逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第25章 長躯14万8千光年、サンザー星系波高し
『ヤマト』がゲルンの空母艦隊を撃滅したそのころ
別行動を取っていた戦艦『武蔵』は、太陽系、銀河系を遠く離れ、遠く14万8千光年のかなた、大マゼラン雲へとやってきていた
「ワープアウト完了、誤差10の−19乗、大マゼラン星雲、太陽系サンザーに到着しました」
『武蔵』の眼前に広がる老いた星々、それはかつて『ヤマト』が人類発の超長距離航海の果てにたどり着いた古戦場であった。
そう、ここは『ヤマト』がイスカンダルへと放射能除去装置を求めて訪れ、それを阻止しようとするガミラスとの最後の決戦に赴いた地である。
「周囲にレーダー反応は?」
「いえ、恒星系全体をスキャンしてみましたが、航行する物体はありません。エネルギー反応もイスカンダルを除いては人工のものは皆無です」
神村中尉の報告を聞き、藤堂艦長はふぅとため息をついた。
「寂しいものだな。記録ではこのわずか1年前には、ここにはマゼラン一帯を支配する大帝国の首都があったはずなのに、今では動くものもない老いた星々のみの星系……兵どもが夢の後か」
25世紀では、もはやサンザー星系は歴史の教科書の1ページの一行を埋めるだけの存在に成り果て、資源も消滅し、惑星も居住に適さない見捨てられた星系として宇宙地図の片隅を埋めるだけとなっている。
だが、サンザーにはこの後一度だけ、戦略的に大きな意味を要した時期があり、それこそがこの時期にわざわざ『武蔵』が長躯してやってきた理由であった。
『武蔵』は老いた惑星をひとつずつすり抜けて星系内部へと進んでいく。
かつてはこの星々のひとつひとつにもガミラスの基地やコロニーがあったのだろうが、首都星の崩壊以来、外部からの物資輸入に頼っていたガミラスの経済は立ち行かなくなり、人々は食糧を求めて殖民星や他の星系へと急速に去っていったそうであった。
「近距離レーダーに第8惑星ガミラスとイスカンダルを確認、間もなく肉眼で視認できます」
やがて彼らの眼前に、緑の大地に黄色いあばたを持つ星と、青く静かな輝きを放つ星が見えてきた。
歴史の教科書の写真でしか見たことの無かった伝説の古戦場を実際にその目で見て、『武蔵』の誰もが言い知れぬ感動を覚えていた。
「あれがガミラスとイスカンダルか、だがガミラスはすでに廃星に等しい……デスラー総統らガミラス民族は残っているが、もはやあの星が活気を取り戻すことはないだろうな」
葉月中尉がしみじみとつぶやいた。
『武蔵』が現れたおかげで歴史が変わり、『ヤマト』との戦いを最後に滅亡するはずであったガミラス民族は、まだ相当の戦力を残したまま現存している。
しかし、今のガミラス星には民族の若さを受け入れて輝くだけの生命力はもはや残されていない。荒廃し、腐食が進むだけの大地には、もはや安らかな眠りだけが必要であった。
「死に行く人や沈み行く艦を救うことはできても、寿命を食い止めることはできないさ。ここの星々を見ているとつくづくそう思うな」
「荒島らしくもなくセンチメンタルだな。だが、確か今イスカンダルには女王スターシアと『ヤマト』の古代戦闘班長の兄さんが残っているはずだろう」
女王スターシアはイスカンダル人最後の一人としてイスカンダルに殉ずる道を選び、スターシアに命を救われた元駆逐艦『ゆきかぜ』艦長古代守との間に愛が芽生えたことは、25世紀にいたるまで少女たちの心を燃やす地球初の星を越えたラブロマンスとして語り継がれている。
「今イスカンダルの地上スキャンを完了しました。さすがに人間の有無を確認することはできませんが、マザータウンに小規模のエネルギー反応があります。恐らくおふたりとも健在だと思います」
「そうか、静かな生活を乱したくはないが、そうも言っていられないからな。神村、イスンダリウムとガミラシウムの埋蔵状況を至急スキャンしろ」
「了解」
『武蔵』のスキャナーがガミラスとイスカンダルの地下に埋蔵されている放射性物質、ガミラシウムとイスカンダリウムの存在を探し始めた。
やがて出た結果は、どちらも星のコアに近い深部にのみ眠っていることが分かった。
「なるほど、これは手がかかりそうだ。しかし、急いでやっておかねばな。暗黒星団帝国が来る前に」
「記録では、先遣隊がこの星域にやってくるのは1週間後となっています。これまでの歴史の改変はほぼ地球圏にのみ集中していますから、これが変化する可能性は極めて低いものと思われます」
彼らがこの星域にやってきた目的はこれであった。
史実では、暗黒星団帝国はサンザー星系でエネルギー資源となる2つの物質を採掘した後、地球にやってきている。
しかし、白色彗星帝国と戦っている地球防衛艦隊に、そう短期間で連戦させたら史実ほどでなくとも防衛艦隊は大ダメージを受けてしまうだろう。ここは何としてでもサンザー星系で足止めをしておきたかった。
「よし、ガミラス星へ降下しろ、黒田、この船の設備で作業にかかる所要時間を至急計算してくれ」
「了解、ですが艦長、ガミラス内殻へ進入したら『武蔵』のレーダーが効かなくなります。この宙域はほぼ安全だとは思いますが、念には念を入れておいたほうがよろしいのではないですか?」
「うむ。確かに用心するに越したことはないな。シューティングスター隊を偵察に出させよう。4機をこの星域の四方に配置すれば全体を監視できるだろう」
艦長の命令で、それまで暇を囲っていたシューティングスター戦闘爆撃機隊が飛び立った。
(こちら桑田、全機無事発進完了。これより星系北方へと向かいます)
「よし。だがはりきりすぎるなよ。歴史改変の影響はここまではまず及んでいないだろうから、異常が無ければ偵察衛星を出して無理せず戻って来い」
(了解、倉田、剣、散開して受け持ち空域へ向かえ!!)
