逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第36章 白色彗星帝国の最期

「大変です! 分断された巨大戦艦の後半部が地球への落下軌道に入っています!」
 黒田大尉のその叫びが天国から地獄への招待状だった。『ヤマト』の最後の波動砲攻撃を受けて、真っ二つにちぎれたはずの超巨大戦艦の後ろ部分が、ゆっくりとではあるが確実に地球への落下コースを進んでいるのだ。
 戦勝ムードから一転したブリッジの中で、藤堂艦長は黒田大尉に向けて叫んだ。
「分析しろ! 敵戦艦の地球落下予測地点と想定時間、それから被害の規模をだ!」
「はっ!」
 β波動砲発射の余波でイレギュラーが発生していたコンピューターをなんとかだましながら、黒田大尉は命令された内容を入力し、得られた結果を報告した。
「わかりました! このままの軌道ですと、落下予想地点は南極点半径百キロ圏内。阻止可能限界時間はあと二十分。阻止しきれなかった場合は、地球の地軸が乱れて……地球全体にどれほどの天変地異が発生するのか予想もつきません!」
「くっ! なんてことだ」
 よりにもよって最悪のパターンだ。せっかく『ヤマト』が全力を出し切って倒したと思ったのに、あのバケモノはまだ生きているというのか。
「あの敵艦の中で、まだ人が生きているというのか!?」
「はい、わずかですが生命反応が見られます。でも、もう操縦どころかエネルギーすら残っていないはずなのに、いったいどうやって」
 計算では、これでもう超巨大戦艦は完全に身動きできなくなるはずだったのにと、黒田大尉はどこに見落としがあったのかと必死で探した。実は、ズォーダーは最後の手段として、自分たちのいる区画以外のすべての艦内に残っていた空気を一気に噴出させて、その反動で艦を動かしていた。風船の栓を抜くと飛んでいくのと同じ原理であり、噴出する空気の量が膨大なことと、相対的に艦の重さが減少することからくる、奇跡的な手段であった。藤堂艦長は決断した。
「おのれここまで来て! かくなる上は、もはや文句も言っていられん。砲撃用意、この『武蔵』の火力で奴を沈める!」
「了解! 主砲、発射用意」
 β波動砲の反動で大きなダメージを負ったとはいえ、『武蔵』はまだ三割程度の戦闘力が残っている。二十五世紀であれば戦線離脱しなければならないほどの損傷だが、主砲を撃つくらいの力があれば充分だ。荒島中尉は機能を停止した一番と三番砲塔へのエネルギーも、残った二番、四番砲塔へとまわした。
「二番、四番、右舷二時。仰角ゼロ、射撃準備急げ!」
 無事であった砲が旋回し、砲口を超巨大戦艦に向ける。『武蔵』の火力をもってすれば、超巨大戦艦をも撃破することはまだ充分可能である。だが、『武蔵』の主砲の前に別の影が覆いかぶさった。レーダーを睨んでいた神村少尉の悲鳴がこだまする。
「ああっ! 『ヤマト』が敵艦との射線軸上に。向こうも攻撃態勢をとっているようです」
「なんだと!? 彼らはあれでまだ戦うつもりなのか」
 藤堂艦長たちは、あの損傷で『ヤマト』がまさかまだやる気だとは思っていなかった。この時代の人間が持っていた、最後まであきらめないヤマト魂は彼らを圧倒した。しかし、『武蔵』以上に損傷しているはずの『ヤマト』が、仮に体当たりしたところで形勢は変わるまい。
「すぐに『ヤマト』に連絡をとれ! 止めなくては」
「はっ……だめです! 向こうの通信装置が破損しているようで、まったく応答がありません」
 桜田中尉の悲鳴のような叫びに、藤堂艦長はなんということだと操作席を拳で叩いた。
 さらに、レーダー反応は超巨大戦艦の反対側でも続く。
