逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第35章 宇宙の勇者たち

「地球か、見れば見るほど美しい星だ……」
  いまや、その武装のほとんどを破壊されて、親衛隊以外の乗員はほとんどいなくなった超巨大戦艦『ガトランティス』のメインブリッジ。そこで、ズォーダー大帝は広大なメインスクリーンに映し出された地球の姿に思わず息を呑んで見入った。この星を手に入れ、銀河系攻略の足がかりとするべく、アンドロメダ大星雲からはや数十万光年の征旅を果たしてきたが、残念ながらそれもかなわぬ夢となってしまったようだ。
「地球を、あなどっていたか」
  ズォーダーの後悔は、その一点に集約されていた。勝手のわからない敵地であったとはいえ、地球艦隊の予想外の健闘に加えて、部下たちのふがいなさには心底腹が立つ。だがそれも、あまりにも連戦連勝が続きすぎ、強大な軍事力と科学力におぼれて、それを扱う人材が腐敗していることに気づかなかったのだと、いまさらながらに反省させられていた。
「しかし、このまま終わるわけにはいかん」
  全宇宙を掌中に収めんとする白色彗星帝国が、辺境の未開民族に煮え湯を飲まされて、そのまま引き返すなどあってはならないことだった。軍ならば、すでに征服しきったアンドロメダ大星雲で再建すればいい。時間はかかり、全宇宙征服の野望は大きく後退することになるだろうが、艦隊もより強力となり、それを操る人材も今度は優秀なものをそろえて、本当の無敵艦隊をそろえることができるだろう。だが、傷つけられた帝国の誇りを取り戻し、銀河系征服を成し遂げるためには地球はここで滅ぼしておかねばならなかった。
「艦首を地球に向けろ、機関始動」
  大破した超巨大戦艦『ガトランティス』が、ゆっくりとその艦首を目の前に青々と輝く惑星、地球へと向けていく。すでに機関出力はガタ落ちし、主砲どころかハリネズミのようにあった副砲も大半が粉砕され、かつての威容も見る影もないが、まだこの艦には最後の武器が残っている。
「ふっふっふ……この船のエネルギー炉と、質量をそのまま地表に叩きつければ地球文明を壊滅させることなどたやすい。その後生き残ったわずかばかりの人間がいたとしても、原始時代にまで退化した文明と、激減した人口ではなにほどのこともできまい。あとは、再建した帝国の力で今度こそ根絶やしにしてくれる」
  落下目標地点は、地球連邦政府の首都メガロポリス、ここを破壊すれば地球の政治、軍事力は中枢を失って壊滅し、その周辺部も大地震と大津波によって生き残る者はいない。仮に地下都市に逃げ込んだところで百万トン以上の鉄塊が宇宙空間から超音速で落下する衝撃は地下深くまで到達し、そのクレーターが根こそぎ掘り返してくれる。あとは、その他の地域だが、恐竜大絶滅のときの巨大隕石よりも巨大で、莫大なエネルギーを有した超巨大戦艦の落下によって生まれた衝撃は数千キロ周辺をも壊滅させ、舞い上がった塵は太陽光をさえぎって大氷河時代を到来させる。そうなれば、各惑星に設備や人員が残っていたとしても復興は思うに任せず、遊星爆弾で放射能汚染された地球を再生させたときとは比較にならないほど困難なほどに破壊された地球で、人類は衰亡していくだけだ。
「この美しい星を破壊してしまうのは惜しいが、これも我が帝国の顔に泥を塗ってくれたむくいだ。貴様らには過ぎたプレゼントだが、この『ガトランティス』の鉄槌を受けて、思い知るがいい!」
  超巨大爆弾戦艦と化した『ガトランティス』の進む先をさえぎるものはない。地球にも、月基地にいた艦隊もすべて決戦に差し向けられて、駆逐艦の一隻も残ってはおらず、わずかに残ったパトロール艇や、基地防空のために少数あるだけの旧式戦闘機ブラックタイガーなどはもちろん、地球衛星軌道に数だけはある戦闘衛星などは道端の石ころのようなものだ。
「大帝、ガトランティスの地球大気圏突入まで、あと三〇分です」
「そうか、全乗組員退艦準備を怠るな。ふふふ……あと三〇分か、地球人類め、恐怖に怯えまどうには充分な時間ではないか、うわっはっはっは!」
  しだいに近づいてくる地球を眺めながら、ズォーダーは最後に勝つのはこのわしだと呵呵大笑した。
  事実、このとき地球全土は混乱の極にあった。突如地球上空に出現した敵巨大戦艦をテレビや報道で知り、それが次第に地球重力圏への突入、メガロポリスへの落下を狙っていると分かると、人々は郊外への道路やチューブ列車の駅に殺到し、そこからはじかれたものは地下都市の入り口や、宇宙港へと大挙して押し寄せ、鎮圧に向かった警察とぶつかって多数の死傷者を出していた。もし、この光景をサーベラーが生きていて見たならば、さぞ楽しそうにあざ笑っただろう。
  ただ、ズォーダーは白色彗星帝国の歴史上、はじめて一敗地にまみれて引き上げることになる大帝として刻まれることになるであろうことも覚悟していた。
「デスラー総統、『ヤマト』に敗れてその復讐に人生をかけたあなたの気持ちが今なら実感できる。だが、あなたの好意には心から感謝する。おかげでわしは、彗星帝国ガトランティスの偉大なる名を守るための戦いをすることができる」
  あのとき、正体不明の敵艦から攻撃を受けているときに現れたデスラー総統率いるガミラス艦隊は、『ガトランティス』に接舷し、デスラー総統はズォーダーの前に現れてこう言った。
