逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第4章 友情

「大帝。どうやら、私の出るべき時がきたようですな」
かつて大マゼランを中心に広大な宇宙をその掌中におさめた大ガミラス帝国、その偉大なる総統デスラー。
だが今ズォーダー大帝の前にひざまずき旅立ちの別れを告げに来ている男はかつての栄光と力に満ちた独裁者ではなく、おのが生涯の好敵手とさだめたものとの戦いのみを望む一個の戦人の姿であった。
「ほう……」
大帝はついに来るべき時が来たのだなとデスラーの意思をさっした。
「我がガミラスを失ってこの方、私はヤマトに復讐できる日を一日千秋の思いで待ち望んでいました。テレザート星の守備軍がヤマトに敗れたことは、私の耳にも入りました。大帝には心から哀悼の意を表します」
サーベラーの顔に怒りの色が浮かんだ、ゲーニッツも顔には出さないがこぶしを握り締めてデスラーをにらんでいる。
つい先日、ヤマトの手によりテレザート星を守護していたゴーランド提督率いるミサイル艦隊とザバイバル将軍指揮下の戦車師団が殲滅されたのはまぎれもない事実である。だがそれを赤の他人であるデスラーに言われるのには腹が立った。
それに第一サーベラー達彗星帝国の人間のほとんどはよそもののくせにズォーダー大帝に目をかけられているデスラーのことを常日頃から苦々しく思っていた。
「大帝。ヤマトは、この私めにおまかせ下さい。不肖デスラー、いささかヤマトの戦法は心得ております。大帝はお心おきなく、地球征服の策をお進め下さい」
「ほほほ……ずい分自信がおありですね、デスラー総統」
サーベラーが嘲るように言うのへ、ズォーダーは不快そうに眉をひそめた。
これより死地へとおもむこうという男の覚悟を嘲る、いや理解さえしていないサーベラーの無神経さがズォーダーは気に入らなかった。
「しかしデスラー、今度は失敗は許されない。ヤマトと闘って敗れ、宇宙の孤児となっていたのを我が帝星が拾い上げてやったのだから、今度敗北を喫したら、お前はもう永遠に宇宙の放浪者となるしかないのですよ」
大帝の静かな怒りに気づかずに傲慢な言葉を続けるサーベラーにも、デスラーは淡々として答えた。
「判っております、サーベラー総参謀長。私にも、武人としての誇りがあります。ましてや、大帝よりたまわった恩顧にむくいるためにも、必ずやヤマトを撃沈してお目にかけます!」
だが、その決意とはうらはらにデスラーの持ちうる手駒は自身の座上する戦艦一隻しかないことを大帝は知っていた。
かつて数万の規模を誇った大ガミラス帝国軍、だがガミラス星の崩壊とともに散り散りになり今ではどこでなにをしているのかすら分からない。
デスラーが彗星帝国の客将となってから1年、これまで宇宙に散った同胞を集めようとかつてのガミラスの勢力圏内の各地に向かって呼びかけを行ってきた。しかし、ルビー、サファイア、ダイヤ戦線などそのいずれからも返答は無かった。
デスラー自らも船を駆り、同胞を求めて幾度も旅に出た。だがデスラーが生きている同胞とめぐりあうことは無かった。ただデスラーとともにガミラスを脱出し彗星帝国に拾われたタラン将軍だけがもはや最後のガミラス人とあきらめるしかなかった。
「ゆくがよい、そして見事ヤマトを討ち果たしてくるがよい」
ヤマトが地球へ帰還したらもうヤマトと戦う機会は永遠にめぐってはこない、ならばせめて全力で勝負するまで。デスラーの覚悟を見抜いた大帝は余計なことはいっさい言わずデスラーの出撃を許可した。
「はっ!」
デスラーも頭をさげ、大帝へ礼を示す。
「貴君に我が帝国の至宝、戦艦『アスタロス』と『ケール』を授ける、出撃にあたってのわしからのはなむけだ」
これにはサーベラーやゲーニッツだけでなくその場にいたすべての幹部達が度肝を抜かれた。
戦艦『アスタロス』、『ケール』、殲滅戦艦と呼ばれるこの二隻は帝国の中核をなす超巨大戦艦『ガトランティス』の一部を切り離した重戦艦でその戦闘力はゆうに主力級戦艦4〜5隻分に匹敵するまさに切り札中の切り札であり、それをいかに名将とうたわれているとはいえ一介の客将に預けるなど前代未聞であった。
「大帝! それはいけません、『アスタロス』と『ケール』はこの帝国代々受け継がれてきた至宝、なぜたかが戦艦一隻の討伐のために使わねばならないのです」
サーベラーが金切り声をあげて抗議するが大帝は悠然と構えて言った。
「至宝だからだよ、我が帝国は有史以来いかなる敵にも手をふれられたことはなかった。ならばこのまま置いても無駄なだけ、そしてヤマトはわずかなりともこの帝国に屈辱を与えた船、それ相応の礼をつくさねばなるまい。デスラーよ、我が帝国最強の二隻、存分に使いヤマトを宇宙の塵にしてくるがよい」
「感謝の極み」
大帝の力強い激励にデスラーは短く応えると、かたわらにひかえていたタラン将軍をひきつれ悠然と去っていった。

