逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第30章 地球艦隊苦戦!! ヤマト波動砲咆哮せよ!!

「巡洋艦隊及び、駆逐艦隊前進開始、陽動して敵を拡散波動砲の射程内に誘い込むのだ!!」
  艦隊司令の指示により、葉巻状の艦体を持つ巡洋艦と駆逐艦が主力部隊から離れ、優速を活かして敵艦隊へと向かっていく。
 
「バルゼー司令、地球艦隊より中型、小型艦が分離、我がほうの前衛に向かってきます」
「ちょこざいな真似を、雷撃戦に持ち込まれたら面倒だ。こちらも高速部隊を出して当たらせろ! 本体はそのまま前進」
  彗星帝国艦隊も、緑と白色の高速駆逐艦が先頭に立って、地球駆逐艦を迎え撃つべく本体から離れていく。これにより、両者の陣形は前衛の高速機動集団と、後方に控えた主力艦隊とに同じように分かれ、砲戦距離へと次第に近づいていった。
「提督、地球艦隊は駆逐艦を囮にして、波動砲の射程に我々を引き込もうとしているのではありませんか?」
  幕僚の進言にバルゼーはそんなことはわかっていると言いたげであったが、部下の不安を取り除くためにあえて丁寧に返答してやった。
「慌てるな、数に劣る敵の狙いはおのずから明らかだ。だが、まだ10万宇宙キロもあっては敵どころか、この『メダルーサ』にとっても遠すぎる。しばらくは気にせずに進撃を続けろ、心配するな、奴らに波動砲など撃たせるチャンスはやらん」
  不敵な笑みとともに断言したバルゼーを見て、彼の幕僚や艦橋の兵士達は落ち着きを取り戻した。猛将の下に弱卒なし、数々の戦いに勝ち抜き、無数の惑星を帝国の隷属化に従わせた歴戦の侵略者は、その傲慢なまでの自信で部下の不安感を払拭し、勝利への確信にさえ変えさせていた。
  地球艦隊と彗星帝国艦隊、その最前衛が砲戦距離に突入するまで、あと10分。
 
  その光景を、長躯偵察飛行していた『武蔵』のシューティングスターからの映像で確認しながら、『ヤマト』はいまこそ臨戦態勢をとっていた。
「ワープ準備!!」
  白色彗星の現状と未来位置のデータをコンピュータにインプットし、波動エネルギーコンデンサーにエネルギーがチャージされていく。目標は白色彗星の真正面、付き従うのは『蝦夷』と『メリーランド』の2隻と、影から見守る『武蔵』のみの敵の本陣殴りこみ作戦である。
「真田、亜空間ソナーの準備はいいか?」
「問題ありません、防護対策も万全です」
「戦闘班、コスモタイガー隊、作戦が成功したらすぐに彗星帝国本体との交戦に移ることが想定される、緊張して待機せよ」
「了解!」
「彗星帝国艦隊と、地球艦隊が砲撃戦に入った時点でワープに入る。各員、落ち着いて待て」
  地球艦隊の動向はシューティングスターだけではなく、当然地球艦隊本体からも逐次地球に送られていて、それを傍受することで概略はつかめている。待ち望んでいる電文はひとつ。
"我、敵艦隊ト砲撃戦ニ移レリ"
  まるで鉛を飲み込んだように重い雰囲気が第一艦橋を支配する。このタイミングをしくじれば、史実では全滅した地球艦隊を維持したまま彗星帝国に勝利することができなくなる。
 