「ワープアウト反応を複数確認! これは、地球防衛艦隊です」
 アンドロメダをはじめとする地球防衛艦隊の残存艦隊が、青白い光に包まれて現れる。彼らも地球からの中継で『ヤマト』の苦戦を知り、おっとり刀で駆けつけてきたのだ。
 彼らもまた、あのときの戦いの傷がさらに深くなり、ワープに成功したこと自体が奇跡のような艦も多い。総数も、わずかに六隻。だが、彼らはまだあきらめてはいない。アンドロメダの司令は、現状を確認すると最後の命令を下した。
「諸君、よくここまでやってくれた。総員退艦せよ。あとは、私が操縦して敵艦に体当たりする」
 アンドロメダ以外の艦の艦長たちも同じ命令を下した。地球が滅びるくらいならば、死なばもろともとなるくらいの覚悟は宇宙戦士訓練学校に入ったときから決めている。
 次々に特攻を始めようとしている地球艦隊を見て、『武蔵』のクルーたちは戦慄を禁じえなかった。「なんて人たちだ……」、こんな命知らずは見たことが無い。いや、こんな偉大な人々が我らの先祖だったのか。荒島も葉月も、山城や桜田も感動を禁じえない。
 そして、艦橋に響き渡った涼やかだが力強い声が全員の思いを代弁した。
「あの人たちを、死なせてはなりませんね」
 そこには、神村少尉と、彼女の隊員服に身を包んだテレサが立っていた。
「あなたたちは、あの人たちも救おうというのですね。それが正しい道だと、あなた方は信じているのですか?」
「テレサ、我々は少しでもよい未来を地球にもたらそうと考えて、これまで行動してきました。しかし、今気がつきました。どんなにお膳立てしても、結局未来を切り開いていくのはあの人たちの努力なんだと。我々にできることのなにが正解かは、結局答えが出てみるまでわからない。だったら、目の前の命を一つでも救うことにかけてみようと思うのです」
 藤堂艦長の、自分自身と『武蔵』のクルーにもあてた答えに、テレサもだまってうなずいた。
 いろいろあった。この時代に飛ばされてきて試行錯誤、がむしゃらに戦い抜いてきたけれど、正真正銘これが最後の戦いだ。
 結果がどうなるかはわからない。しかし、このまま座視しているより悪い結果がでるとは思えない。藤堂艦長は不敵に笑うと、重荷から解き放たれたように高らかに宣言した。
「ようし! これが本当の最終決戦だ。全艦全速、突撃するぞ!」
「了解!」
 今、獣は鎖から解き放たれた。その身を包み隠すステルス障壁すら消えてなくなり、全容を現した『武蔵』が全速で超巨大戦艦と地球艦隊とのあいだに割り込んでいく。突然現れた見慣れない艦影に、特攻に移ろうとしていたアンドロメダの司令たちは仰天した。
「な、なんだあの艦は!?」
 進路上を横切りにかかってきたために、航法装置の衝突防止機能が働いて速力はがくんと落ちた。そのせいで、特攻するためにやっと調整した速力も進路もズレてしまって、艦橋に一人だけ残った司令ではどうにもならなくなった。
「くそっ、これではすぐに航路を戻せん! いったい何者だ。また新しい敵か?」
 窓外を航行していく大型戦艦を、司令はいぶかしげに見つめた。艦影は、地球の主力級戦艦と酷似しているが、地球の全艦艇の形を暗記している司令も、あんな形の船は見たことも聞いたこともなかった。どうやら損傷もしているようで、黒煙をあげている。しかしあんな船がいきなりどこから現れたのか。
 一方、戦闘空域に無理矢理割り込んできた『武蔵』を見て、『ヤマト』の面々は彼らもまた地球人なのだなと感じていた。
「我々を生かすために、自らの身をさらすのもいとわずに……」
