逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第26章 隠密作戦開始、魔のサンザー星系

 「こちらシューティングスター3番、倉田機、目標艦隊は進路そのままでガミラス・イスカンダル星域へ向かいつつあり」
  〔こちら『武蔵』了解、現在武部少尉の2番機がそちらに向かっています。交代して帰投してください〕
  暗黒星団帝国のガミラシウム調査艦隊は、刻一刻と『武蔵』のいるガミラス星へと迫りつつあった。
  
  そのころ『武蔵』では接近しつつある暗黒星団帝国の艦隊に対処するために、緊急の作戦会議が開かれていた。
「まずはみんな、これを見ろ」
  会議の口火を切った藤堂艦長の言葉に従って、全員の目が作戦室の床のパネルに表示されたサンザー星系の宇宙地図に向けられた。
「シューティングスターからの情報によれば目標の艦隊は、まだ星系外のここ、第15番惑星軌道の外だ。しかし6時間後には11番惑星軌道まで到達してきて、しかもその間本艦は地質改造のために動くことはできない。勝負はここからだ」
  藤堂艦長は、指し棒を強く音がなるほど第10番惑星軌道に叩きつけた。
  ガミラスとイスカンダルはそれぞれ第7惑星と第8惑星に該当する。猶予は第9惑星軌道までだといっていい。
「しかし艦長、地質改造はイスカンダルの分を放棄するとは言いましても、当時の暗黒星団帝国の採掘技術を持ってすれば、そんなに困難な問題ではありませんが」
「そのとおりだ、だからこれから我々は一芝居うつことにする。具体的には……」
「待ってください。イスカンダルを放棄したら、いずれスターシアは……」
  神村少尉が藤堂艦長の言葉をさえぎって声を上げた。西暦2201年、暗黒星団帝国がイスカンダリウム採掘に来襲したとき、スターシアはイスカンダリウムが戦争の手段として使われまいと、イスカンダルごと自爆して壮絶な最後を遂げていたのである。
「うむ、神村少尉の言うとおり、イスカンダルの自爆装置は破壊していく、それだけなら時間はかからないし、イスカンダルは採掘が難しいから時間も稼げるだろう」
「ですが、あまり大量のイスカンダリウムを補充されては、後の地球との交戦時に不利になります」
「ああ、そこのところは難しいが、採掘して輸送するようになるまでには数ヶ月はかかるだろう。そのときには輸送船を撃破するなりなんなりすればいい。要は、我々がここにおれないうちに、どれだけ彼らに時間を浪費してもらうかが問題なのだ」
「それで、芝居ですか?」
  桜田中尉の問いかけに、藤堂艦長はうむとうなづいた。
「彼らには、このサンザー星系が宇宙の難所だと錯覚してもらう。しかしガミラシウムとイスカンダリウムがほしい以上、当然大規模な船団で用心深くやってくるだろう。そうすれば当然時間がかかる」
「で、それはどのように?」
「例えば、流星群を作り出して航行に危険な宙域だと見せかけるとか、レーダーに映らないガス体が点在しているといったことを作り出すなどということだ」
「なるほど」
「なるほど、じゃないぞ。これから諸君には帝国艦隊への芝居。悪く言うならイヤガラセの手段を考えてもらうんだからな。時間がないんだ、どんどんアイディアを出せ!」
  すると葉月中尉と荒島中尉が真っ先に名乗り出た。ふたりとも顔に不適な笑いを浮かべている。
「そういうことならこいつにお任せを、悪巧みの天才ですからこいつは」
「葉月、お前にだけは言われたくないわ。こないだ女子更衣室の壁に節穴作ろうって言い出したのはお前だろうが……あ」
「おふたりともちょっとこちらへ、艦長、5分ほど失礼いたします」
  ふたりはいつの間にか後ろから神村少尉に肩をがっしりとつかまれていた。まるで体が鉛になってしまったかのようにぴくりとも動かせない。そして、全身からだらだらと冷や汗が流れ出し、口の中がからからに乾いて言葉も出せなくなる。
「許可する……殺すなよ」
  荒島と葉月は神村少尉に作戦室の外に引きずり出されていった。
  艦長以下、他のクルーたちは手を合わせたり、十字をきったりしてそれを見送り、ドアの外に3人の姿が消えると、藤堂艦長は咳払いをして残った面々に言った。
「さて、君達は何か案はあるか?」
  残った黒田大尉や権藤大尉はそういうことは苦手だと顔を見合わせて、荒島たちに比べれば大人しめの桜田中尉と山城中尉も困った顔をした。
  しかし、桜田中尉はお手上げだというふうに、手を両側に広げながらも、代案として思いついたことを艦長に提案した。
「艦長、私たちではそういったことはちょっと……ここはいっそ乗組員全員から公募してみてはいかがですか? こういうことが得意な奴もいるでしょう」
「ぎゃーっ!!」
「そうだな、1時間くらいならそうしてもよかろう。乗組員たちも退屈を持て余しているだろう。少し頭を働かせてもらうか」
「ぎえーっ!!」
  ドアの外からふたり分の悲鳴が聞こえてきた後、山城中尉も思い出したように言った。
「イヤガラセと言えば、シューティングスター隊の桑田なんて、そういうことが得意ですよ。あいつとゲームすると毎回嵌め手でひどい目にあうんですから」
「待って、ちょっと待ってーっ!!」
  すると権藤大尉も。
「そういえば、そろそろ帰投してくるころですね。人間どこでなにが役に立つかわからないものですね」
「んぎゃー!!」
「よし、そうと決まれば全艦に公募することにしよう。桑田については山城、君から話しておいてくれ」
「ギブ!! ギブギブ!!」
「了解しました。しかし本当に人間どういうところで才能が役に立つかわからないものですねえ。神様は無駄なものを与えはしないんですね、権藤機関長」
「折れる!! 折れる!!」
「いや、無駄な人間ならいるかもしれんぞ。ところで、何分たった?」
「ががが」
「だいたい1分半ですか、艦長、先に棺桶用意しておきましょうか?」
  黒田大尉が冗談に聞こえないことを言った。
「……」
「必要ない、殺すなとは念をおしてある。死んでなければサイボーグだろうがゾンビだろうが使い道はある」
「いや、ゾンビは死んでいると思いますが」
  外からする声が聞こえなくなっても藤堂艦長はにべもなかった。なお余談ではあるが、その後彼らの目の前に現れたのは、ゾンビならぬミイラ男が2体であった。