「ズォーダー大帝、このデスラー、恥ずかしながらチャンスをいただきながら『ヤマト』を仕留め得なかったふがいものながら、大帝からお受けしたご恩の一端でもお返しできればと、こうして参上つかまつりました」
「おお、デスラー総統、『ヤマト』との対決以来消息を絶っていたが壮健だったか、いやいや、もはや『ヤマト』一隻などどうでもよかろう。『ヤマト』を含めた地球全体の底力を我々はあなどりすぎていた。おかげで、宇宙に冠たる大帝国がこの様だ。誰に笑われても文句は言えぬよ」
「それでもなお、闘志を失わない大帝の武人としての矜持には、このデスラーも尊敬の念を禁じえません。ですが、今日は実はお別れを申し上げに来たしだいで」
「ほう、このわしと袂を分かつというのか?」
  サーベラーなどが聞いたら激怒しそうな台詞だが、ズォーダーは平然としてデスラーの言を聞いていた。
「はい、我らがガミラスの同胞も集結し、新たなる母星となる星を探しての大航海の徒につこうと思っています。ただし、私にも大ガミラスの総統として誇りを背負った身、義理を果たさずして去ったとあっては宇宙で後ろ指を指されましょう。微力ながら、大帝のお役に立てることがあればと」
「ふむ、いつまでもわしの元でくすぶってる器ではないと思っていたが、ついに独立する意思を決めたか。あなたには、勇気と義侠心にあふれる部下がいてうらやましい。それが、ガミラスの魂というものなのかな」
  互いに相手に敬語を使いながら話す二人の姿は、国力や武力、それぞれの文化文明の差を超えて対等と認め合っていることの証明であった。
「大ガミラスは永遠です。仮にデスラーの命尽きるとも、我が民族の一人でも残っている限り必ず再生します」
「ふふ……一年前、あなたがわが国の客将となったとき、我が国の将たちはあなたを軽蔑していた、亡国の死にぞこないだとな。だが今となっては、わしがそうなりつつある。その阿呆どものせいでな」
  デスラーはズォーダーの境遇に、かつての自分と似たものを感じた。自分もシュルツやドメルといった名将を揃えていたが、油断から勝てた戦いを何度も投げてしまった。白色彗星帝国も、ゴーランドやバルゼーも決して無能ではなかったが、彼らにしても強大すぎる武力と科学力がありすぎるために、真の名将に絶対必要な負け戦に対応する能力がなかったために、その傲慢さが勝利の女神の機嫌を最後に損ねさせてしまった。
「しかし、わしは帝国の誇りを背負う身ゆえ、このままおめおめ引き下がるわけにはゆかぬ」
「わかります。私も、そうでありましたゆえ」
「うむ、この『ガトランティス』も、このまま沈めるわけにはゆかんからな。ただ、汚名はあくまでわしの手で晴らさねばならぬ。デスラー総統、あなたとあなたの大ガミラスを見込んで信用しよう。この船の非戦闘員をアンドロメダ星雲まで連れて行ってもらえぬか」
  この『ガトランティス』は単なる巨艦ではなく、帝国の首都として数万人規模の戦闘員以外の男女を抱えている。そのための生活をになっていた都市機能は地球艦隊の攻撃で破壊されてしまったが、それでも居住区にはまだ大多数の人間が残っていた。それを、帝国の支配圏であるアンドロメダまで連れ帰ることができれば、雌伏の時は必要だが、帝国を再建することもいつかできるだろう。そう、ガミラスがそうであったように。
「承知いたしました。もとより、大帝に救われたこの一命、誇りにかけて請け負わせていただきましょう」
「感謝する」
  最後にズォーダーとデスラーは固く握手をかわした。
  本来ならば、ガミラスの再建にとって白色彗星帝国の存在は邪魔であるはずで、この機会に滅ぼしてしまったほうがいいに決まっているのに、デスラーはむしろ喜ばしそうにそれを引き受けた。仁義、それをないがしろにしては、人の上には立てないとデスラーが『ヤマト』との戦いで学んだことの一つがそれだった。
「では、さらば」
「ふっ、互いに生きていたら、また宇宙のどこかで会おう」
「そのときは、敵として? それとも味方として?」
「それは、時の流れが決めてくれるだろう」
  別れを告げて、デスラーはガミラス艦隊と、脱出したロケットを引き連れて去っていった。
「さて、あとは彗星帝国と地球、生き残るのはどちらかな。いや……大帝と古代、どちらの執念が勝るかな?」
  後方に遠ざかっていく両陣営の戦いを、傍受した映像通信で見物しつつデスラーはつぶやいた。
  これで、彗星帝国の人間を無事アンドロメダ星雲に送り届けたら、あとはガミラスの新たなる母星を探す果てしない旅が待っている。
  とはいえ、楽な道のりではない。太陽系からアンドロメダまでは二十万光年もある上に、彗星帝国に恨みを持つ星星や、他の星間国家の攻撃が襲い掛かってくるだろう。
「それでも、借りは借りだ」
  はっきり言って、この旅はガミラスにとってなんの特にもならない。むしろ害悪のほうがはるかに大きいけれど、タラン将軍をはじめとしたガミラス帝国の諸将は嫌な顔の一つもせずに総統に従っている。それは、彼らとてガミラスの再建には彗星帝国に並々ならぬ恩義があるし、また、サーベラーや幕僚連中を嫌悪しても、デスラー総統とガミラスの戦力を高く評価してくれていたズォーダー大帝にはある程度の敬意を抱いていたのである。