「大帝、なぜあのような男にここまで肩入れするのです。確かにデスラーは優れた戦術家だったかもしれませんし、これまでに多くの武功を立ててきました。しかしあの男はそもそも我々彗星帝国の人間ではありませんし、第一すでに一度ヤマトに敗れた負け犬ではありませんか」
サーベラーがヒステリックに大帝に抗議の言葉をぶつける、大帝は最初は黙ってそれを聞いていた、だが最後の「負け犬」のところを聞いたとたん恐ろしい剣幕で。
「口をつつしめ、サーベラー。デスラーは己が全てをかけてヤマトへ挑もうとしている。奴が背負っているものは過去の屈辱だけではない、おのが滅ぼしてしまったガミラスの業、失われたガミラスの誇りと未来を取り戻そうとしているのだ。きさまにはまだそれが分からんのか、これより先、デスラーへの侮辱はわしへの侮辱だと思え」
身も凍りつくような怒声にサーベラーは震え上がって身を引いた。
「『アスタロス』、『ケール』の出撃準備を整えよ。24時間以内にな、急げよ」
大帝は二戦艦の出撃準備を命じると足音も荒く部屋を立ち去っていった。
「馬鹿者共めが」
自室への回廊を歩きながらズォーダー大帝は憤然としてつぶやいた。
かつてヤマトに敗れ宇宙の藻屑となろうとしていたデスラーを助けたとき、ズォーダーは帝国の誇る蘇生技術を駆使してデスラーの治療を行なった。しかしいかに超科学力を有する彗星帝国といえど死者をよみがえらせるのは並大抵のことではない、肉体を復元することはできても死んでしまった心を復元することなど誰にもできないのだ。
蘇生することができるのはこの世に強い執着心を持って死んだ者、強い執念を持った者だけなのだ。
ズォーダーはデスラーの手術に立ち会ったとき彼の精神力の強靭さを目の当たりにした。デスラーはなんと手術が終わるとほとんど同時に意識を取り戻したのだ。
これまで数多くの帝国軍の将校が蘇生手術を受けた、しかし実際蘇ることができたのはその1割にも満たない、死んでいった者のほとんどが死ぬ寸前全てをあきらめて死んでゆくか、ただ無念の悔しさのみを残して死んでいった、現世に強烈な執着心を残すほど強い意志を持った人間はめったにいるものではなかった。
だが、デスラーは蘇った、ヤマトへの復讐、ガミラス総統として屈辱を忘れぬ高いプライドがデスラーに新たな生命を授けた。

その後、病室へ移されたデスラーを、ズォーダーはそのまくらもとに見舞った。
「あなたは……?」
「彗星帝国ガトランティス、大帝ズォーダー」
いぶかしむデスラーに、ズォーダーは親しみを見せて語った。
「あなたの活躍はかねてから知っておった。あのまま死なせるのは惜しいと思って、蘇生の手助けをした」
「感謝いたします。―――ガミラスの科学力をもってしても成し得なかった蘇生技術。彗星帝国の高度な科学力には敬服いたします」
「いや、我が科学力をもってしても、執念のない者は蘇ることはできぬ、デスラー総統、あなたは自らの執念の力によって蘇ったのだぞ、おのれ自身のな!」
ズォーダーとデスラーはそれぞれ最大限の礼を相手につくした。ズォーダーはデスラーに一敗地にまみれてなお礼を失わない高貴な態度に彼が一級の武人であると同時に一流の紳士であるあかしを見、デスラーはズォーダーにすべてを飲み込む器の深さを見た。
傷のいえたデスラーは帝国に身を寄せる客将として艦隊を与えられ彗星帝国のためにいくどか戦った、そのときのデスラーの作戦指導力、艦隊指揮能力はズォーダーから見ても見事なものであったし学ぶべきところもあった。しかしサーベラーやゲーニッツなどはよそもののデスラーに対して終始冷淡であった。
しかしデスラーはそんな周りの評価など気にもせず、ただ戦った、彗星帝国のためではなく一人の男として恩義にむくいるため、そしていつか来るであろうヤマトとの戦いのときを信じて。
ズォーダーはそんなデスラーに対して好意を持ち、艦隊再建のために尽力した。しかしデスラーは彗星帝国の艦を借り受けることはあれ、自分のものにしようとは決してしなかった。
そんなデスラーのことであるから、たとえ持ちうる戦力が自艦だけであろうと迷わずヤマトとの戦いに挑むだろう。かつて地球へ戻る途中のヤマトに挑み、敗れ去ったときと同じように。
ズォーダーはたとえ刺し違えてでもヤマトを倒そうとしているデスラーの悲壮な決意を理解しようともしないサーベラーら重臣達の無神経さに怒っていた。だがそれよりもさらにそんな連中しかいない帝国司令部のつまらなさ、そしてそんな者達に軍をまかせている自分に怒っていた。
「ゆくのだな、デスラーよ」
自室に戻りズォーダーはソファーに深く身を沈め短く呟いた。
ズォーダーとデスラーはこの部屋や展望室などでいくどか酒を酌み交わし語り合った、たがいに一国を預かるもの同士、多くを語るものではなかったが、二人の間にかわされた言葉のひとことひとことはとても重いものだった。
ズォーダーはデスラーと飲んだときの酒がいちばんうまかったと思った。戦略、戦術、未来のビジョンを同じ視線で見れる存在はズォーダーにとってデスラーしかいなかった。ズォーダーはデスラーに多くのものを与えたが、ズォーダーも気づかぬうちに多くのものをデスラーからもらっていた。
「もういちど、あなたと共に酔いたかった……」
いつからか不思議な友情が二人のあいだに芽生えていた。総統と大帝、全ての人間の頂点に立つ者どうしの孤独をわかりあい、理解しあえる唯一の存在として、そして常に戦いに身をおく武人どうしゆえの友情であった。
「幸運……を」
戦場へ向かう友への静かな激励の言葉をつぶやくと、ズォーダーは杯をとり、高々と天へかかげた。