4機のシューティングスターは銀翼を羽ばたかせて、瞬時にはるかかなたへと飛び去っていった。
『武蔵』はガミラス外殻に開いた穴から内殻星へと降下していく。
直径数千キロにも及ぶ巨大な穴をゆっくりと降りていくと、そこには亜硫酸ガスの大気と、厚さ10キロの岩盤に空を覆われた広大な地下空間が彼らを待っていた。
「聞きしに勝る光景だな」
葉月中尉が窓外の空間を望んでつぶやいた。
何十万年もの侵食によって生まれたガミラスの地下空洞の巨大さは、まるで『武蔵』が鍾乳洞の中の蝙蝠になってしまったのではないかと思うほど広大に、かつ冷え冷えと広がっていた。
「これほどの空洞は、宇宙史の中でもガミラスとテレザートくらいしか確認されていない。大宇宙の自然の驚異、まだまだ人間の及ぶところではないということだ」
「死に掛けた星とはいえ、星の持つ力というのは底知れないものがありますね。たとえそこに住む人間がいなくなったとしてもこんなに堂々と」
天井にはミサイルを放ち終えて土台だけになったビル、地上にはマグマに飲まれて頂部のみをかろうじて出しているビルが墓標のようにたたずんでいる。
国敗れて山河あり、地球で大昔に誰かが言い残した言葉だが、大自然の偉大さをこれだけ的確に言い表す言葉もないだろう。
「着陸に適した場所を探せ、できるだけ溶岩脈に近いところがいい。火山活動ももう治まっているようだから危険もないだろう、ただし充分気をつけてな」
「了解、それからできるだけ海からは離れた場所にしますね。この濃硫酸の海に浸かったらさしもの『武蔵』もやばいですから」
『武蔵』は次第に高度を落として、やがて標高1000メートルくらいの小火山のふもとに着陸した。
「着陸完了、着陸脚圧力正常。アンカー下ろします」
着陸脚が地面にめり込み、アンカーが艦体を大地にがっしりと固定した。
『武蔵』にとって、西暦2404年に出航して以来、実に7ヶ月ぶりの地面であった。
「艦体固定完了」
「よし、ではすぐに作業の準備にとりかかるぞ。技術班、地形のスキャンと工作装置のスタンバイを急げ、火山活動は沈静化しているとはいえ地殻が不安定な星なのには変わりない、気をつけろよ」
黒田大尉は技術班を指揮して慌しく行動を開始した。
「葉月、今更言うのもなんだが、本当に『武蔵』に積んである程度の設備でうまくいくのか?」
「そう思うなら別の手立てを言ってみろよ。それに、設備はともかく黒田大尉の腕は信じられる。あの人が大丈夫だって言うなら素人は黙って見ていればいいのさ」
荒島と葉月がそう言っているうちにも作業は着々と進められていった。
『武蔵』の艦底からロボットアームとエネルギーカートリッジが下ろされていく。これを使って星の地殻の奥深くに集中して埋蔵されているガミラシウムを地殻全体に拡散させてしまおうというのが目的であった。
「なにせ、ガミラシウムが無くなれば暗黒星団帝国はここを素通りしてしまうだろう。となれば少しでも長くここで穴掘りに専念してもらうしかない」
ガミラシウムが星のどこかに集中して埋蔵されていれば採掘は短時間で済むが、薄い密度で散らばっていれば砂金集めのように膨大な時間が必要になる。
星の組成を変えてしまおうというのだから容易なことではないが、テラ・フォーミングの一手段として25世紀では普通に使われている作業なので、戦闘艦である『武蔵』でも手間はかかるが無理な話ではない。
〔黒田大尉、これより艦外での作業に移ります〕
「うむ、ガミラスの大気での宇宙服の耐久性は問題ないだろうな」
〔問題ありません。作業ロボットも3機出します、では〕
地上に降ろされた機器をセッティングするために数名の技術班員が地上に降りていった。
「何が起きるかわからんから周辺の監視は徹底しろ。事故が起きてからでは遅いからな」
「はっ」
作業員たちが降ろされた作業機器に異常がないか、最後のチェックをおこなっている。
やがて、彼らの持つ検査機のランプがすべて緑色になると、黒田大尉は惑星核コントロール装置のスイッチを入れるように命じた。
