逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第3章 揺らぎ始めた歴史の流れ

「ズォーダー大帝、残念なご報告をせねばなりません、冥王星付近に展開しておりました第21哨戒艦隊が全滅しました」
全宇宙に覇をとなえる白色彗星帝国ガトランティス、その偉大なる大帝の玉座の間で軍事総議長ラーゼラーが無念そうに報告した。

「全滅だと」
ズォーダー大帝が重々しく言うと、ラーゼラーは恐縮して報告を続けた。
「さきほど21哨戒艦隊旗艦空母『ガーネット』より(敵戦艦一隻発見、攻撃を開始す)という通信があり、そのわずか5分後駆逐艦『ホェール』から(わが艦隊全滅、本艦大破、鹵獲を防ぐためこれより自沈す)という通信が入り消息を絶ちました」
第21哨戒艦隊は太陽系内へ潜入し偵察機や偵察艦を駆使して情報を収集するのが目的の部隊で高速中型空母をわざわざ機動部隊から引き抜いてまで編成した虎の子の艦隊であった。それを早々と撃滅され大帝の怒りに触れぬわけはなかった。
「ぬう……偵察の任を忘れて先走りおって馬鹿者めが、だが冥王星付近にまだ地球の艦隊が残っていることだけはわかった、現在の各艦隊の位置はどうなっている」
ズォーダー大帝が問いかけると床に取り付けられているパネルに太陽系近辺の宇宙地図が映し出された。
それには現在第11番惑星の前進基地で出撃体制を整えているバルゼー機動艦隊、太陽系に潜入して偵察行動をしている偵察艦、偵察機、潜宙艦などのほかそれらの活躍で位置の判明した地球艦隊の姿が映されていた。
「ふむ、現在地球軍は一部のパトロール艦を除いて土星圏へ集結しつつあるな、ということは伏兵としてわが艦隊の背後を突くための部隊か」
「おそらくそうでしょう、あの宙域にはかなり密度の濃いアステロイドが密集しています。待ち伏せには絶好の地形です。ですが敵はすでに我々に位置を露見させてしまいました。小手調べにふみつぶしてやりましょう」
大帝の言葉に帝国軍宣伝軍事総議長ゲーニッツが追従するように言った。
だが大帝は苦々しい表情で
「ゲーニッツ、そのくらいのこと、うぬに分かるくらいなら奴らもとうに気付いておるわ、すでにいまごろは次の待ち伏せ地点へ移動を開始しておることだろう」
大帝の、そんなことも分からんのかというような厳しい視線にゲーニッツは冷や汗をだしてうなだれている。
だが宣伝軍事総議長という地位を預かる者としてゲーニッツもそれくらいの戦術眼は当然持っている。
普通に考えればゲーニッツもこのような馬鹿な追従はしなかっただろう。だが彗星帝国内の権力闘争がゲーニッツから冷静な判断力を奪っていた。
彗星帝国はズォーダー大帝を頂点とする独裁国家である。当然、より大帝の気に入られた者がより高い地位と権力を手にすることができる。
そしてそのために行われている将軍どうしのつぶしあいは上へいくほど激しくなりその執拗さと陰険さも増していっていた。
ゲーニッツ自身もいつだれかに足元をすくわれるのではないかと常に戦々恐々として生きている、いわば彼のとったこの行動は彼の自己保身のための本能による行動であった、しかしそれは見事に薮蛇に終わった。
「まあ、ゲーニッツ総参謀長閣下、お顔の色がすぐれなくてよ、悪い病気にでもおかかりになられたのかしら、お体は大切になされたほうがよくてよ、ほほほほ」
庶民を見下ろす貴族のようにゲーニッツをからかったのは帝国軍総参謀長にして帝国支配長長官サーベラーであった。
この女は帝国でもっともズォーダーの寵愛を受けている側近であり、それゆえに政治から軍事などあらゆる部門に絶大なる発言力を持つ、いわばもうひとりの大帝とでもいうべき存在であった。
それだけではなく、その冷たいまなざしからも想像できるように帝国随一の切れ者としてこれまで数多くの惑星国家を隷属させ奴隷化してきた。そして彼女の気に入られなかった者はあの手この手でその地位を追われ、よいところでは閑職に、だが悪くすれば奴隷の仲間入りや、最悪死刑もありえた。
それゆえ帝国の官僚や将軍は皆彼女の機嫌をそこねぬように気を使っていたが、内心ではいずれ蹴落としてやろうと、殺意に近いまでの敵意を抱いていたのである。
「サーベラー、いらぬことに口をはさむな。地球人どもが奇策をろうしようというのであれば面白い、そやつらから先になぎたおして進むまで、我が帝国の前途に立ちはだかることの愚かさを思い知らせてやるのだ」
サーベラーの横槍を制して大帝は力強く宣言した。
ラーゼラーやゲーニッツたちは敬礼でそれに答える。