だがそんなズォーダーの思いとはうらはらに、ズォーダーの怒りによってもはや抑えがたい憎悪をデスラーに抱くようになったサーベラーは大帝に気づかれぬように策をめぐらしつつあった。
「監視艦隊司令、ミル!」
「はっ!」
「お前もデスラーとともにゆくのです。かたときも目を離してはなりません」
監視艦隊とは各方面の部隊が中央の命令を守っているか監視し、ときには作戦指導をすることもある艦隊で総参謀長であるサーベラーの直属のものであった。
「はっ……」
ミルはサーベラーの言葉の裏に隠された真意に気がついた。デスラーがヤマトに敗れればそれでよし、みごとヤマトを打ち破ったとしてもそのときは……。
それがサーベラーが政敵を追い落とすときの常套手段の一つでありミルがサーベラーの腹心である真の理由であった。
たが、ミルは今回不安を抱かずにはいられなかった。サーベラーはヤマトを未開人の船としか考えてしかいないようだが、帝国屈指の猛将とうたわれていたゴーランド提督とザバイバル将軍が手も無くひねられた相手である、帝国最強の戦艦があるとはいっても万が一ということもある。
だがミルも軍人である、命令には従わねばならない、第一サーベラーに逆らうわけにはいかない。ミルはしぶしぶながらデスラーのもとへ向かった。

そのころ。
「総統、発信準備整いました」
デスラーは腹心タランの報告に黙ってうなづいた。どのみち大帝がなんと言おうとヤマト撃滅をやめるつもりはなかったのであらかじめ準備を整えて謁見していたからとうに出撃体制はできていたのだ。
「ですが……総統」
「どうした?」
「大帝より預かりました二隻ですが、出撃可能までまだかなりかかりそうです」
殲滅戦艦『アスタロス』と『ケール』は帝国中枢にあるので外に出すだけでもひと苦労なのだ。
「どれくらいだ?」
「少なくとも明日にずれこみそうです、これでは作戦開始が一日遅れてしまいます」
「かまわん、ようはヤマトが地球艦隊に合流するまでに攻撃できればよい」
恐縮しているタランを前にデスラーは意外にも穏やかに答えた。
だがタランにはデスラーの心中が痛いほどわかった。たとえ一日とはいえ屈辱の日々が長引くのはデスラーにとってどれほどの苦痛か、ともに屈辱の日々を味わってきたタランには自分のことのように感じられた。
「二隻の準備が整いしだい出撃する。それまで少し休んでいろ、タラン」
「はっ……いいえ総統が起きておられるのでしたら眠るわけにはまいりません」
「強情な奴だ」
デスラーは苦笑した。
「私は決戦が終わるまで寝るどころではないのだぞ、お前は私と心中するつもりなのか?」
「はい、ご命令とあらば」
元気のよい、そして忠義心にあふれた返事であった。だがよほど疲れて見えたのだろう、無理もなかった、これまでデスラーにむけられた冷遇を一身に受け止め総統に火の粉がかからないように常に身を削り続けてきたのだから。
「タラン」
「はい、総統」
「……いや、よい、私も寝るからお前も寝ろ」
少しためらったあと、デスラーはそう言った。

それぞれの思惑を乗せ、地球へ驀進する白色彗星。
彼らを包み込む宇宙はいつもと変わらぬ星空を見せていた。
しかしその星空の中で想像だにできない異変がおきていることに気づくものはまだいない。

第4章 完

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