〈全乗組員に告ぐ、非常事態が発生した。全員そのままで聞け〉
  『武蔵』の全艦に、その放送が鳴り響いたとき、休みを満喫していた乗組員たちはなんだなんだと天井のスピーカーを見上げた。
  そして、艦長の声で全乗組員に暗黒星団帝国の艦隊が近づきつつあることが知らされて、艦内のあちこちでザワザワと不安と動揺の声があがった。
〈……事態は今説明したとおりである。そこで、本艦はこれに対してサンザー星系そのものを劇場とした芝居に巻き込むことにした。具代的に言えば、この星系を連中にとって宇宙の難所と思わせ、疑心暗鬼に陥らせてやろうとすることだ。そこで、艦内の諸君にはこれから芝居の台本、平たく言えばイヤガラセの方法を考えて公募してもらう。なお、技術的なことに関しては黒田大尉が全力を持って対応してくれる。さあ、我こそはと思う知恵者、想像力のある者は遠慮なく第2艦橋まで案を持ってきてくれ! 方法は口頭でもデータでも紙に書いてもなんでもかまわん。締め切りは1300だ。以上!〉
  放送が終わったあと、10秒ほど艦内を無音が支配した。11秒後には「おい、聞いたか?」とそこここで聞かれ、20秒後にはざわざわと、30秒後にはわいわいがやがやとあちこちで悪巧みの会談が始まった。なにせ、長い任務を終えてようやく帰還できると思っていたら過去の世界に迷い込み、そのまま戦いの連続で乗員たちにもストレスがたまっていたから、敵へのイヤガラセの方法を募集するというのはまたとない気晴らしになったのだ。
  たちまちコンピュータ室には非番の乗員たちが集まり、様々な作戦を考えてシミュレーションに熱を入れ始めた。このサンザー星系の星域図はすでにコンピュータにインプット済みであったから、あとはゲーム感覚で順番待ちができあがっていた。

