逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第5章 武蔵出撃

「機関始動、進路反転40゜、両舷微速」
「両舷微速、目標白色彗星、『武蔵』発進」
快い機関音を艦内に響かせて戦艦『武蔵』はゆっくりと回頭し、せまりくる白色彗星に進路を向けた。
「ワープ準備」
「了解、ワープ準備開始します」
「総員、これが作戦の第一段階だ、気合をいれろ」
「了解!!」
乗組員たちの心強い返答に満足しつつ藤堂艦長は矢継ぎ早に次の命令をくだす。
「ワープアウトと同時にステルスモード展開」
「了解」
「全兵装、射撃用意で待機」
「砲雷撃戦、いつでもいけます」
「防御兵装、すべて問題なし」
「白色彗星に変化はあるか?」
「進路、エネルギー構成、ともに変化なし」
『武蔵』が戦闘態勢を整え終わったことが示されると。
「波動エンジン問題なし」
「ワープ3分前」
と、権藤大尉と山城中尉が最後の報告をし、あとは沈黙とカウントダウンの音だけが残った。

「ワープ1分前」
皆、緊張し一言も発することはない。
「40秒前」
「……」
「30秒前」
「……!! 艦長、レーダーに反応あり、ワープアウト反応多数、艦隊が来ます」
突然神村少尉がうわずった声で報告した。
「なにぃ、艦隊の規模は?」
「大型艦5、中小型艦50、大艦隊です」
「ワープ一時停止、ステルスモード緊急展開」
『武蔵』の周囲を強力な偏向フィールドが覆いその姿がみるみる掻き消えてゆく。
25世紀の索敵レベルからみたら気休め程度の装備だがこの時代のレーダーやソナーでいまの『武蔵』を探知できるものはない。
「時限レーダーで奴等の航跡を探知して過去のデータベースと検索せよ」
「了解、航路を逆算してみます」
神村少尉がすばやくパネルのキーを操作すると、すぐさまコンピュータが時限レーダーから得た過去の情報を分析し敵艦隊の航路計算を始めた。
「どうして今まで気づかなかったんだ」
葉月中尉が不思議そうにつぶやくと。
「おそらく白色彗星の強力なエネルギー体を背にしていたからだろう。ちょうど太陽を背にした飛行機が見えなくなるのと同じ理屈だな」
黒田大尉がそう推測した。
「おそらくそうでしょう、時限レーダーにはかなり前からかすかながら例の艦隊が映っていますが前にさかのぼるほど、つまり彗星に近づくほど反応が薄くなっています、それにこの時代の艦船は25世紀のものに比べるとエネルギーレベルが格段に小さいですからコンピュータはしばらく隕石と同じように見ていたんでしょう。それから、あの艦隊は過去のデータにはないものでした」
「いきなりイレギュラーか……過去のデータベースが間違っていたのか……それとも」
神村少尉の報告に藤堂艦長が腕組みをして考えこもうとしたとき。
「敵艦隊が散開しました、索敵行動を始めたものと思われます」
「索敵……そうか、我々を探しているんだ」
艦長が敵の目的を察して言うと。
「艦長のおっしゃっていたとうりに追撃を出してきましたね」
「だけどこちらにはまだ気づいていないようだな、まぁ当然だが」
葉月中尉と荒島中尉の言うとおり敵の追撃艦隊は目と鼻の先に探している目標がいるのに明後日の方向を向いてウロウロしている。
「敵の旗艦とおぼしき戦艦がさきほど殲滅した空母艦隊の残骸の方へ向かっています」
「やはりな、我々が暴れた影響が早々と出てきたか、おそらくは我々を駆逐して主力の露払いをする気だろう、ズォーダー大帝、うわさにたがわぬ名将だな、これだけの部隊を前衛にすれば少なくとも主力艦隊は土星圏まで安全に航海できる」
事態は以前艦長の予測したとうりになってきた、あのときとっさにとった行動が知らないうちにドミノのコマを押していたのだ。
「どうします艦長?」
「奴等の現在の展開状況は?」
「5,6隻ずつの小部隊に分かれて索敵行動を開始したようです。ただしいつでも集合できるようシグナルを送りあっています」
「よし、奴等の目をこの宙域にひきつける。全艦砲雷撃戦用意」
藤堂艦長の命令が飛ぶやすぐに『武蔵』は各火器に火が入る。
「黒田、作戦開始時刻を少し遅らせることになる。問題はないか?」
「大丈夫です。最初の計画立案段階でかなり余裕をもって作成しましたからね、よほど無駄に時間を喰わないかぎり問題ありません」
「神村、今一番近くにいる敵部隊はどれだ?」
「駆逐艦6隻の部隊が左舷方向を通り抜ける進路で接近中です」
「よし、まずその部隊を叩く、砲撃用意」
「了解、主砲発射用意」
「簡単に片付けるなよ、敵をここに集結させるんだ」
「わかっています。一斉射目で半壊させて仲間を呼び集めたところでとどめをさします。桜田、敵無線の傍受しっかり頼むぞ」
「了解、アリの悲鳴も聞き逃しませんよ」
すでに『武蔵』の通信機はこの時代のC級タキオン型通信も傍受できるよう調整済みである。
「よし、測敵終了、自動追尾装置ロックオン、射撃準備完了」
「10秒後にステルス解除、解除と同時に攻撃開始」
「カウント開始、8,7,6,5……」
荒島中尉の声が静かに時を刻む。
「……2,1、フィールド解除、主砲発射」
偏向フィールドを解除した『武蔵』の姿がにじみでるように現れると同時に、轟然と主砲が放たれ艦隊の先頭を進んでいた3隻を一瞬で粉砕する。
残った3隻はなにが起こったのかわからずそれぞれ勝手な方向へ逃走を始めた。
「やれやれ、情けない連中だな、いくら奇襲を受けたからってあそこまで周到狼狽することはなかろうに」
「訓練不足なんだろう、ありゃあプロの動きじゃない」
権藤大尉と黒田大尉が敵の狼狽ぶりを酷評した。
「ですが素人らしく助けを求めてはいるようです。3隻とも平文でSOSを繰り返し発信し続けています」
「よし、とどめをさせ、それから零式定置機雷を使う、投射準備だ」