  一方、『蝦夷』、『メリーランド』の二隻は拡散波動砲装備型であるために直接彗星帝国を攻撃はできないが、その代わりに『ヤマト』の護衛艦として重大な使命を帯びて気合を入れていた。
「敵の本拠地要塞というからには、当然それなりの武装で身を固めているはずだ。エネルギーを使い果たした『ヤマト』がその砲火にさらされたらひとたまりもない、無理をしようとせずに、防御を主体に行動せよ」
「敵の本体にも、まだ首都防衛のためにいくらかの艦隊が残っていると思うべきです。こちらもいつでも拡散波動砲を撃てるように準備を整えて、敵主力艦隊に後方を脅かされると心理的に圧迫感を与え続けるためにも、簡単に沈むわけにはいきませんよ!」
  子龍とニナも決戦前に自らにも向けて、この作戦の重要性を語った。波動砲発射後の『ヤマト』は、再度フルパワーが出せるようになるまで時間がかかる。新式のチャージャーを持っている現在の戦艦ならともかく、最初期の波動エンジンを改造して使っている『ヤマト』では追いつけない。クルーたちもそのへんのところはしっかりと理解しているようで、問題なくうなづいてくれたが、いくつか出た質問の中でひとつ無視できないものがあった。
「『ヤマト』が波動砲でガス体を吹き払った後に、拡散波動砲を撃ち込めばいいんじゃないですか?」
  これは確かに魅力的な案に見える。しかし『武蔵』からの情報では彗星帝国が崩壊すれば、その内部に隠された超巨大戦艦が出てきてしまうために、その場で全滅させられてしまう可能性が高い。都市要塞のほうがまだしも与しやすいし、『武蔵』もフォローがしやすい。ただ、それを『武蔵』がこの2隻に教えるわけにはいかないために、『ヤマト』からその理由につけては"白色彗星へと波動砲を撃ち込んだ衝撃で強烈な衝撃波が発生する可能性が高いので、それから離脱するためにエネルギーを蓄えて待機、波動砲攻撃が可能かどうかは攻撃の効果を見て決める"と伝えられていた。
「ワープ回路、『ヤマト』と同調」
  あとは、『ヤマト』がワープすれば自動的にコンピュータが作動して、同じ場所へこの2隻を連れて行ってくれる。子龍とニナは、必ず来るそのときに備えて艦長席に深く座り、聴覚にのみ神経を残して瞳を閉じた。
 
