理由だった。やはりこいつらは半人前のその下だったかなと、黒田大尉と権藤大尉はため息をつく。彼らは元の世界よりももう、『武蔵』が家のようになっている。ならば最後までこの船に殉じよう。
「山城中尉は?」
「私も、この時代がどうなっていくのか見届けたくて。それに、この『武蔵』の舵を他人には預けたくないもので」
  それぞれの理由と、それぞれの決意がそこにあった。
 
  『武蔵』から離れて、四隻の救命艇と五隻の内火艇が飛んでいく。それに二機のシューティングスターの姿もある。武部と倉田は船を下りることにしたらしい。
  残ったのは、老若男女合わせて一八〇名……その者たちに向けて、藤堂艦長は静かに命じた。
「全員、戦友たちの旅立ちに敬礼!」
  席を立ち、不動の姿勢が窓に並んだ。
  離艦する者たちも、窓に並んで敬礼で『武蔵』に別れを告げた。
  そして、すべての救命艇と内火艇、シューティングスターが入ると、光の球は無言のまま消滅した。
 
「『武蔵』発進!」
  轟然と火を噴いて『武蔵』は進み始める。その行く手は雨か嵐か。息を吹き返した『武蔵』の艦橋で、黒田大尉は旧友の藤堂艦長に尋ねた。
「艦長、これからどこへゆきますかね?」
「そうだな。これから地球には戦火が絶えない時代が来るだろうが、もう戦争は飽き飽きだ。いっそ、宇宙海賊にでもなるかな」
  艦長の冗談に、クルーたちは声をあげて笑った。が、荒島などはなかば本気で、だったら船体に髑髏を描きましょうかと言っている。
  まあ、時間だけはたっぷりある。今は、軍艦としてはあるまじき自由な時間を使って、ゆっくり新しい道を探していこうと思う藤堂艦長たちであった。
 
 
  一方……光の球をくぐった三百二十名のクルーたちは、元の二四〇四年に帰還できていた。
  戻ると、『武蔵』は突然消えて半年もの間行方不明になっていたらしい。回収された彼らは、どこでなにをしていたのかなどの取調べを受けたが、まともな答えが出ないままで次第にうやむやになっていった。
  解放された彼らは、まず家族のいる者は自分の家へと直行した。半年の消息不明で、ほとんどの者が殉職扱いで葬式まで出されていたので、再会は喜ばれたのはいうまでもないだろう。
  残った者たちの興味の対象となったのは、当然過去の歴史についてだった。
  『武蔵』クルーの家族、近親者に関しては驚いたことに別人に変わっていたりする者はほとんどいなかったが、西暦二二〇一年を基点にして、歴史は大きく変わっていた。地球はその後の暗黒星団、ボラー連邦の脅威を跳ね除けて、西暦二二〇三年には地球圏から銀河系オリオン椀の一部にまで進出する小規模な星間国家へと成長していた。
  その後、生き残ったデスラーが興したガルマン・ガミラス帝国と同盟を組み、地球からの警告で銀河系交差を乗り切った同国とともに、地球は次第に版図を広げていく。
  しかし、外宇宙への進出はアンドロメダ方面に再建された新ガトランティス帝国の牽制もあってなし得ず、地球連邦の拡大はオリオン椀内部でおさまることとなった。
  全体としては、銀河系は大半をボラー連邦とガルマン・ガミラスが支配し、外宇宙では暗黒星団帝国とガトランティス帝国がにらみ合っている。しかし互いに均衡のとれた対立の世界の中で、地球は規模こそ小さいながらも、容易に侵しがたい存在として星間国家戦争が全宇宙規模で拡大しないための抑止力として存在し続けたという。
  そして、現在なお続く平和の礎として、少数ながらも精鋭ぞろいでどの国家からも一目おかれている地球防衛艦隊がある。
  彗星帝国戦後にそれが早期に再建できたわけとして、戦役を生き残った『アンドロメダ』以下の艦艇と多数の防衛隊員たち。それらをまとめあげるシンボルとして、宇宙戦艦『ヤマト』の存在が大きかったことを歴史文書は記していた。
  だが、当然ながら戦艦『武蔵』に関する記述はどこにも存在しなかった。正体を明かした『ヤマト』の人たちは秘密を守り通してくれたらしい。元々正体不明の戦艦がいたなど、まともな戦闘朗報に残せるはずもないのだ。地球に落下していた超巨大戦艦の残骸を破壊したのは、『ヤマト』の功績として記録されていた。
  あと、『蝦夷』と『メリーランド』のその後についても少し記述があった。両艦は現役戦艦としては真っ先に修理が終わり、星間戦争時代から冷戦時代に移る二二一五年まで健在で活躍したという。子龍とニナ艦長は翌年結婚、功績をたたえて解体直前の『メリーランド』艦上で婚儀がおこなわれたらしい。そのときの写真には、やや年齢を重ねた『ヤマト』クルーの姿もあり、『武蔵』クルーたちを安堵させた。
  が、結果としてはこれでいいと思いながらも、やや釈然としない思いは残った。『ヤマト』が超巨大戦艦を必死で回避させようとした姿を多くの人々が目撃したおかげで、地球を守るシンボルとしての『ヤマト』が深く地球人類の心に刻まれた。その後『ヤマト』は修理なってからもそのままの姿で活躍し続け、西暦二二四五年に退役後、現在はメガロポリスの海上に記念艦として保存され続けている。それだからこそ、『武蔵』のクルーたちはその歴史の中に『武蔵』がいないことが不安だった。
  本当に自分たちは、あの時代に行ってきたのだろうか? なんでもない歴史の中に、自分たちをはめこんで夢を見ていただけではないのだろうか?
  彼ら一人一人に、それぞれの新しい任務が迫る中で、彼らはどこかにあの時代に残った『武蔵』の痕跡がないかと公式記録を漁って、無力に落胆を深めていった。
 
  しかし、西暦二四〇四年に帰ってきた『武蔵』のクルーたちが一同に集まることのできる、最後の機会で思いがけない奇跡が起きた。
「皆さん! ちょっと、これを見てください」
  里帰りしていた桜田中尉のたずさえていた、古い娯楽用映像ディスク。それは数十年前に製作された一品で、初版発売ものが彼の実家に保存されていたそうだが、タイトルを見て全員が驚愕した。
『宇宙海賊・レジェンド・オブ・ムサシ』
  星間戦争時代の長きに渡って、地球防衛軍がピンチになるたびにどこからともなく現れて救ってくれたという伝説の宇宙海賊。パッケージにはディフォルメされて、髑髏の旗をなびかせた、まぎれもない『武蔵』の勇姿が描かれていたのだ。
「俺たちの旅は、夢なんかじゃなかったんだ!」
 
  歴史の表舞台に出れなくとも、語り継がれる伝説はある。
  誰も知らない歴史のいたずらの中に、戦艦『武蔵』は伝説となって息づいていた。
 
 
  逆転!!戦艦ヤマトいまだ沈まず!!  完