「ですが大帝、仮にも空母を含む一個艦隊を5分足らずで殲滅するほどの艦隊が伏兵としてひそんでいるとしたら中途半端な戦力では返り討ちにあう可能性が」
ゲーニッツが気を取り直して進言する。さきほどにらまれたのが効いたのか今度は的を得た意見である。
「うむ、だがここでバルゼーの艦隊を切り離すのは得策ではない、ラーゼラー、現在帝国内にどれだけの艦艇が残っている」
「はっ、現在即時発進可能の艦艇は、戦艦5、巡洋艦10、駆逐艦24、ミサイル艦10、それから先日完成した新鋭高速駆逐艦が6隻、検査補修を終えて待機中です」
留守番の艦だけでもこれだけの戦力である、現在進撃中のバルゼー機動艦隊の戦力がどれほどのものか、いかに想像力が貧弱な者が考えようともその恐るべき規模に恐怖を抱かずにはいられないだろう。
「ふむ、ならば全艦に出撃を命じろ、機動艦隊に先行して、コソコソ隠れているネズミどもを探し出し、一艦残らず撃滅するのだ」
「大帝、全艦を出撃させてはこの帝国の守りはどうするのです」
サーベラーが慌てて叫ぶ、彼女は切れ者ではあるが高圧的な女性にありがちな性癖として非常に神経質で自己防衛本能が強いところがある。無意識に自分が他人にしていることを自分がやられるのではないかという恐怖心が働くのだろう。自分を守るものが無くなることを恐れるのはそのあらわれであった。
「サーベラー、なにを恐れることがある、いままでこの偉大なる帝国に指一本でも触れられた者がひとりでもいたかね。我々はこの宇宙の王道をただ突き進み続けるだけでよい、問題は我々の栄光に満ちた王道の行く末を汚そうとする虫けらを一匹たりとも許さぬことだ」
大帝にこうまで言われてはサーベラーに反論の余地はない、それに第一、本国の守備部隊という名目で艦隊を残していたがそれがまったく意味を持たない存在だということは皆十分に理解していた。強いていえば地球降伏後制圧部隊を送り込む際の護衛などという名目があったがそんな時になればもう護衛はいらないはずであり結局無駄に遊んでいるだけのものたちであったから出撃に異を唱える者はもういなかった。
「ラーゼラー、重ねて命じる、ただちに出撃可能な全艦を出撃させネズミどもをあぶりだすのだ」
「はっ、ただちに全艦に出撃を命じます。ところで大帝、指揮官は誰にいたしましょう、もう本国に名のある将は残ってはいませんが」
まったくそのとうりであった、いくら宇宙に覇をとなえる大帝国といえども優秀な指揮官の育成には時間がかかる、それに白色彗星帝国はアンドロメダ星雲を初めさまざまな星系に植民地をもっており、その統治のための人員も必要であったから情けないことに人手不足におちいっていた。
さらに残っていた上級指揮官達もバルゼー艦隊の各部隊の指揮官として出撃していたからこのときこれだけの艦隊を預けられる将は残念ながら一人もいなかった。
いや、一人いることはいる、だがその男はガトランティスの将ではなかった。
「ラーゼラー、うぬが行くがよい」
大帝の思わぬ言葉にラーゼラーは顔を青ざめさせて
「た、大帝ご冗談を、軍事総議長の私が帝国を離れたらいったい誰が進行部隊の総指揮を」
「ここまでくればあとは地球艦隊を蹴散らすのみ、後のことはバルゼーの仕事だ。第一、今艦隊の指揮を取れるのはゲーニッツとお前しかいない、そして撃滅されたのはうぬの指揮下の部隊、見事部下の無念を晴らしてくるがよい」
もうラーゼラーに逃げ道など残されていなかった。
「り、了解しました、ただちに出撃し敵奇襲部隊を殲滅してまいります」
ラーゼラーはもはやこれまでとせめて力強く復唱を返した。
「うむ、期待しているぞ」
ズォーダーの言葉にラーゼラーは敬礼するとすばやく踵を返し立ち去っていった。
無論すべて納得した訳ではない、なぜ総議長である自分が最前線に出なければならないのか、しかも相手は小規模ながらも空母艦隊を5分足らずで全滅させるほどの戦力を保持していることは確実であり無傷で勝てるとは思えない、下手をすれば自分がやられるかもしれない、そうなったら今の地位を得るためにしてきた自分の人生そのものが無駄になる。だがなにより気に入らなかったのはなぜ格下であるはずのバルゼーの露払いのために自分が命を張らなければならないのかということであった。
だがしかしうまく敵艦隊を殲滅できれば大帝の信頼も増しゆくゆくは大帝の片腕として帝国の頂点を狙うための足掛かりとなるかもしれない、新鋭の高速駆逐艦もあるしなんとかなるだろう、彼はそう自分を納得させると自身の副官に残存全艦の出撃準備を命じ旗艦となるべき戦艦のドックへと向かった。