  さらにその後方の宙域では、ステルスフィールドで身を隠した『武蔵』が戦場全体を見渡しながら、不測の事態が起きないかをじっと監視している。
「今のところは、想定の範囲内だな」
  藤堂艦長が、メインスクリーンに映し出された太陽系全体の戦略図に映ったそれぞれの艦隊の位置を確認してつぶやいた。
  単艦ではあるが、『武蔵』の情報処理能力はこの時代の地球防衛軍本部の機能を軽くしのぐ。今、太陽系のどこに何がいるのか手に取るようにわかる中で、敵艦隊が転進しないか、また白色彗星から増援が出てこないか、太陽系外部の殖民惑星から援軍が来ないか、さらには可能性としては極めて低いが、暗黒星団帝国やボラー連邦が介入してこないかまでを幅広く監視していた。
「地球艦隊と彗星帝国主力艦隊、接触まであと150宇宙秒!」
  神村少尉が正確に測定した結果により、全員が来るべきときに備えて身構える。
  しかし、90宇宙秒を過ぎたとき、予想外の事態が全艦を駆け巡った。
「地球艦隊陣形内部に爆発反応! 戦艦2隻が爆沈しました!!」
  戦慄が艦橋を駆け巡った。どういうことだ、まだ接触時間には早すぎるではないかという怒鳴り声を受けて、神村少尉は観測データをメインスクリーンに投影した。そこには確かに地球艦隊の艦列内部に突然高エネルギー反応が起こり、2隻の戦艦が巻き込まれて爆沈する様子が映し出されていたのだ。
「彗星帝国艦の攻撃か?」
「いえ、攻撃の弾道は見当たりません」
「ならば、機雷か?」
  常識的に考えて、弾道がないというならそれしか考えられない。しかし、地球艦隊はまだしも、この『武蔵』の観測機器がこの時代の機雷を見落としたとも考えがたい、だがそう考えているうちに2度目の爆発が地球艦隊の内部で起こり、巡洋艦3隻が吹き飛ばされた。
「今の爆発をさっきのものとあわせて分析しろ、急げ! 全艦、戦闘配備」
  ほんの数分で5隻の艦が撃沈、いやもはや撃沈されたとしか考えられないところから藤堂艦長は即座に決断した。このままでは数十分で地球艦隊は半壊してしまう。
  神村少尉と黒田大尉は大急ぎで今の攻撃をコンピュータにかけて分析した。恐らく地球艦隊のほうでも意味不明な攻撃にとまどっているだろう、それが恐慌状態に陥る前になんとかしなくてはならない。やがて59.5秒後に分析結果を記憶した黒田大尉が報告した。
「爆発の直前に空間歪曲反応がありました。また、その前に彗星帝国艦隊の艦からも空間歪曲反応と、高エネルギー反応が検知された後にすぐ消滅しました。恐らく、ワープでエネルギー弾を送り込んできたと思われます」
「なんだと? ワープでエネルギー弾を!?」
  藤堂艦長はにわかには信じられなかった。確かにワープ技術を兵器に転用する例は多い、彼らと戦っていたボラー連邦も自己ワープ機能を備えたワープミサイルを23世紀初頭には実用化して、地球軍や暗黒星団帝国軍を苦しめてきた。その後空間歪曲装置によってワープを妨害する技術の完成によって戦闘の主体は艦隊戦に戻ったが、実体を持つものをワープさせるだけで、エネルギーのみをワープさせるなど25世紀でも存在しない。もしそんな技術があれば波動砲をワープさせて敵にぶつける兵器を即座に作るだろう。
「撃った艦は特定できるか?」
「はい……特定しました。拡大投影します」
  『武蔵』のメインスクリーンに大写しになった敵の旗艦と思われる異形の戦艦、メダルーサの姿が藤堂艦長以下、全員の驚愕を呼んだ。
「なんだ? この戦艦は」
「データーベースには、彗星帝国艦船に該当するものはありません」
  すると、新造艦か? しかしいつの間に……いや、地球側も『蝦夷』や『メリーランド』を始めとする、史実にはなかった艦船を多数建造して、この決戦に望んでいる。ならば、彗星帝国側にも新兵器が登場してきても不思議はないではないか。
「うかつだった。こんな当然の可能性を除外していたとは……」
  藤堂艦長は、自分の不明と、想定外の大きなイレギュラーに思わず頭を抱えたが、そこで思考停止にいたることは許されなかった。スクリーンに映ったメダルーサの艦首が光ると同時に、地球艦隊の戦艦2隻が爆沈したのだ。
「艦長、このままでは地球艦隊は拡散波動砲の射程に入る前に全滅してしまいますよ」
「わかっている。地球艦隊の動きはどうだ?」
「現在、艦列を整えつつ前進中、速度、進路ともに変更してはいません」
「まだ攻撃の原因を察知しきれずに、突撃か転進かも判断しきれていないということか……だが、少なくともあと5分以内に決断しないと、取り返しのつかない事態になるぞ」
  この時代の探知能力で彗星帝国の新兵器がいかなるものかを即座に判断するのは難しいだろう。ヤマトくらい探知に特化した性能と熟練したクルーがいれば別だろうが、基本戦闘に集中し、量産性を考えた通常の地球艦ではハード、ソフトともに追いつけまい。しかし、突然の事態に艦隊が瓦解するのを防いでいるのは見事だが、根本的な対策を打たなければ、激突を待たずに地球艦隊と彗星帝国艦隊の戦力比は埋めようもないほどに開いてしまう。
「艦長、どうします!?」
  荒島中尉の言葉に、藤堂艦長は即答しなかった。監視についているシューティングスターならば、誰にも気づかれずにあの戦艦だけを撃沈することも可能だが、そんなに都合よく勝たせてしまっていいものか。そんな安易な方法をとらないために、これまで努力してきたのではないか。ならば……
「地球艦隊はどう動く……」
  この異常事態に、でしゃばるにせよ傍観するにせよ、当事者たちが何を考えてどう動くのかの可能性までもつぶしてしまうことはできない。
「艦長……」
「剣機に連絡、敵旗艦に雷撃準備をして待機、ただし命令があるまで絶対に撃つなとな」
  それは、一か八かに賭ける苦渋の決断であった。その瞬間にも、ワープするエネルギー弾は地球艦隊を襲い、巡洋艦一隻が爆沈していく。
 