「総統、先行の駆逐艦隊より入電です。太陽系外周、八十万宇宙キロの地点に艦隊が集結しています。彗星帝国に支配されていた国家で、後方支援に従事させられていた者たちが反乱を起こし、こちらを狙っているようです」
「ふっ、支配されているあいだは尻尾を振っていた番犬が、手綱が外れたと見るやさっそくハイエナに変貌したか」
「いかがいたします、総統」
  先行艦からの入電では、集結しているという艦隊は戦艦や空母などの大型艦などこそいないものの、輸送船護衛に使われていたと思われる駆逐艦や、武装船、水雷艇など総勢三十隻ほどの混成部隊で、現在のガミラス艦隊と同数以下であるものの、その戦意は彗星帝国への復讐の意思によって高いに違いない。しかし、デスラーとガミラスに逃走の二文字はない。
「きまっておる。弱いものにしか牙を剥けぬような負け犬に向ける背をガミラスは持ってはおらぬ。全艦隊戦闘配備、まず先行のデストロイヤー艦をワープで突入させて敵艦隊を壊乱し、しかるのちに主力艦隊をもって一気に撃滅、そのままアンドロメダへ向けて大ワープに入る」
  獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。デスラーは敵が戦力的に劣弱であっても侮らずに、その全力を持って撃滅せよと命じた。
「ゆくぞ、やつらの爆炎を大ガミラス復活への祝砲の花火とせよ。そして、全銀河にこの宇宙を唯一統治する大帝国の名を、高らかに響き渡らせるのだ!」
  全宇宙の征服者、デスラーはいまだ衰えず! 大なる歓声がガミラス全艦に響き渡り、彼らは彼らの主君への忠誠をさらに深く心に刻み付けた。たとえ屈辱の雌伏のときがあろうとも、デスラー総統がいる限りガミラスは決して滅びない。全宇宙を飲み込む野心と、信義に外れぬ義侠心、未来の敵さえ救うその度量は雄雄しく帝国臣民を包み込み、過去数百数千とつむがれた言葉を彼らに叫ばせる。
「デスラー総統、万歳!」
  タラン将軍をはじめ、ガミラス全将兵の敬礼を受けて、デスラーは猛々しく命じた。
「戦闘開始!」
  デスラー戦闘空母の甲板が空母形態から戦艦形態に変形し、他の艦もそれぞれ砲門にエネルギーを充填していく。
「先行のデストロイヤー艦隊、ワープに入ります」
  ガミラス復活の第一歩となる戦いの幕が、地球人の知らないところで今切って落とされた。
  デスラー戦法は見事に決まって、戦闘空母のビデオパネルに早くも混乱に陥った敵艦隊が映し出される。これで、主力を投入すればあとの勝利は確実だろう。そうすれば、ガミラスにとって深い因縁のあるこの太陽系とも、また長い別れとなる。デスラーは、戦闘指揮を続けながら、一瞬見えないはずの地球と、超巨大戦艦と『ヤマト』を振り返ると、誰にも聞こえないようにぽつりとつぶやいた。
「さらばだ古代よ、ズォーダーよ、銀河の輪のつらなる場所で、いつの日かまた会おう」
  やがて、残ったガミラス艦隊と彗星帝国の脱出船団もワープで消えていき、デスラーは銀河のはてへと去っていった。
 
  しかし、宇宙のかなたで何が起ころうとも、今この瞬間の地球と人類の運命は、地球圏最後の戦いにゆだねられていた。
「大帝、後方空間に地球艦隊がワープアウトしてきました。そのうち一隻は、あの『ヤマト』だと思われます」
「ほう、やはり来たか……しかし、わずか三隻とは、もはや地球人にもほかに戦力は残されていないようだな」
  ズォーダーは、大型スクリーンに映し出された『ヤマト』『蝦夷』『メリーランド』の三隻が、黒煙を噴き出しながらも向かってくる姿に、敵ながらあっぱれとほおの筋肉を緩めた。
「地球引力圏への到達予定時刻まで、あとどのくらい必要か?」
「はっ、あとおよそ十五分と思われます。しかし、たったあの程度の戦力でこの『ガトランティス』を止めようとは、かたはら痛いことですな」
  一人の近衛兵が敵が少ないことに余裕のあざけりをもらすと、ズォーダーはその近衛兵を一瞬白い目で睨んでから口を開いた。
「そうあなどることでもない。あそらく奴らは体当たりも辞さない覚悟でこの船に向かってくるだろう。死を恐れない人間ほど怖いものはないからな、仮に波動エンジンを全開にして特攻されたら、今の『ガトランティス』ではもちこたえられまい」
「で、では!」
「慌てるな、奴らも必死だろうがこの『ガトランティス』をやすやす落とさせはせん。現在使用可能な砲門はどれだけあるか?」
「あ、はっ! 第九及び、第三十一迎撃砲台が修理を完了しています」
「ならば撃てい! このわしの覇道をさえぎった不貞な下等種族に、我が帝国の底力を思い知らせてやれ!」
  高くかかげた腕を振り下ろし、パネルに映った『ヤマト』らを指差して命じたズォーダーの命令で、超巨大戦艦『ガトランティス』はその生涯最後の砲撃を開始した。
 
  だが、勝利して生き延びようという執念は地球側も変わりない。
「敵弾、来ます!」
「全艦、これが最後の決戦だ。一歩も引くな、突撃開始!」
  敵の砲撃の閃光に照らし出され、土方艦長の命令が高々と響き渡る。『ヤマト』は、地球に落とさせてなるものかと全速で突撃を開始し、『蝦夷』と『メリーランド』も後を追う。
  しかし、被弾を無視して進撃しながらも、全長十二キロの巨大な質量はそれだけで充分すぎるほどに脅威である。無策にこのまま行っても無価値な特攻にしかならないのは、見守っている地球市民から見てもあきらかであった。