それから約20分後
「大帝、ラーゼラーの艦隊が出撃しました」
ゲーニッツがラーゼラーの出陣を大帝に報告した。
彼はラーゼラーのことを内心いい気味だと思ってはいたが、同時に最高指揮官を平気で最前線に送り込む大帝のやり方に恐怖を覚えていた、なにせ一歩まちがえば自分がああなっていたかもしれないのである。ゲーニッツも宣伝軍事総議長という立場上艦をひきいて戦闘をおこなったことはある、しかしあくまで指揮官として後方から指示を出していただけであって敵艦に真正面から向かっていく戦闘などごめんであった。
「そうか、いったか」
大帝はゲーニッツの報告に短く答えただけである。
大帝にとっては誰がどの地位にいようと正直どうでもよかった。だが無論彼らの能力は正当に評価しているつもりだしラーゼラーに出撃命令を下したのも彼の実力を買っているからである。しかし彼らは有能ではあってもしょせん出世や保身のことしか頭にない官僚でしかなかった。
ズォーダー大帝は武人であった。大宇宙に君臨する王者としての誇りと王者としてすべての銀河を我が物とするという信念を彼は抱き、いかなることがあっても立ち止まりはしないという強い意志を持っていた。
それゆえにいくら忠実で有能ではあってもそれだけのものでしかないゲーニッツやラーゼラーは信頼に値しなかったし、ズォーダーに心酔しているサーベラーでも武人としてのズォーダーの心中を理解してはいなかった、また彗星帝国随一の猛将とうたわれているバルゼー提督はその死してなお引かぬ勇猛さと大帝への忠誠心の高さで知られていたがしょせん一艦隊の司令でしかなかった。
ズォーダー大帝には、同じ視線でものを見、語り合うことのできる腹心がいなかった。その意味では大帝は孤独であった。
「大帝、これより先はわたくしどもにおまかせになってお休みなさいませ、どうせ地球のちっぽけな艦隊など鎧袖一触に決まっていますわ、それよりも大帝はゆっくりと勝利のご報告をお待ちになっていてください、つまらぬことはすべて片付けておきますゆえ」
サーベラーが大帝の疲れたような顔を見て言った。大帝も特に重要な報告もなく退屈し始めていたので退席しようとしたとき一人の連絡将校が部屋の中へ駆け込んできた。
「大帝、ガミラスのデスラー総統が出陣のごあいさつにと大帝に面会を求めてきております」
その報告に大帝は薄く喜色を浮かべると。
「よし、通せ」
と命じた。
連絡将校が立ち去るとゲーニッツやサーベラーは不快な表情を見せたが大帝だけは威厳ある戦人の顔をしていた。
やがて、静まり返った室内にコツコツと乾いた靴音が響き、だんだんと大きくなっていった。

第3章 完

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