  彗星帝国艦隊からも、その様子は肉眼でも宇宙に咲く花火のようにきらびやかに、そして儚く見えていた。
「敵巡洋艦級1、撃沈を確認!」
「ふははは、ふはははっ!!」
  一方的に戦果だけが入ってくる報告に、バルゼー提督は歯ぐきをむき出しにして高らかに哄笑をメダルーサのブリッジに響き渡らせていた。不愉快になる理由はどこにもない、戦闘開始以来、彗星帝国艦隊は前衛の駆逐艦隊にはダメージはあるものの、主力艦隊は損害どころかメダルーサ以外はまだ一発の砲撃さえしていないのに、敵はすでに十指に余る主力艦艇を喪失しているのだ。
「すごいものですな、この『火炎直撃砲』というものは」
「そうであろう、ワープビームを利用して高エネルギー弾を敵に直接叩きつけるのだ。それゆえに回避など絶対不可能であるし、射程など、従来の戦艦の砲の10倍は軽く超える、地球艦隊がいかに波動砲とやらに頼ろうと、これの前には何の役にも立たん」
  自慢げにバルゼーはおもちゃを見せびらかす子供のように、メダルーサの真価を部下に説明していった。もっとも、メダルーサが合流するまで、彼は負けるなどとは思っていなかったが、この船を欠くことに並ならぬいらだちを心中に隠していたのだ。
  しかし、今やそのいらだちは完全に払拭された。従来の常識を覆す、桁外れの射程と破壊力を持つ兵器を搭載した戦艦、その存在を初めて聞かされたとき、その最初の一隻に自分が乗り込み、圧倒的な力で敵を撃砕するという夢を抱いたのは、むしろ当然のことであっただろう。それ以来、彼はこの戦艦が近々控えた地球侵攻作戦に間に合うように公私様々な援助をおこなってきた。このエネルギーをワープさせるという技術の出所がガミラスの瞬間物質移送機だったということは、彼を少々不快にさせたが、これをエネルギーを転移できるように改良したのは彗星帝国の技術であることと、なにより素人目にも強力すぎるであろう新兵器への欲求がそれを打ち消した。新造艦の物資、技術者の移転、場合によっては横流し、ただし、なにしろ前例のない特殊な戦艦であるから、建造は難航した。それでも、こうして決戦のさなかに彼がその司令官席をここに置けるのは、彼の努力によるものと断じてよいだろう。
「いずれは全ての戦艦にこれが装備される。そうしたらこれまでの艦はすべてガラクタ同然となる、なにしろまったく手の届かないところから一撃必殺の攻撃を受けるのだからな。地球を滅ぼした後は、すぐに全銀河系を征服できる。諸君、我らは戦争の歴史の変わる、その重大な分岐点にいるのだぞ!」
  彼の見ている前で、また一隻地球艦隊の船が火炎直撃砲の餌食となって火球と変えられていく。
  このまま進めば、彗星帝国艦隊はほとんどの艦が一発の砲火も放つことなく、史上まれな完全勝利をおさめることができるかもしれない。
  しかし、地球艦隊はまだ死に絶えたわけではなかった。
 
 
「全艦、艦の間隔を広くとれ! それから敵のワープ兵器の射撃間隔を正確に算定しろ、急げ!」
  地球艦隊の司令は、とにかく思いつく対応策を口に出して実行させながら、この状況をどう挽回するべきか考えていた。現在地球艦隊はすでに8隻の戦艦と13隻の巡洋艦と2隻の駆逐艦を失っていた。しかもこちらはまだ一発も撃っていない、一矢を報いることもなく死んでいった艦の乗組員たちの無念は想像だに余りあるが、この艦隊司令もアンドロメダに指揮官席を預かる以上、暗愚の将ではない。脳内で敵味方の相関図を作り、どうするべきかのシミュレーションを幾度も繰り返した。
  その結果、艦隊がこのまま前進するにせよ、後退するにせよ、敵と真正面から撃ち合いになって勝てる戦力は残らないというもののみが残った。ただし、それは彼にとってまだゲームオーバーを連想させるものではなかったが。
「戦艦コンテ・デ・カブール撃沈!」
「敵の連射間隔が判明しました。およそ2分15秒です!」
  損害報告と待ち望んでいた計算結果を同時に得たとき、彼は全艦へ向けて命令を下した。
「全艦隊、艦列解除! 各艦はそれぞれ独立して前衛艦隊の戦闘の外縁を全速で移動して、敵に肉薄せよ!」
  それは全艦を駆け巡ると同時に、艦隊全将兵の驚愕を呼んだ。強固な陣形を組んだ大敵を相手に無陣形で突撃をかけるなど自殺行為以外の何者でもない。しかし、このまま陣形を組んで向かっても、敵の超長距離砲の餌食にされてしまう。ならば、肉を切らせて骨を絶つまで。
 