 そんななか、山城中尉は艦長の命令に従って、シューティングスター隊の桑田隊員のもとを訪れていた。
「そういうわけで、お前さんには暗黒星団帝国の連中がガタガタおびえて、疑心暗鬼になるようなネタを考えてほしいんだ」
「うーん、例えば突然流星群がやってくるとか、ガミラスの天井が急に崩れてくるとかそういうやつですかい?」
  相談を受けた桑田隊員は、別に顔色ひとつ変えることなくそう言ってのけた。
「ああそうだ。連中がここはとんでもないところだと思い込んでくれればいい。ただし、ガミラシウムの採掘に来なくなったら困るから、あくまでビビらせるくらいでやりたいんだが……」
  すると桑田は少しあごに手を当てて考え込む仕草を見せると、やがてニヤリと笑って山城に言った。
「そういうことなら、下手に自然災害をでっちあげるよりいい方法がありますぜ。しかも絶対に中止になんてしない方法が」
「なに、そんなことができるのか!?」
「ええ、向こうも我々と同じ船乗りです。その習性を利用するまでです。いいですか、まずは……」
  山城は、桑田からその計画を聞かされるにつれて背筋が寒くなっていくのを感じた。
「お前が敵でなくてよかったよ……」
  その後も、山城は桑田の口から放たれる恐るべきイヤガラセの方法に、ただただ聞き入るばかりであった。
 
  そして2時間ほどたったのち、山城からそのプランを聞かされた藤堂艦長たちも、その驚くべき内容に戦慄していた。
「よくこんな陰険な方法を思いつくなあ。しかし、暗黒星団帝国の連中にこんな手が効くのか?」
「その点では心配いりません。暗黒星団帝国の人間も、昔は地球とよく似た文化風俗を持っていたそうです。精神構造も地球人とよく似ていますから、絶対に効きますよ」
  桑田は自信たっぷりに言った。インチキ商品を売りつける胡散臭い商人のような笑顔がなんとも不気味だが。
「だが、そのぶん仕込みは念入りにやらんといかんな。この『武蔵』のステルス能力なら、見つかる心配はないし、この作戦にはうってつけだが、これはまた技術班が大変そうだ」
「そうですね。ですが、桑田の策だけに集中するより、せっかく今みんなが知恵をしぼってくれてるんだから、それらを総合して作戦を決定すべきでは?」
  黒田大尉がそう言うと、桑田もうなづいた。
「私も、他の人の考えを聞いてみたいですねえ。今後の参考になるかもしれないし、三人寄れば文殊の知恵とも言いますから」
「そうだな。よし桑田、お前は工作室に行って必要な道具を用意してもらってこい。俺の紹介だと言えば大抵の物は作ってもらえるだろう」
「了解」
  桑田は嬉々とした様子で第2艦橋を飛び出していった。
  そして、藤堂艦長はとりあえずクルー達からあがってきた20通ほどの作戦案の原案に目を通すと、ため息をついた。
「うちの船、こんなに性格の悪いやつばかりだったのか……」
  残りの時間でどれほど非人道的な作戦案が出てくるのか、頭を抱えずにはいられなかった。
 