そのころ少し離れた空間では、討伐艦隊司令ラーゼラーがみずからの旗艦、大型戦艦『ラフィット』の艦橋で悲鳴のような救援要請の対応に追われていた。
「被害状況と敵の編成を伝えよ!!」
もう何回同じことを問い返したかわからない。すでに散らばっていた艦隊には旗艦部隊に合流し救援に向かうように伝えている、だが敵情を知らずして突っ込んだら罠にはまる危険性もある、そのため生き残った艦に状況報告を求めているのだが新兵ばかりで構成された駆逐艦隊は完全にパニックにおちいっておりその報告の内容はまったく要領をえない。
「早く救援を! 敵の大艦隊が来る、来る!」
「落ち着け、現在急行中だ、現在状況と敵の編成を伝えるんだ!!」
「早く来てくれ!敵の巨大戦艦が……」
通信はそこで唐突にとぎれた、他の二隻の生き残りも同時にである。撃沈されたとしか考えられない。
「司令……」
「わかっている、全艦突撃体制をとれ、一気に勝負をつける」
副官の言葉に決意を決め、ラーゼラーは決戦に出る覚悟をした。
全滅した駆逐艦隊からはけっきょく信頼できる情報はなにひとつ得られなかったがとりあえず敵が相当な戦力を持つ相手だということだけはわかった。
もはや位置を露見させて逃げ隠れも小細工もできなくなってはもう正面きって決戦に出るしかない。
「正面からいくぞ、まずは新鋭駆逐艦隊は敵艦隊が見えると同時に突撃して敵艦隊を霍乱せよ、戦艦および巡洋艦は火力を集中させ敵先頭艦から準に沈めていく、駆逐艦隊は機を見て雷撃戦をしかけよ」
ラーゼラーの命令が艦隊の各艦に伝達され陣形が整っていく。
もともと留守番の部隊だったので錬度の高い乗組員の少ないラーゼラー艦隊ではあったが指揮官がよければ新兵でも実力以上の力を発揮する、さすがは宣伝軍事総議長の地位を預かる者だけのことはある。
「まもなく敵が見えるぞ、覚悟しろ」
「了解」
『ラフィット』の艦橋を緊張が包む、一秒が一時間に感じられるような沈黙の中、コスモレーダーの探知音が静寂を破った。
「レーダーに反応、前方30万宇宙キロに敵大型戦艦一隻を確認」
「一隻? それだけか?」
副官がいぶかしんで問い返した、いくらなんでも少なすぎる。
「はい、一隻のみです」
「おそらくそれは囮だ、そいつに気をひきつけて側面から奇襲をかける腹だろう」
「ならばどうされます?」
「しれたこと、囮の艦を撃沈し返す刀で敵本体をたたきつぶす」
副官の問いにラーゼラーは力強く宣言した。
どのみちあまり高度な戦術をとるだけの技量など無いので取りうる最良の手は戦力を集中させ一挙に勝負を決めるしかない。
だがこれだけの艦隊の戦力を最大に生かすためにはもっとも有効な手段だともいえる。
「新鋭駆逐艦隊突撃、敵の砲火を引きつけよ、全艦隊射程に入り次第一斉射撃。周囲からの奇襲に警戒しつつ前進せよ」
6隻の新鋭駆逐艦がその俊足を生かし敵戦艦に突進する。戦艦、巡洋艦も主砲の照準を前方に集中させ有効射程に入るのを待つ、これだけの艦隊の集中攻撃を持ってすれば少しばかり大型でも戦艦一隻程度一瞬で片付くと誰もが確信した。