 
「てっ、提督!? 地球艦隊が突然艦隊を解除しました。バラバラになってこちらへ向かってきます!」
「なんだと? 敵は血迷ったか!?」
  バルゼーはその報告を受けたとき、まず驚き、そして狂喜した。敵は追い詰められて自暴自棄に出た、艦列が分散したために確かに火炎直撃砲の効果は薄まってしまったが、バラバラに散らばってしまえば攻撃力も防御力も激減する。
「これは願ってもない好機だぞ。全艦隊最大戦速! 地球艦隊を一気に踏み潰せい!!」
  その命令を待っていたとばかりに彗星帝国艦隊は速度を増し、眼前で撃たれるのを待っている七面鳥のような地球艦隊へ向けて一気に突進した。火炎直撃砲ならば余裕の距離だが、通常艦砲での撃ち合いにはまだ遠い。しかし、目前に大勝利が約束されているのだから、各艦の艦長たちはこぞって機関員を叱咤し、砲戦距離に入ったときには一隻でも多く戦果に加えようとはやりたった。
「ふっふっふ……愚かなり、地球艦隊」
  砲撃開始一分前の報告を聞きながら、バルゼーはひたすらにこちらを目指してくる地球艦隊をあざけった。
  だが、砲撃開始30秒前にして戦況は一変した。ちょうどそのころ、近接戦闘を続けていた両軍の駆逐艦隊の外側を通過しようとしていた地球艦隊は、突如その進路を彗星帝国の駆逐艦隊に向けて、文字通り突進していったのである。これにより、彗星帝国駆逐艦隊と地球艦隊は混戦模様になり、最大戦速で進んでいた彗星帝国本体はそのまま砲撃戦距離に突入することになった。
「撃て、撃つんだ!」
「だめです。味方を巻き込んでしまいます!」
  このとき愕然としなかった彗星帝国側の人間は皆無だったといっていいだろう。地球艦隊は、前衛艦隊の交戦区域を迂回すると見せかけて、そこに全軍を集結させることによって敵の艦隊を盾にしてしまうのに成功したのだった。これには、今にも援護攻撃を開始しようとしていた藤堂艦長他の『武蔵』の面々も、あざやかな艦隊行動に感嘆を禁じえなかった。敵を罠にはめるには、まず敵を喜ばせることというが、彗星帝国艦隊はまさに自らの心に作り上げた落とし穴にはまり込んでしまったのだ。
 
  そして、地球艦隊の逆襲が開始された。
「砲撃用意、全艦で敵の先頭集団に集中砲撃だ!」
  単純明快な命令が全艦にとび、地球艦隊の乗組員たちはそれまでにたまった不満を一気に解消するべく、艦砲の照準を大小問わずに突出していた彗星帝国艦隊の最前列に絞り込み、撃ての命令が下るや否や復讐の雄たけびを咆哮させた。
「命中、命中です!」
  報告を受けるまでもない、戦果を焦って飛び出してきた彗星帝国艦隊の前衛は、復讐に猛り狂う地球艦隊の猛射を一身に浴びて、大輪の花火とその身を変えて、一発も撃つことなく無念を飲んで沈んでいった地球艦隊の英霊への弔いの花となっていく。
  艦隊司令はそのまま、敵先頭集団へのピンポイント攻撃の続行を指令した。どうせわざわざ狙いを変えなくても、敵は後ろからいくらでもやってくる。こちらは穴から出てくるモグラを待ち構えて思いっきり叩いてやればよいのだ。彗星帝国艦隊は止まろうとしていたが、勢いがついていた上に後ろから仲間の艦がやってくるものだから、追突されることを恐れて急減速をかけることができずに、前から順に地球艦隊の餌食にされていったのだ。もちろんそのときバルゼー提督は必死に艦列を立て直そうと叱咤していたが、楽勝ムードから転落させられた将兵たちはその技量を、復仇に燃える地球艦隊の将兵たちの1/3ほども発揮できずに、今度は自分達が一弾も撃つことなく戦死者の列に加わっていった。
  だが、彗星帝国の乗組員たちも宇宙の海の男である。一時の混乱から少なからぬ犠牲を出しながらも前進を止めて艦列を立て直すと、損傷した艦を後方に下がらせて、同距離の砲撃戦をし返してきた。
「これで、後は小細工抜きの殴り合いだ。全艦隊戦艦隊を中心に凸形陣を組め、総力戦に突入するぞ!」
  これほどまでに接近したら、もう波動砲も火炎直撃砲も役には立たない。両者の残った戦力は偶然にもほぼ互角、残りは戦闘のもっとも原始的な形で決着をつけるのみである。
 