 
  だが、時間はあっという間に過ぎ、ガミラスの地質改造も終わり、出港時刻が訪れた。
「補助エンジン始動……出力、60、70、80、90、100、セルモーターコンタクト、波動エンジンに接続、フライホイール始動」
「下部垂直バーニア噴射、浮上開始」
  『武蔵』の周囲が赤い土煙で覆われ、巨体がゆっくりと宙へ浮き上がっていく。
  すでに雨は上がり、空はガミラスの都市の廃墟が蝙蝠のように覆っているのが見える。かつてはガミラスの大艦隊が乱舞したであろうこの空を、『武蔵』は墓守のように静々と進んでいく。この地に眠るガミラスの祖霊達は、『武蔵』が間接的にとはいえガミラスを救おうとしているのを知っているのだろうか、だとすれば、これからおこなわれる前代未聞の作戦に、是非ご加護をと祈らずにはいられない。
「艦首上げよ、第2戦速から第3戦速、大気圏離脱」
  高く艦首を天に向け、外殻の裂け目を抜けて、硫化水素の大気から真空の宇宙空間へと駆け上がっていく。
「よし、進路イスカンダルへ、ステルスモードを展開せよ」
  黒田大尉がスイッチを入れると、『武蔵』の姿が掻き消えていく。
「荒島、航空部隊を発進させろ」
「了解、まずは仕込みですね。桑田、武部、出撃だ。特に桑田、発案者はお前なんだからしくじるんじゃねえぞ」
〔まかせろっての、今俺は最高にワクワクしてるんだ。こんな気持ちはお前と女子風呂覗いたとき以来だぜ。じゃあな!!〕
「あっ、馬鹿!! 一言多い!!」
  スピーカーごしにとんでもないことを言ってくれた桑田に慌てて怒鳴りかけたが、時既に遅し。背後から神村少尉の優しいけれどまったく乾ききった感情のない声が響いてきた。
「中尉、あとでちょっと運動場のすみまできてくださいませんか、大切なお話があるんです」
  文字面だけみたら少女から先輩への愛の告白のように見えるが、その内実は180度正反対のいわゆる死刑宣告であった。
「は、はーい……」
  血の気を無くして乾いた返事をするしかない荒島に、葉月は声をかけることもできずに心の中で手を合わせて念仏を唱えていた。
 
  そして、自分の発言が一人の前途有望な青年を死地に追い込んだことを自覚することもなく、桑田少尉は仲間達とともに作戦ポイントまで向けて飛んでいた。
「よし、剣は打ち合わせどおりアステロイドベルトへ向かえ。倉田は第10番惑星へ、仕掛けの使い方は黒田大尉からちゃんと聞いてるな」
「はい、何度も練習しましたから間違いありません」
「暗黒星団の連中の顔が浮かぶようですよ。では、倉田機離脱します」
  2機のシューティングスターは翼を翻すと、それぞれの目的地へ向けて飛び去っていった。
「さて、それでは俺達も行くか。暗黒星団帝国の連中、吠え面かかせてやる。覚悟しろよ!」
  すっかり少年時代のいたずら坊主の顔に戻った桑田は、呆れている同僚の武部とともに暗黒星団帝国の艦隊へとスロットルを開いた。
 
 
  それから数時間後、サンザー星系第11番惑星軌道上
  ガミラシウム調査船団、旗艦エルドラA
 
「現在サンザー星系第11番惑星軌道上を通過、前方進路に障害物を認めず」
  レーダー手の声がブリッジの中に無機質に流れる。
  あとは各種計器の作動音がするだけで、退屈な静けさにそこは包まれていた。
「ルーギス様、現在航路予定の20.1%増しで進行中、あと3時間後には目的のサンザー第8惑星に到達いたします」
  その報告を受けて、ルーギスと呼ばれたやせぎすの男は、指揮官席からつまらなさそうに返事をした。
「そうか、で、この星系に生命反応はあるのか?」
「いえ、第8惑星イスカンダルを除いてはまったく。やはり、すでにここにあった文明は滅亡した後のようですね」
「だったら、予定が遅れる理由などなにも無いではないか。まったく、いくらガミラシウムとイスカンダリウムが我が帝国に必要なエネルギー資源だとはいっても、こんな退屈な任務はないものだ。なあ、弟よ」
 