「敵艦隊接近、距離28万宇宙キロ」
「やる気だな、戦力を集中して短期決戦に出てきたか、しかし悪いがそうはいかんぞ」
すでに『武蔵』の攻撃準備は完了している。藤堂艦長が余裕たっぷりに言ったように、本来なら敵のレーダー範囲外からでも攻撃可能であった。
しかし敵の目をひきつけ、この宙域にくぎ付けにするためにはどうしても正面きってぶつかる必要がある。
「敵艦隊より駆逐艦6隻分派、急速接近」
「よし、まずはそいつから沈める。荒島、ひきつけて一気にやれ」
「了解、距離10万で攻撃を開始します」
敵駆逐艦は有速を生かして優勢に立とうとする。しかし『武蔵』から見れば銃口の前の鴨である。
「敵艦隊距離18万、敵駆逐艦隊距離10万に進入」
「主砲および魚雷、発射」
たちまち3隻の駆逐艦が主砲のエネルギー波につらぬかれて轟沈し、残った3隻も少し遅れてやってきた魚雷の餌食になった。
「攻撃成功」
「よし、敵の混乱を拡大する、山城、敵艦隊に向かって突撃だ、それからステルスモード展開および機雷投射用意」
「両舷半速、第二戦速」
「機雷投射準備よし」
「ステルス、いつでもいけます」
山城、荒島、黒田それぞれが準備完了を伝える。敵には悪いが戦いの主導権は完全に『武蔵』にあった。
「敵艦隊そのままつっこんできます」
「あくまで正面きって勝負する気か……だが無謀だ」