「撃て!」
「反撃しろぉーっ!!」
 
  地球艦隊司令とバルゼー提督の声が、虚空をはさんで同時にこだまする。後に、土星圏殲滅戦と記される凄惨なつぶしあいの、これが第二幕であった。
 
 
  かくして、戦いの流れがもはや自分たちの手が加えられるべきではない段階に達し、アンドロメダから待望の"我、敵艦隊トノ総力戦ニ突入セリ"という電文が入ってきたとき、土方艦長は「ワープ」とだけ短く命令した。『ヤマト』の姿が揺らめきながら消えるに従って、『蝦夷』と『メリーランド』も後を追って亜空間へと突入していく。それを見届けると、『武蔵』も一瞬だけ三次元空間にその身を浮上させると、すぐさま亜空間へと彼らを追って消え、地球時間にして30秒後、『ヤマト』らは土星と天王星の中間あたりの宙域にその姿を現していた。
「白色彗星を前方に確認、距離、15万キロ!!」
  あえて宇宙キロを使わずに、メートル法で距離を報告した雪の配慮は正確であっただろう。まだ地球と月との距離の2/5倍という距離にありながらも、その白色のガス体をまばゆく発光させながら迫ってくる姿は、闇夜の花火よりなお明るく、不気味な光芒を太陽系に撒き散らせていた。
「波動砲発射用意」
「了解、波動砲エネルギー充填開始します」
「亜空間ソナーを展開します。彗星中心核をスキャン開始」
「『蝦夷』『メリーランド』は後方に展開、周辺警戒を開始しました」
  白色彗星の圧倒的な威圧感は一瞬ヤマトのクルーたちをひるませたが、土方艦長の命令が下るやすぐにいつもの自分を取り戻し、あらかじめ作り上げておいた計画に従って己の役目を遂行していった。そしてそれを、『武蔵』は後方から万一のことがあった場合にサポートするため、ワープ、波動砲、どれもすぐさま発動できるようスタンバイして待機していた。
  『ヤマト』の艦首底部に急造された格納部の扉が観音開きに開き、内部に格納されていた亜空間ソナーが、長いアンテナを伸ばした不恰好な姿を現して、回転して観測をはじめる。けれども、観測がうまくいっているのかどうかに対しては、ソナースクリーンを見る真田の額に浮かぶ脂汗を見れば明らかであった。なにせ、装置自体が急造であるし、これまで地球ではその使用実績自体がほとんどなかったために操作マニュアルなどが存在せず、設計者である真田の操作に任せるしか術がない。古代たちは「見つかりましたか?」と問いかけたい気持ちを最大限の努力で辛抱しながら、ただその努力が報われる瞬間を待ち、その努力は正しく天に認められた。
「見つかったぞ! 彗星前方表面、座標K-Lの、O-M、そこに重力異常が集中している」
「了解! ターゲットスコープオープン!! 電影クロスゲージ明度20、目標彗星中心核!!」
  古代は真田によって指示された座標に向かって波動砲の照準を固定させた。肉眼では何も見えないが、古代は自分の目などよりも、真田の科学力と分析力の正しさを信じた。分厚いガスのヴェールに覆われているが、あの先にこそ白色彗星の唯一の弱点がある。
「発射30秒前、対ショック、対閃光防御!!」
  白色彗星も、今頃は当然『ヤマト』らの姿に気がついているだろうが、進路も速度も微動だにせず突っ込んでくる。彼らも当然波動砲のことは知っているはずだろうが、まるで意に介していないような無視のされかたにはいささか腹が立たないでもない。しかし、たとえここで『ヤマト』がガス体の中心核を狙っていると知っていたとしても、ズォーダーが進路変更を命じることはなかっただろう。なぜなら、全宇宙の征服者を自負する彗星帝国が、たった戦艦一隻を恐れて進路を変えるなどとは許容しがたい恥辱であり、その矜持はたとえ相手がなんであろうと真正面から迎え撃ち、ただ「踏み潰せ」と命じるだけである。彼は、侵略者として恐れられることも、暴君として憎悪されることも喜んで許容するが、卑怯者として見下げられるのだけは我慢ならなかった。帝王が、立ちはだかる者を避けて通るなどあってはならないのだ。