  同、ガミラシウム調査船団、工作戦艦シュードラU
  工作艦隊責任者クーギス
「まったくだ、兄者よ。こんな死に果てた星系の調査など、ほかの下級士官にでもやらせておけばよいのだ。この星雲は征服し甲斐のある星が少なくていかん」
  モニターごしに、ルーギスの弟クーギスも退屈そうに答えた。
  彼らは、史実ではこの4年後にライナ星系でボラー連邦を相手に激戦を繰り広げることになるのだが、今は当然それを知るよしも無い。
〔うむ、だがこの任務も終われば、次はいよいよ銀河系方面への派遣となるだろう。このマゼラン雲には、エネルギー採取の効率のよい恒星がほとんどなかったが、銀河系にはおそらく我々が採掘するにふさわしい規模の恒星がごまんとあるに違いない。なにせ、我らが暗黒星雲近辺の恒星は、エネルギー資源を抜き取ったために褐色矮星化してしまい、もう役には立たないからな〕
「ふふ、ならばこんなつまらん仕事はさっさと終わらせてしまおうではないか。銀河系で手柄を立てれば、我ら二人で帝国艦隊の司令長官の座も狙えようぞ」
  この時代、暗黒星団帝国は新たな植民地を開拓するために大マゼラン雲にその食指を伸ばしてきていたのだが、この近辺はすでにガミラスによって主な資源は消費されつくされ、原始的な文明も滅び去るか、帝国の崩壊とともに殖民から開放されたものの疲弊しきっていて、暗黒星団帝国にとっては荒れ野を行くに等しい刺激の無い日々が続いていた。
  だが、そんな利用価値のない星々の中でも、このサンザー星系の第8惑星に眠るガミラシウムとイスカンダリウムは、非常に貴重かつ重要な資源だったので、帝国は先行調査にも関わらずに戦艦まで含めた護衛をこの調査船団につけていた。
  のだが、当の司令官の兄弟はろくに生命反応もないこの荒れ果てた星系に、すっかりやる気と緊張感を失っているようであった。

 と、そのとき。
  通信席のパネルに、通信傍受を示すシグナルが鳴り、それをあわせて内容を確認した通信士はそれをルーギスに報告した。
「……これは、ルーギス様、1時の方向、サンザー第10番惑星から微弱な電波の発信を確認、解読は不能ですが、この星系近辺の文明の救難信号と酷似しています」
  それを聞き、ルーギスは眉をぴくりと動かし、司令官の顔に戻って言った。
「なにぃ、まだこの星系に生き残りがいたのか……ふむ、救助に行く義理はないが、気にはなるな……よし、駆逐艦スピルZを呼び出せ」
  やがて、エルドラAのメインモニターにスピルZの艦長が現れた。
「お前のところでも今の電波は受信しているな。第10惑星を調査しろ」
「はっ、それで生き残りがいた場合は、始末してよろしいですか?」
  スピルZの艦長の問いに、ルーギスはニヤリと口元をゆがめて答えた。
「いや、収容しろ。この星域でこれまで何があったのか聞きだすことができる。救世主を装って丁重にな」
「なるほど、さすがルーギス様、それでは吉報をお待ちください」
  通信は切れ、駆逐艦スピルZは円盤状の船体をフリスビーのように傾けて、艦隊から離れていった。
「ふむ、刺激的とはいかんが退屈しのぎにはなるか……」
  ルーギスはあごに手を当て、にやりとほくそえんだ。
 