「真田、あの巨大戦艦の軌道を変える手段はないのか?」
「はっ、推力がだいぶ衰えていて、現在はほとんど慣性移動しているようですから、あの質量を動かせるだけの運動エネルギーを後方側面から与えられれば、突入軌道をずらせるかと思います」
「ですが真田さん、あれだけの大質量に変化を与えられる攻撃なんて」
  もはや、三隻とも波動砲を撃てるだけの余力はない。最後の手段はズォーダーの危惧したとおりに波動エンジンを全開にして特攻するだけだが、果たしてこれほど傷ついた波動エンジンからそれだけのエネルギーをしぼりだせるかどうか。いや、それはできない。
「古代、忘れるなよ。彗星帝国との戦いが終わっても、まだまだ宇宙には危険な恒星間国家が存在しているのだ。特攻はできん、『ヤマト』は生き延びなくてはならんのだ」
「艦長……わかりました。だが、現実問題としてどうやってあの化け物を止めればいいんだ」
  古代の眼前には、ゆっくりと、しかし確実に地球に迫っていく超巨大戦艦の巨影が立ちはだかっている。
「相原、『武蔵』との連絡はとれないのか? あの船の火力ならばあるいは」
  島がそう言うと、一同の顔に微妙な色が浮かんだ。確かに、『武蔵』のこの時代から見れば化け物じみた破壊力であれば超巨大戦艦といえども消滅させられるに違いないが、最後の最後で他人頼みというのは愉快であろうはずもない。
「皆、気持ちはわかるが、今は誰の力を借りようと地球を救うことが先決だ。相原、どうだ?」
「はい……出ました、『武蔵』の藤堂艦長です」
  ビデオパネルに、近距離にワープアウトしてステルスで隠れていた『武蔵』の藤堂艦長が映し出された。
  土方艦長は、藤堂艦長に『武蔵』の威力をもっての超巨大戦艦撃破を要請したが、藤堂艦長はそれを拒絶した。
「土方艦長、申し訳ありませんが、この歴史でのターニングポイントは『ヤマト』……つまり地球人類すべてが見ている前で、『ヤマト』が勝つことが重要なのです。古来、鎌倉時代の元寇で、台風に救われた日本人が神風ばかりを期待するようになった故事を見るとおりに」
「なるほど……しかし、現在の『ヤマト』には波動砲を撃つエネルギーさえも残っていません」
「空間転移で『ヤマト』のエンジンにエネルギーを供給します」
  『ヤマト』のクルーたちは、はっと二年前のイスカンダルへの旅のときのことを思い出した。あのとき次元断層内でエネルギー不足で動けなくなった『ヤマト』に、スターシアはイスカンダルからのエネルギー転移で助けてくれたのだ。
「なるほど……真田、どうだ?」
「……計算によれば、通常の一〇パーセントの出力であれば、一発だけ発射が可能です。それ以上のチャージをおこなえば、『ヤマト』そのものがエネルギーに耐えられずに暴発して自壊するでしょう」
「たった一発……それで、あの化け物を止められるのですか?」
  あまりにも少ない計算結果に、相原などが絶望的に叫ぶ。真田は再度自分のデスクに向かうと、いくつかのシミュレート結果を再確認して一つの結論を出した。
「一〇パーセントといっても、波動砲の威力は絶大だ。敵も傷ついていることから、さっき言ったとおり撃沈できなくとも地球への降下軌道から逸らすことくらいはできる。ただし、タイミングと角度が少しでもずれたら、かえって加速させて被害を拡大させてしまうことにもなりかねん」
  波動砲のエネルギーが追加された超巨大戦艦が地表へ墜落したときの被害は、もはや考えたくもない。土方艦長は選択を迫られた。このまま困難を承知で一か八かの波動砲攻撃に賭けるか、安全策をとって『武蔵』に攻撃してもらうか。
「古代、ガンナーとしてのお前の腕を信頼してもよいだろうな?」
「えっ……あっ、はいっ!」
「よろしい、ならば決着は我々の手でつけよう」
  その瞬間、『ヤマト』のクルーたちに顔に我が意を得たりとの輝きが宿った。
「真田、森、太田、座標計算で攻撃に最適な位置を割り出せ。島、攻撃ポイントへの遷移はまかせる。南部、全力で古代をアシストせよ。徳川機関長、波動エンジンを最後まで維持してくれ。相原、『蝦夷』と『メリーランド』に、『ヤマト』を死守せよと命令」
  流れるように繰り出された土方艦長の命令に、各員がそれぞれ「了解」の一声で答えて、『ヤマト』は正真正銘最後の力を振り絞って、波動砲の発射準備をはじめた。
「藤堂艦長、あなたがたはこれからどうなさるのです?」
「我々にも、最後にやらねばならない仕事があります。ご存知でしょう、史実でどうやってあの超巨大戦艦が撃破されたのか?」
「なるほど……しかし、いったいいかなる手段をもって?」
「一応の手段はあります。この『武蔵』をもってしても、可能かどうかは五分五分ですがね。ですが、心あるものどうし、なんとかなると信じています」
「わかりました。では我々もあなた方を信じましょう」
  藤堂艦長と『武蔵』のクルーたちは敬礼をしてビデオパネルから消えた。
  そして、それと同時に徳川機関長の席の波動エネルギーメーターが赤々と輝き始める。
「艦長、波動エンジン内圧力上昇中、『武蔵』からのエネルギー伝達が来ました」
「さっそく来たか。ようし、これが最後の砲撃だ、総員波動砲発射用意にかかれ!」
「了解!」