一方
「敵艦、突っ込んできます」
レーダー手が明らかに恐怖のまじった声で報告をする。
「うろたえるな! これだけの艦隊の砲撃に耐えられるはずはない! そのまま前進せよ」
ラーゼラーにはそう言うのが精一杯だった。ここで艦隊に混乱が生じればそれこそ敵の思うつぼだ。
(だがいったいなにをした、駆逐艦6隻を一瞬で沈めるとは、なにか未知の新兵器でもあるというのか)
その勘は当たらずとも遠からずではあった。ただその規模は桁違いではあったが。
「敵艦、そのまま接近、距離16万5000宇宙キロ」
「射撃開始10秒前、ハチの巣にしてやれ」
ラーゼラーは不安をふりきるように命令した。あとはカウントダウンの声だけが残る。
「7,6,5,4」
「……」
「3,2!! 司令、敵艦が、き、消えました」
レーダー手の驚愕した声が響く。
「どういうことだ!!」
「わかりません、突然消滅したんです、レーダーからも、赤外線センサーからも反応が消失しています」
「ワープしたのではないのか?」
「いえ、空間歪曲反応はありませんでした」
「くっ、とにかく四方を探せ、まだ近くにいるはずだ」
「司令、進路はどうしますか?」
「進路そのまま、微速前進」
冷静さをたもとうと、ぐっと感情をおさえて指揮をとろうとするが、その声の語尾は自然と震えていた。
やがてラーゼラー艦隊は速度を落とし、微速で警戒しながら前進する態勢に入った。
「司令、敵はいったいなにをしたのでしょうか?」
副官の問いにラーゼラーは。
「まさかと思うが、地球人どもも潜宙艦を開発したのかもしれん。それも戦艦級の火力をそなえた大型のものを」
「そんな、地球人ごときにそこまでの技術力があるとは思えません」
彗星帝国でも潜宙艦は数の少ない虎の子の艦である。しかも大型のものといったらその中でもそれこそ数隻だけである。
辺境の未開人としか見ていなかった地球人がそんなものを有しているかもしれないということをこの副官が信じられなかったのも無理は無い。
「だが、あの敵艦の動きはそうでもないと説明がつかん。それに、もしこの推論が当たっていたとしたら、我々は戦略を根底から見直さなければならん。
ここはなんとしてでもあの艦の正体をつかんでおく必要がある」
確かに、これから行われるであろう地球艦隊との艦隊決戦には潜宙艦の存在など考慮に入っていない。
もし潜宙艦の存在を知らずに決戦に挑んだらバルゼーは手痛い損害をこうむる事になるだろう。
「全艦、すべてのセンサーをフル動員して敵艦を探せ、どこから来るかわからんぞ」
やがて、10分ほどたった後、必死の努力がむくわれたのかセンサーに敵艦発見のランプがともった。
「敵艦発見、6時の方向、距離12万宇宙キロ」
「急速反転180゜目標敵戦艦、準備のできた艦から攻撃を開始しろ」
ラーゼラーの激が飛び、艦隊が一斉に舵をきった。しかしその瞬間、突如艦隊最前列にいた巡洋艦と駆逐艦が大爆発を起こした。
「巡洋艦『ガイモン』『プリマス』および駆逐艦『プリチェット』轟沈」
「いったいどうしたというのだ!!」
ラーゼラーの怒声が飛ぶ、レーダー手はうろたえながらも。
「わかりません、突然、突然爆発したんです。ですが爆発の形から見てたぶん雷撃ではないかと」
「雷撃? そんな馬鹿な! これだけの艦隊の誰も接近する魚雷に気づかなかったというのか?」
ラーゼラーは奥歯をかみしめながら独語する。その間にも艦隊の各艦からは指示を求めて悲鳴のような通信がはいり、副官が現状を維持するように命令がだしているが、とっさに欠けた艦の場所をおぎなう隊列変更などできるわけがなく艦隊に混乱が生じ始めていた。
「司令、司令!!」
副官が立ち尽くしているラーゼラーに呼びかけると。
「わかっている! 今は眼前の敵戦艦に全力を尽くせ、後方にはかまうな」
ラーゼラーは後門の狼を無視する覚悟を決めた。だがその覚悟をあざ笑うかのように。
「巡洋艦『サラソタ』『オペリカ』爆発、駆逐艦『フレイザー』『コンプトン』轟沈」
艦隊に着実に混乱が広がりつつあった。

第5章 完

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