  だがそのころ、艦隊後方では桑田と武部の2機のシューティングスターがひっそりと忍び寄っていた。だが、その機体は光子屈折バリアで覆われて、肉眼で見ることはおろか、この時代のいかなるセンサーでも探知はできない。
「ステルスモードは問題なく稼動してるか、25世紀では子供だましでも、こっちでは役に立つな。さてと、それではそろそろ始めるか?」
「了解、桑田、敵さんが気の毒になるが、やりますか」
  2機は幽霊のように姿を隠したまま、艦隊の右と左に遷移した。
「妨害磁場フィールド、稼動開始」
  両方の機がスイッチを入れると、ちょうど艦隊をはさむように弱めの妨害磁場が発生した。これは2機をそれぞれ反対側の頂点とする楕円形の磁場フィールドにより、内部の通信、レーダーほか各種計器に異常を発生させる、ただし出力は弱いために断続的にノイズが走ったりする程度でしかない。もっとも、これは料理を始める前の仕込みでしかないが。
 
  その効果を最初に発見したのは、当然のことだが、艦隊のレーダー手であった。彼はレーダースクリーンに走ったノイズを見て、故障かと思いチェックしてみて、それでも異常がないと範囲を手動で調整してみたがどうにも直らない。彼は少し考え込むと、隣の席の通信士に話しかけた。
「おい、どうもレーダーの調子がおかしいんだが、なにか変な電波とか入ってないか?」
「お前もか? ああ、どうもこっちもさっきから妙なノイズが混じるんだ。太陽風で磁気嵐でも起きてるのかな。古い恒星系だからなあ」
  通信士もめんどくさそうに答えた。こういう場所ではたまにあるだけに深刻に捉えてはいないが、あってうれしいことではないだけに表情はさえず、彼ら特有の青白い肌もあいまって、地球人から見ればさぞ不機嫌そうに見えるだろう。
  彼らは自分達の不運をしばらく嘆いていたが、やがて一応は給金分の義務は果たそうと上官に報告することにした。
「ルーギス様、小規模な磁気嵐が起きているようで、艦の計器に異常が起き始めています。今のところ重大な影響はありませんが、いかがいたしましょうか」
「磁気嵐だと、やれやれ、ついておらんな。しかし採掘中に起きられては面倒だな。一応記録はしておけ、艦隊はこのまま前進」
  ルーギスは磁気嵐を面倒に思ったが、障害になりえるものではないと判断し、そのまま前進を続けた。
 
  むろん、これは計算のうち、こんなもので引き返す相手だとは『武蔵』の誰も思っていない。
「作戦第2段階、スタート」
  桑田は教室の扉に黒板消しを仕掛ける小学生のように、実に楽しそうな表情で黒田大尉製の特殊装備のスイッチを入れた。それは、特殊な波長の電波を放射し、暗黒星団帝国の艦隊のレーダーや通信機に、ある種の変化を誰にも気づかれずに発生させ、それらを使用し続けた者達に、数十分後に効果を表し始めた。
 