「エネルギー供給率正常、コアへの干渉を開始します」
「黒田、問題はないか?」
「技術的にはなにも、ただこの星自体がかなり不安定なものですから、刺激を最低限にするためにも時間がかかりますね」
黒田大尉も精一杯急いでいるのだろう、藤堂艦長はうなづいて急がせるのをやめた。
すると、権藤機関長が振り返って、進言があるのですがと艦長に申し出た。
「今のうちに、各部乗組員に休息をとらせておいてはいかがでしょうか、これから先休む暇もなくなるでしょうし、緊張する時間はなるたけ減らしておくほうがよいかと思いますが」
「うむ、そうだな。よし、特に業務の無い乗組員は自由時間とする。今のうちにしっかり英気を養っておけ」
艦長命令で休憩が布告され、戦闘班や航海班、他にもロボットや自動制御まかせでよい部署は一斉に休みをとることになった。
「すまんな黒田、お前らばかり働かせて」
艦橋には最初の交代要員として、藤堂艦長と黒田大尉、あと神村少尉だけが残って静かになっていた。
「いえ、最初のセッティングさえ済ませばあとは簡単なので、その後で私も休ませていただきます」
とはいうものの、ガミラスの特異な惑星構造を前に調整をおこなうのは簡単ではなかっただろう。藤堂艦長は黒田大尉の努力に深く感謝した。
「南東より低気圧接近中、30分後には雨になるもようです」
「雨か、こんな星でも降るのだな」
艦橋の窓には、しだいに雲が増えていって岩の天井を覆い隠していく様子が映っていた。
静けさは時間が遅く流れるように感じさせる。
無人のガミラスの空に、雨の音と核コントロール装置の稼動音だけが響いていた。
「雨雨降れ降れ、か……」
窓の外を雨が叩いて流れ落ちていく、藤堂艦長は地球の古い歌を口ずさみながら宇宙の果てにもあった風情を感じていた。
できることなら傘をさして散歩にでも行きたいと思ったが、ガミラスの雨は希硫酸の雨だ、宇宙服を着ての散歩などそれこそ風情もなにもあったものではない。
「……」
やがて、心地よい水の音に誘われて、艦長の意識はまどろみの中へと消えていった。
それから、何時間か過ぎただろうか。
「艦長、艦長……」
眠りの世界から藤堂艦長の耳に聞こえてきたのは、黒田大尉の声だった。
「ぬ……うむ、すっかり寝入ってしまっていたか」
「お休みのところを申し訳ありません。現在は核コントロール装置の稼動は正常、ガミラスの地殻も安定しています。もうすぐ交代時間です。お部屋のほうで休まれてはいかがですか?」
「いや、もう充分休んだ、君こそゆっくり休んでおきたまえ。万一のときに君に倒れられたのではどうしようもない」
「は、ではお言葉に甘えさせていただきます」
黒田大尉は、ひとつ大きなあくびをすると艦橋を去っていった。
残ったのは、艦長と生真面目を絵にしたような神村少尉ひとり。
「神村少尉、偵察に出たシューティングスターからの連絡はないか?」
「先程の打電では現在サンザー星系の星図上東西南北に分かれて偵察中ですが、特に異常はないとのことです。偵察任務を続行なさいますか?」
「ふむ……やはりこちらまでは歴史の干渉は及んでおらんか。よし、全機に撤収命令を出せ」
神村少尉は、レーダー席から通信席に移動して艦長の命令を発信しようとした。だが、通信席のスイッチを入れた瞬間に、逆に受信を示すランプが輝いた。
「はい、こちら『武蔵』第1艦橋、どうぞ」
〔こちら、シューティングスター3番機倉田……あれ、桜田中尉じゃない? て、神村少尉!? な、なんであなたが〕
神村少尉は艦内ではアイドル的な存在で、荒島や葉月などのほかにもファンは大勢いる。この倉田飛行士も、どうやらその一人らしかった。
「交代要員で代理をしています。それよりも、なにか連絡があるのではないのですか?」
〔あ、そうだった。サンザー星系東方20万宇宙キロの地点に未確認飛行物体を発見、エネルギー反応からして艦隊と思われる。数は不明なれど5から10〕
「なんですって!? 艦長!」
「可能な限り接近して正体を確認せよ。ただしこちらの存在は絶対に気取られるな」