  ボロボロになった『ヤマト』は、残された最後の力を波動砲に込めて、起死回生の一撃を放つべく、上下一心、ベッドに横たわっていた重傷患者すら気力で自らを奮い起こして、発射までに『ヤマト』が自壊しないように、命を『ヤマト』に与えるように働く。
  すべてはこの一瞬のため、これが終わればすべてが終わる。
「エネルギー充填開始、全エネルギーを波動砲へ!」
「コスモタイガー隊、敵の残存砲を叩け! 少しでも足止めするんだ」
「こちら機関室、徳川だ。総チェックしてみたが、エネルギー伝導管も隔壁ももう限界だ。一発撃ったら波動エンジンはオシャカになる、頼んだぞ」
  さらに、『メリーランド』『蝦夷』も、『ヤマト』を死守するべく、すべての敵弾を我が身を盾にしてかばいだし、それを見届けた『武蔵』は、自分たちにしかできない唯一の仕事をするために、船を動かしていった。
 
「藤堂艦長、『ヤマト』へのエネルギー転送に成功。本艦の機能には影響がありません」
「ようし、では我々も最後の仕事にかかるぞ、亜空間ソナー展開用意、通常原子とはバリオン数の逆、反陽子と反電子を探すんだ」
  『武蔵』の亜空間ソナーは、同時代の護衛艦のものと比べれば簡便なものではあるが、この時代のものとは段違いの性能を誇る。それがこの時代では観測できない特殊電波を放射して、空間の歪みなどで反射してくる電波の波形から、この空間の目には見えないものを探す。ただし、その対象は潜宙艦ではない。
「……反応ありました。九時の方向、距離三七宇宙キロ」
「そうか……宇宙船にも頼らず、数千光年を踏破するとは、あらかじめ知ってはいても常識では計り知れないな」
  神村少尉が、特殊な設定にしたレーダーに映った、これまで見たこともないようなエネルギー反応を持つ不可視の存在に戦慄を隔せずに報告すると、藤堂艦長や黒田大尉は疲労したかのようにつぶやいた。
  地球や暗黒星団の宇宙航行の歴史を紐解いても、たった一つしか記録されていない大宇宙の神秘を感じさせる事実。それに、『武蔵』はいどもうとしている。
「考えている時間はないな。交信できるか?」
「予定通り、ワープ中の艦艇と交信する際の超空間パルスを用いればなんとか」
  この時代では不可能でも、二十五世紀にはワープ途中の艦艇と亜空間交信する技術がすでに確立している。それを使ってこれからおこなおうとしていることは、史実においてこの戦争に終幕を引いた存在とのコンタクトだった。
 
”わたしはテレサ……テレザートのテレサ……わたしに話しかけてくる人は、誰ですか?”
「私は地球防衛軍、宇宙戦艦『武蔵』艦長、藤堂氷と申します。いえ、肩書きなどはこの際どうでもよろしいですな。あなたと同じ、この不毛な争いの行く末を憂える人間と思っていただければけっこうです」
 
  藤堂艦長は、この『武蔵』の通信設備をもってしてもやっとさばききれているほどに強力なテレサの精神波に空恐ろしいものを感じた。宇宙の歴史上、たった一人だけ確認されている反物質人間テレサ。かつて超巨大戦艦を我が身と引き換えに消滅させたという彼女を前にして、藤堂艦長は逃げたくなる心を抑えて言葉を続けた。
「単刀直入に申しましょう。我々は、あなたが反物質世界の人間であることも。そして、おそらくはあなたが生命と引き換えにして、あの超巨大戦艦を倒そうとしていることも知っています」
”そうですか、私に自らの力で語りかけてきたものは、あなたがたが初めてです。その言葉のとおり、私はこの世界には受け入れられない体をもっています。ですが、私のこの体が宇宙の平和のために役立てられるならば、心残りはありません”
「ご立派です。しかし、ご好意には感謝しますが、地球の平和は地球人自らの手で守り抜いてこそ価値があるのです。今、地球人は最後の可能性に賭けて戦おうとしています。いま少し、時間を与えてはくれないでしょうか?」
”ですが、これ以上ズォーダーの船が地球に近づけば、私の力で倒すことはできても、地球に多大な被害をもたらしてしまいます。それでもよろしいのですか?”
  確かに、反物質の体を持つテレサが触れるだけで超巨大戦艦は史実どおりに跡形も残さず消え去ってしまうだろう。ただし、反物質が常物質と反応するときの破壊力は尋常ではなく、これ以上地球に近づけたらその膨大な質量が崩壊するときの余剰エネルギーが大気圏を貫き、熱波と衝撃波となって地上を襲うだろう。
  だが、藤堂艦長はその可能性をあらかじめ想定しており、ほんの半瞬だけ目をつぶってから、強い決意をもって開いた。
「いえ、地球に被害は出させません。そのためにこそ我々はいます」
  すると荒島をはじめとする『武蔵』のクルーたちも次々と口をそろえて叫ぶように言った。
「そうだぜ、人の手を借りなくても地球の平和は地球人の手で守るんだぜ。あんたはいっちゃ悪いがおせっかいだ」
「地球も俺たちも、まだやれることをやりつくしちゃいない。特に、こいつは相当なまけてる」
「んだと葉月! 一番暇なのはお前だろ」
「荒島さん、葉月さん、こんなときになにやってるんですか」
  が、話を早々に横道に逸れさせた荒島と葉月のバカコンビを山城と桜田の二人が脇にどかすと、神村少尉や黒田大尉ら真面目組が前に出た。
「すみませんテレサさん。うちの馬鹿な男どもの言うことはほっといてください。私たちには、まだ試したいことが残っています」
「そうです。それに、我々はあなたもまた救いたいんです」
”私を……?”