「古代、生きるも死ぬも、お前しだいだ」
  土方艦長の言葉を最後に、第一艦橋は古代のカウントダウン以外の一切の音が聞こえない空間となった。
「発射10秒前、9、8、7……」
  対閃光ゴーグルごしに見える自分の手が震えているように感じて、古代はグリップを握る力を一瞬強くし、短く息をついてスコープの向こうの巨大な光をにらみつけた。蜂の一刺し、いや、たった一個のウィルスが細胞ひとつを壊そうとするのにも似た、あまりのスケールの違いが本能から絶望感を引き出してくる。けれども、ここで臆してはあの光に飲み込まれるのは『ヤマト』だけでなく、母なる地球となる以上、トリガーを離すわけにはいかない。それに、失敗して『武蔵』にゆだねるなどは余りにも情けなさ過ぎる。古代にも矜持はある、本来一個人の意思と地球の運命などは秤にかけるべくもないが、それだけの勇気と冷徹さを併せ持つ者がいるならば、ここで古代の代わりにトリガーを握ってみるがいい。
「4、3……」
  誰も一言も発せず、『蝦夷』でも『メリーランド』でも、自分たちの命運を決定づける歴史的瞬間を待ちわび、『武蔵』でも荒島や葉月のような不良軍人も、教科書と歴史資料でしか見たことのなかった瞬間を、その瞳に永久に焼き付けようと息を呑んでいた。
「発射!!」
  彼らが待ちわびた瞬間は、いささか拍子抜けするほどあっさりとやってきた。波動砲の発射、それ自体は別に特別なことではなく、『ヤマト』の艦首からほとばしる光の矢が彗星に吸い込まれていく瞬間を見ても、それだけでは誰にも何の感慨も与えはしなかった。劇的な変化があったのはそれからである。それまで整然としていた彗星の渦の気流が、棒でかき混ぜられたかのように醜く歪み、ついでガス体そのものが真っ赤に燃え上がって、一時的な太陽をそこに現出させたのである。
「反転180度、全速離脱!!」
  すぐさま波動エンジンを推進に切り替えて、『ヤマト』らは白色彗星の爆発の衝撃波の安全圏へと退避した。しかし、これで勝ったわけではないことは誰もが知っている。
「全艦砲雷撃戦用意、コスモタイガー発進準備」
  安全圏で反転した『ヤマト』らは、二隻で前後に『ヤマト』をはさんで防御する陣形を組み、その主砲の照準を燃え盛る白色彗星の中からその不気味な姿を現してきた、巨大な都市要塞へと向けた。
「これが、白色彗星の正体か……」
  土方艦長が憮然としてつぶやいた。『武蔵』から知らされていたとはいえ、改めて見ると、彗星帝国の底知れない実力に戦慄を禁じえない。直径およそ12kmの小惑星を改造した壮大にして華麗な光芒を発する巨大要塞こそ、彗星帝国の象徴であり、全宇宙制覇という彼らの野望の礎でもある。そこに秘められた破壊力は、『ヤマト』など比較にもならず、その気になれば一瞬にして地球などこの宇宙から消滅させることができる。
  だが、この巨大要塞を倒さずして、地球の、ひいては宇宙の平和はないのだ。
「地球艦隊へ打電、我彗星帝国本体への奇襲に成功せりとな。さあ、ここからが本当の戦いだぞ。砲撃用意、敵要塞の下面に砲撃を集中させろ、上部は狙っても無駄だ」
「了解。南部、すぐに回転ミサイルが来るぞ、『ヤマト』に当たる前にきっちり撃ち落せよ」
「まかせてください。副砲と迎撃ミサイルで迎え撃ちます」
「加藤、山本、コスモタイガー隊発進せよ」
 
 『ヤマト』と白色彗星帝国との決戦、史実をなぞっているようで、実は史実とは違った道を選ぼうとしている分岐点の、クライマックスが始まろうとしていた。
 
 
  第30章 完

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