〔了解、これより接近して確認に入ります〕
「艦橋要員全員を招集しろ、ただしまだ事態がわからんので他の乗組員達はそのままでよい」
「はい、第1艦橋より『武蔵』全艦へ、第1艦橋要員はただちに第1艦橋へ集合してください。繰り返します、第1艦橋要員はただちに第1艦橋に集合してください」
艦内アナウンスが流れ、荒島や葉月、さっき出て行ったばかりの黒田大尉も続々と艦橋へ集合してきた。
そして彼らは神村中尉の口から事態を説明されると驚きながらもそれぞれの席についていき、やがて倉田機から新しい入電が飛び込んできた。
〔こちら倉田機、目標の艦隊は巡洋艦級2、駆逐艦級6の計8隻の一個小規模艦隊、これよりデータと映像を送信します〕
『武蔵』のメインモニターに目標の艦隊が映し出されると彼らは皆息を呑んだ。なぜならそれらの円盤型の船体構造は、形式は古いものの彼らのよく知る民族の感性によって作られた艦影だったからである。
「暗黒星団帝国の艦隊か」
「はい、間違いありません。データもこの時代の帝国の艦船と一致します……ですが、この時期にサンザー星系への艦隊派遣は記録にないはずですが」
「……恐らく、あれはガミラシウム採掘のための先遣偵察部隊だ。なぜ記録と違っているのかは分からんが、なにぶん古いデータだからな」
メインモニターに映った艦隊は2隻の巡洋艦を中心にして悠々と航行している。推定された進路は、まっすぐにこのガミラスとイスカンダルを指していた。
「まずいですよ。ここで我々が地質を変えているのが見られたらえらいことになります」
「だからと言って沈めるわけにもいかんだろう。それこそ歴史が変わってしまう」
桜田や葉月も次々に焦りを隠せずに不安を口にする。
まったく間が悪かった。せめてあと二日遅く来てくれていたらこちらも余計な気を使わなくて済んだものを。
「神村、あの艦隊がガミラスに到着するまでにかかる時間はどのくらいだ?」
「は……およそ12時間です」
「12時間か、よしシューティングスターの他の各機を交代させながら蝕接を続けさせろ。それで黒田、ガミラスの地質改造にかかる時間はあとどれくらいだ?」
「あと約6時間、それ以上は無理です」
「イスカンダルの地質改造もやっていると、どうしてもあと1日はいるな。ぬうう」
藤堂艦長は腕組みをして、なんとかよい手立てはないかと考え込んだ。
その間にも、クルーたちの喧々諤々とした議論は続いていた。
「もういっそ全滅させたらどうだ?」
「だめだ、そうしたら暗黒星団帝国はこの方面への危機感をつらねて銀河系への進行が早まる危険性がある」
「なら奴らが立ち去るのを待って、その後で地質改造をやってしまったら?」
「いつ立ち去るか分からない相手をじっと待てってのか? 第一スケジュールに余裕がないんだ。地球艦隊の決戦のときに帰れなきゃ元も子もない」
いくつもの意見が出ては消えていった。当初の作戦通りに事を進めるには、もはやあまりに時間が不足していた。
だが、やがて考え込んでいた藤堂艦長が眼を開き、混乱に陥っているクルーたちを一喝した。
「静まれ! もはや当初の作戦を完遂することは不可能となった。よってこれより本作戦を変更する。幸いガミラスと違ってイスカンダルはダイヤモンド質の硬い地殻に覆われて採掘が困難な星だ。こちらの地質改造は放棄する」
「しかし、それでは暗黒星団帝国をこの宙域に引き止めておける時間が短くなってしまうのではないですか」
「そうだ。ようするに帝国を足止めできればそれでよい、だから我々は一芝居を打つことにする」
「芝居、でありますか?」
クルーたちは思わず顔を見合わせた。
「そうだ。あるものを無いと見せかけることができるように、無いものをあると見せかけることもできる。さあ、のんびりしている暇は無いぞ、全員作戦司令室に集合せよ」
降りしきる希硫酸の雨の中に鎮座している『武蔵』の目覚めのときは近い。
武器ある戦いを避けるために、さらに困難な武器なき戦いが始まろうとしていた。
25章 完