「はい、失礼ですが、もしこの戦いがあなたの力を必要とせず終わったら、あなたはいったいどうなさるおつもりだったのですか?」
  テレサは黒田大尉の問いに、数秒の間をおいてから答えた。
”私は、この世界には拒絶される体を、宇宙の平和の脅威にならないように、この銀河から立ち去るつもりでした”
  その答えを、藤堂艦長や神村少尉は暗然として聞いた。
  やはり、テレサは最初から死ぬつもりだったのか。無理もない、あのズォーダーでさえその存在を恐れ、艦隊や守備隊までつけて厳重に幽閉していたほどの存在だ。その強すぎる力は宇宙のどこへ行っても争いの種になってしまうだろう。
  だが……この時代のどの星間国家のテクノロジーをもってしても不可能であるが、二十五世紀の地球と暗黒星団の技術を合わせて生み出された『武蔵』には、一つだけ手段がある。
  黒田大尉は、この戦艦『武蔵』の構造から、その唯一の手段を研究して、『武蔵』自身にとっても危険だが、テレサの力を無力化する方法を突き止めていた。
「反物質とは、我々の宇宙を構成する常物質の持つプラスの電荷を持つ陽子と中性子とは正反対の、マイナスの半陽子と半中性子からできている。つまり、この電荷を逆転させることができれば反物質を常物質化、すなわち無害化することができる」
  反物質を人工的に、量子加速器で作ることができることの反対である。あくまで理論上のことであるが……
「ただ、そのためには電荷を反転させる反物質が生み出す量をはるかに超えるエネルギーが必要で、それは『武蔵』の波動エンジンを全開にしても作り出すことはできません」
  単純に数値で表せば、『ヤマト』の波動砲一千隻分以上。二十五世紀の技術で作られた『武蔵』の波動エンジンでも不可能な量だ。
  しかし、波動エンジン単体では不可能だが、『武蔵』にはもう一つ、暗黒星団式のエンジンが補助機関として装備されていて、それも無限β砲を発射するくらいのエネルギー放出量を持つ。けれど、この両方のエンジンをフル稼働させたとしても目標のエネルギー数値には及ばないが、この二つのエンジンが生み出すエネルギーには、ある特殊な相性がある。
「波動融合反応」
  かつて暗黒銀河でグロータス准将のゴルバ型浮遊要塞七基を瞬時に消滅させた、波動エネルギーと暗黒星団の物質が反応することによって生じる、対消滅にも匹敵する莫大なパワーを利用することができれば、それだけの力を『武蔵』単艦で作り出すことができる。そして、この『武蔵』には試作品として、その兵器のプロトタイプが試験的に搭載されていた。
  藤堂艦長は、今この宇宙でそれができるのは自分だけだと、全員を見渡した。
「だが、これは皆も知ってのとおり、波動融合反応は非常に制御が難しく、二十五世紀においても完全な実用化にはこぎつけられてはいない。それでも、やるしかない。そして、私はこれがこの『武蔵』がこの時代に来た本当の理由だと思う」
  すべてのことには意味がある。この世に絶対の運命をつかさどる神がいるなどとは思わなくても、自分の存在に意味を見出した人間は、それから目をそむけることはできない。
  テレサは、黒田大尉や藤堂艦長から、反物質の存在ではなくなれる可能性があることをじっと聞いていたが、やがておもむろに口を開いた。
”わかりました。私の運命、私の未来、あなた方に託しましょう”
  悲しげなテレサの声を聞き、『武蔵』の面々は決意を新たにした。テレサとて、好きで死のうとしてるわけではない。この世に生を受けた生き物は、すべて可能な限り生きる義務がある。反物質として生まれたのは、テレサの責任ではない。
「ようし! 艦内全エネルギー停止、β波動砲発射用意!」
  『武蔵』の封印されていた試作秘匿兵器が、艦長席のパネルから特殊キーで解除され、絶対に使用してはいけないといわれていた最強兵器がうなりをあげて始動をはじめる。
「波動エンジン、補助エンジン、ともに出力一〇〇パーセントから上昇中」
「黒田大尉、コンピューター計算ではどうだ?」
「最終計算の結果、波動融合反応に成功する確率は、最大八十五パーセントと出ました」
「高いと見るか低いと見るかは人しだいだな。しかし、絶対を待っていては何も始まらん。『武蔵』の全将兵に告ぐ、我らの日々の鍛錬は正しく今日のためにあった。総員の最大限の努力に期待する!」
  藤堂艦長の檄が飛び、『武蔵』にかつてない緊張が走る。
  これまでの楽勝そのものであった戦いとは違い、これは一つ間違えば『武蔵』が粉々に吹っ飛んでしまうかもしれない危険な賭けだ。コンピューターでは高い確率が出ているものの、使い手が少しでもミスをすれば、十五パーセントの陥落は容赦なく『武蔵』を飲み込むだろう。
  最大限の緊張と、人間になしえる極限の努力の中で、テレサを救うべく『武蔵』の波動エンジンと暗黒星団製の補助エンジンがフライホイールを大回転させ、究極兵器に必要なパワーを充填する。
「β波動砲、安全装置を解除。もうこれから先は後戻りはできん。覚悟はいいな」