  最初は、護衛艦の一隻のレーダー手が頭痛を訴えたのが始まりだった。
「う、うーん。頭が……」
「おい、大丈夫か? 無理するな、医務室に行ったほうがいいぞ」
  その艦の艦長は、突然体調不良を訴えたクルーに不快感を覚えたが、無理に任務を継続させて倒れられても困るので、彼を外すと予備要員に交代を命じた。
  しかし、これは始まりでしかなかったのである。
  少しして、同じように通信士も頭痛を訴えて艦橋を退去したのを皮切りに、航路図を見ていた操舵士、射撃コンピュータのノイズを除去していた砲術士、さらには彼らと交代した予備要員までもが、頭痛やめまい、突然の眠気などに襲われて次々と倒れたのである。
「これは、どういうことだ!?」
  さすがに艦長も尋常ならざる事態に気づき、倒れた者達を医務室で集中検査させるとともに、全機器を自動に切り替えてなんとか対応した。だが、艦橋は自分を除いて無人となってしまい、孤独の中で十数分後に軍医長から報告があがってきたときには、すっかり平静を失ってしまっていた。
「軍医長、原因は判明したのか!?」
  軍医長は興奮気味の艦長をいさめつつ、カルテに目を走らせて報告した。
「艦長、落ち着いてください。精密検査しましたところ、全員身体機能には異常が認められませんでしたが、脳に異常に血液が集中していたり、逆に血液が不足していたりしていました。また、脳活動が睡眠状態に陥ったり、軽い幻覚症状も見られます。原因は不明ですが、電磁波障害の患者に酷似しています」
「電磁波だと?」
  艦長はその報告を受けて眉をしかめた。電磁波をはじめとする宇宙線が生物に有害な影響を与えるのはよく知られたことではあるが、それを防ぐために全ての艦船の内部は完全にシールドされているのが普通だからだ。
  やや落ち着きを取り戻した艦長は、説明の続きを軍医長に求めた。
「それで、ほかにわかったことは?」
「まだ詳しいことは分かりませんが、症状は予備要員も含めてレーダー手、通信士、操舵士、砲撃手の順で深刻です。また、艦内要員には患者は出ていません。推論ですが、艦外からの電波を受け取る要員に被害が集中していますことから、電磁波に関連するのは間違いないと思われます。恐らく、他の艦でも被害が出ていると思われます。問い合わせてみられたほうがよろしいと考えますが」
  軍医長はそこまで言うと、再び患者を診ると言って治療に戻っていった。
(他の艦でも、患者が? まさか……)
  艦長は軍医長の進言を入れて僚艦に連絡をとろうかと思ったが、通信士が倒れたのを思い出して躊躇した。しかし、外部からの影響を極力排除する指揮官用の特別回線を使えばなんとかなるかと思い、隣の艦に通信をいれてみることにした。
  すると、通信に出たのはその艦の副長で、艦長は突然倒れられて医務室に担ぎこまれたと聞かされて、ようやく艦隊すべてが容易ならざる事態に陥っていることを悟った。
「旗艦エルドラA、応答願います。こちら護衛艦スピナーZ、ルーギス大佐、緊急事態です」
  慌てて旗艦へ通信を艦長は送った。だが、通信に出たのはルーギスではなく通信士官で、用事は何かと問い返され、頭に血を上らせながら原因不明の病人が続出していることを説明した。しかし、その通信士官が返してきた返答は、さらに驚くべきことであった。
〔ただいま、偵察に出ておりました駆逐艦スピルZより緊急の救助要請があり、司令はクーギス大佐と対応方針を話し合っておられます。原因不明の患者多数については、やはり他艦からも報告が上がってきていますので、詳しいことがわかるまで外部端末は自動制御に切り替えることをおすすめしますが〕
「なんと、そんなに事態が変わっておったとは……だが、救助要請とはどういうことだ? この星系はイスカンダル以外無人ではなかったのか」
〔そのはずなのですが……スピルZがSOSを発信した直後、レーダーに流星群らしきものが確認されていますので、それに巻き込まれた可能性が強いかと、今救援におもむくかどうかで大佐方が話し合われているので、少々お待ちいただきたいのですが……〕
  通信士官の申し訳なさそうな声を聞くにつれ、艦長は怒りが冷めて、それに反比例して不安が頭をよぎるのを感じていた。
  彼は通信を切り、外部端末を自動制御に切り替えるように命じると、パネルに映るサンザーの老いた星星を見て思った。この星域の文明はすでに滅び、なんの障害もなくなった惑星の資源を調査するだけの楽な任務だったはずだ。それなのに、突然倒れる部下達や、消息を絶つ友軍、この星域にはなにか得体の知れないものが潜んでいるのではないか、と。
 
  だが、彼らに襲い掛かる馬鹿馬鹿しくも陰険ないたずらの数々は、まだこれからが本番であった。
 
 
  26章 完

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