「はっ!」
  艦長席のスロットに、艦長のみが持っているブラックカードが挿入され、β波動砲の最終セーフティが解除されると同時に、荒島中尉の席に波動砲のトリガーがせり出した。
「β波動砲、手動照準。ターゲットスコープオープン・電影クロスゲージ、明度一〇。最終セーフティロック解除」
「薬室内エネルギー上昇。エネルギー融合開始」
  『武蔵』の薬室に、波動エンジンと補助エンジンのエネルギーが注ぎ込まれ、内部で波動融合反応が始まる。
〔こちら機関室! と、とんでもないエネルギー量です〕
  装備はされていたが、テストすらおこなったことのないβ波動砲の圧倒的なパワーに機関員も、沸騰したやかんを目の前をしたように慌てた声で叫ぶと、権藤機関長が叱咤するように怒鳴り返す。
「慌てるな! こんなものはまだ序の口だぞ。待ってろ、私もそちらに降りる」
  もはやベテランに近い機関員たちですら、β波動砲のパワーには恐怖を感じている。これがフルパワーにまで充填されたらどれほどのものになるかは想像もつかない。
 
  また、超巨大戦艦へと最後の攻撃をかけようとしていたヤマトら三隻も、死闘の中へ身をおいていた。
  超巨大戦艦の各部に装備されていた、アスタロスと同型の殲滅戦艦が分離してヤマトを破壊しようと狙ってくるのを、『蝦夷』と『メリーランド』が身を挺して守ろうとする。
「敵、砲台戦艦、まっすぐに突っ込んできます!」
「主砲、斉射! だめなら体当たりしてでも止めろ」
  敵もこれまでの戦闘で傷つき、火力は激減しているから砲撃の応酬は少ないけれど、突撃してくる戦艦の質量はそれだけでも恐るべき脅威である。
「彗星帝国ガトランティスの軍人の意地を見るがいい!」
  特攻を選んだ殲滅戦艦の艦長も、ヤマトらに劣らぬ執念で迫り、一隻が『蝦夷』の艦首で艦橋を押しつぶされて撃沈する。
  意地と意地、執念と執念、勝利を目指して心と心のぶつかり合いが続く。
「こちら『蝦夷』、敵艦一隻撃沈なるも艦首大破! 大火災発生につき、無念なれど戦闘を離脱します」
「『メリーランド』から『ヤマト』へ、全兵装使用不能。これより敵艦への突入を開始いたします」
  傷つきながらも奇跡的な奮戦を続けてきた二戦艦もとうとう力尽きてそれぞれ一隻ずつの敵艦とからみあって戦列を離れた。けれど、彼らの奮戦は時を充分に稼ぎ、『ヤマト』に望みうる最良の射点へといざなうことに成功した。
「ターゲットスコープオープン・電影クロスゲージ明度二十!」
  古代の戦闘班長席にせりあがってきたターゲットスコープに超巨大戦艦が映り、古代の指が最後の波動砲発射のためにグリップを握る。その横顔に島は信頼を込めて告げた。
「古代、俺たちにできるのはここまでだ。あとはまかせたぞ」
  すでに『ヤマト』も廃艦寸前にまで傷つき、第一艦橋も計器の半分以上が機能を失っている。これが自動制御の戦艦だったらとっくに動けなくなっているところだ。しかし『ヤマト』では使えなくなった機械の分を人間が埋めて、常識を超えたしぶとさを発揮してきた……が、それもここまでだ。医務室は負傷者であふれ、応急処置をするクルーももうほとんどいない。これを撃てば『ヤマト』は完全に身動きがとれなくなってしまうだろう。
「発射十秒前。総員、対ショック、対閃光防御」
  防護グラスを全員がかけ、来るべき一瞬に備える。
  眼前には、『蝦夷』と『メリーランド』を突破してきた最後の敵艦が体当たりを慣行せんと迫ってくるが、避ける余裕などはない。
「五、四、三……」
  古代の声が確実に一秒ずつ時を刻み、ゼロと口にするのと同時にトリガーを引き絞る。
  圧縮された波動エネルギーが薬室から波動砲口へと押し出され、白色の光芒となって現世に生来する。それと引き換えに、限界まで酷使されていた波動エンジンは隔壁や伝導管が焼けきれ、フライホイールが本体からはじけ飛んで完全に死んだ。
  しかし、『ヤマト』最後の咆哮は前方に立ちはだかっていた敵艦を飲み込んで粉砕し、そのまま一直線に超巨大戦艦の右舷中央部に吸い込まれて大爆発を引き起こした。
「やったか!?」
「敵、巨大戦艦のエネルギー反応が分断しています。これは……折れますよ」
  雪の叫んだとおり、超巨大戦艦は中央から二つに裂けて、くの字に折れて千切れ始めていた。
  そして、『武蔵』も満を持してβ波動砲を撃ちはなった。白色彗星すらはるかに超える、超超エネルギーの奔流がテレサの反物質とぶつかり合って、対消滅のエネルギーを相殺していく。反物質からこの宇宙の物質へと……人類史上誰もおこなったことのない試みは、二十五世紀の技術を注ぎ込んで建造されたこの戦艦といえども代償なくては終わらなかった。
  相反する二つのエネルギーの過負荷に耐え切れず、波動圧搾ボルトがはじけとび、補助エンジンに逆流しかけたエネルギーを食い止めるためにエネルギー伝導菅の安全装置が働いて伝導管を自壊させ、噴き出したエネルギーが船体を破って艦外へ漏れ出す。
「第一砲塔、エネルギー注入弁破損。ミサイル発射管、全門応答なし!」
「機関第一から第五隔壁まで閉鎖、第一フライホイール停止しました」
「十七、三十一、三十三区画が停電。生命維持装置にも異常が出始めたか。全乗組員に告ぐ、停電した区画は放棄しろ。まもなく空調が止まるぞ」
  ブリッジは警報音で満たされて、各所から入ってくる損傷報告に荒島から権藤、黒田大尉にいたるまで手が回らない。
  『武蔵』の全戦闘能力の少なくとも六割は停止し、その他の機能も麻痺していく。しかしかつてないほどの被害を受け、その一個の宇宙にも匹敵するエネルギーを作り出した成果は、放たれたエネルギーの全てが嘘のように消え去ったとき、成否を表した。
「エネルギー反応……ゼロ」
「成功……なのか?」
  レーダー反応を計測する神村少尉も、ぽつりとつぶやいた葉月中尉も息を呑んで窓外を見守った。
  光芒が過ぎ去ったあとの宇宙空間は元通りの星空を取り戻し、β波動砲のエネルギーもテレサの姿もどこにも見えない。
  まさか、双方のエネルギーが相殺しあい、対消滅してしまったのでは……不吉な予感が『武蔵』のブリッジを包んだ。
  だがそのとき、ブリッジの中央部、次元羅針盤の設置されている場所のすぐ前に突然金色の光が現れた。
「うわっ!?」
  まるで至近に太陽が出現したようなまばゆい輝きに、『武蔵』のクルーたちは思わず目を押さえた。光は生き物のように明滅し、やがて燃え尽きるように光量を落としていくと、その中から長い金髪を衣のように見にまとわせた裸身の女性が現れた。
「あ、あなたは」
「私はテレサ……あなた方の力で、反物質で構成されていた私の体は、この世界に受け入れられるものに変わることができました。代わりに力は失われましたが、あの瞬間、最後の力を使ってこの船にワープしました」
  穏やかに語るテレサの言葉は、これまでの思念波で擬似的に構成されたものではなく、現実に空気を揺らしてクルーたちの耳に届いた。
  そして、レーダー席から立ち上がって、そっと手を差し伸べた神村少尉の手をテレサがとったとき、作戦が成功したのだということを誰もが知って、歓声が立ち上った。
「ようこそテレサ、戦艦『武蔵』へ」
「ありがとうございます藤堂艦長。しかし、反物質人間としての力が失われてしまった私は、もう普通の人間と変わりません。もう帰るべき星もない私ですが、この船に置いていただけないでしょうか?」
  藤堂艦長ほか『武蔵』のクルーたちに異論があろうはずはなかった。
「もちろんです。賓客として歓迎します……さて、神村、お前の予備の服を貸してやれ。目の毒だ」
  そう言って、悪いと思った藤堂艦長は目を逸らした。なにせテレサの姿は長い金髪が羽衣のように全身を覆っているものの一糸もまとってはいない。健康な男子からすれば少々刺激が強かった。神村少尉は言われるまでもなくテレサの姿を隠しながら、「見ないでよ! まったくこれだからうちの男たちは」と、荒島中尉や葉月中尉に怒鳴りながら、よくわかっていない様子のテレサを艦橋から連れて行った。
「艦長、テレサをこれからどうなさるおつもりですか?」
  権藤大尉がそう尋ねると、藤堂艦長は指で椅子の肘掛を数度叩いて答えた。
「『ヤマト』に、この時代の地球に託すのがいいと思うが、難しいところがあるだろうな」
「そうですね。この時代の地球は、まだ異星人を受け入れたことはありませんから」
  二十五世紀こそ、地球には暗黒星団やその傘下の惑星の住人が多数居住しているけれど、ガミラスに続いて彗星帝国と、二つの星間国家との抗争しか経験していない地球人には拒否反応が大きいかもしれない。
「なあに、いざとなったら『武蔵』にだって一人くらい入る余地はあるさ。世の中なるようになる。あまり先のことを気にしていてもはじまらんぞ」
「そんなものですかね」
  楽観的な藤堂艦長の答えに、権藤大尉も深く考えてもしょうがないと息をついた。
  一方で、荒島や葉月、山城や桜田のような若者連中はすでにテレサが『武蔵』のクルーになること前提で話をしている。もっとも、そんな様子を想像して、神村少尉はテレサに合う服を探しながら、「私がしっかりしなければ」と決意していた。
  和やかな空気がブリッジに流れ、権藤大尉は藤堂艦長とすっきりした様子で話した。
「ともかく、これで地球は救われましたね」
「ああ、長かったな」
  二人の脳裏に、この時代にタイムスリップしてきてから今までの出来事が駆け巡っていった。長い道のりだったけれど、これで史実を覆して『ヤマト』が生き残り、地球防衛軍もかなりの戦力を残したままで彗星帝国を倒すことができた。
  これで、もしかしたら……藤堂艦長たちがそう思ったとき、黒田大尉の絶叫がブリッジを包んだ。
 
「大変です! 分断された巨大戦艦の半分が地球への落下軌道に入っています!」
 
 
  第35章 完

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