 真田が驚嘆したようにつぶやいた。超巨大戦艦に急接近した『武蔵』が、敵の攻撃を受けてぐらりとよろめく。超巨大戦艦にはもう火力はほとんどなく、船体のブロックを切り離してぶつけてきている。普段ならそのくらいは『武蔵』の装甲ならば軽くはじき返せるのだろうが、損傷を受けた今の『武蔵』ではダメージは免れない。
「左舷兵員室損傷! 中央装甲版剥離!」
「かまうな! 撃て」
 黒煙を吹き上げながらも『武蔵』の主砲が火を噴く。五十一センチ衝撃波砲の威力は、この時代で同等の口径の主砲を持っていた『アンドロメダ』のものさえもはるかにしのぎ、超巨大戦艦の船体を貫通した。だが、強力すぎることが裏目に出て、貫通して穴を空けただけで決定的なダメージまではいたっていない。
「しまった。敵の装甲を計算するのを忘れてたぜ!」
 荒島が舌打ちするのと同時に、『武蔵』がまた被弾して振動する。砲撃を敵の艦内で炸裂させてダメージを与えるにはエネルギーをしぼって撃つ必要がある。けれども、砲塔が残り二基しか使えない『武蔵』はそんなに連発することができない。そのとき、敵巨大戦艦に向かって『ヤマト』の砲撃が命中した。その爆裂で、超巨大戦艦がぐらりと揺れて葉月が驚いた声をあげた。
「おいおい、もう主砲を撃てるようになってんのかよ。なんてえ修理速度だ」
「さすがは、稀代の名技術者と呼ばれた真田技師長だな」
 黒田大尉も、あれは私も不可能だとばかりにうなずく。技術者がトップクラスの実力を持ち、なおかつ船の構造を隅々まで知り尽くしていなくては不可能な芸当。しかも、連戦で疲労と負傷は極限まで蓄積しているはずなのに、人間の持つ限界を超えた力は、真空の宇宙をはさんでなお、未来の人間たちを圧倒した。
「こっちも主砲はどうした!?」
「はっ!」
 ひるがえって『武蔵』も主砲を撃つ。今度は威力を調節しているので爆発が起こり、超巨大戦艦の一角が抉り取られる。
 しかし、超巨大戦艦はいまだに地球への落下コースにあり、ほんの小さな破片でも超金属の塊であるために地球に落下したら大惨事が起きる。いや、バラバラになった破片が流星雨のように各地に降り注げば、広範囲に甚大な被害が出るのは間違いない。それを防ぐには、跡形もなく粉砕するしかない。
 
 だが、なおもしぶとく生き残っている超巨大戦艦でも、地球に負けじと執念を燃やしていた。
「超巨大戦艦ガトランティス、時限自爆装置作動しました」
「うむ、地球人め。我が偉大なる帝国が、このまま屈辱を甘受する惰弱な民族だと思うなよ。思い知らせてくれるわ!」
 怒気を込めてズォーダーは叫ぶ。もはや、地球壊滅は望みがたいが、むざむざと地球人に勝利の果実をむさぼらせるわけにはいかない。この宇宙でもっとも強い民族は何者であるのか、それを知らしめすのが大帝たる我の使命である。
「あの大型戦艦を集中して狙え!」
 もはやほとんどの兵器が破壊された超巨大戦艦にとって、残された最後の武器はその巨体そのものだ。切り離された破片をぶつけるだけでなく、ミサイル弾薬庫の自爆の衝撃波が地球艦隊を揺さぶる。
 その中でも特に集中して狙われたのは『武蔵』だった。その理由は『武蔵』が最大の攻撃力を有しているからだけではなく。
「機関微速! 敵の攻撃はすべてこの『武蔵』で受けろ!」
 藤堂艦長は地球艦隊を守ろうと、一身を持って盾艦となっていた。損壊箇所からじわじわと衝撃が蓄積し、艦内の機器が破壊されていく。
 通路は地震が起きているように揺れ、応急修理の要員がせわしなく動き回る。
「左舷、ミサイル庫炎上! 消火不能、艦外投棄します」
「補助エンジン伝道菅、三番閉鎖、出力十パーセントダウンします」
 本来の防御力を発揮できなくなった『武蔵』へのダメージは、想像以上の速さで蓄積していった。さらに、今まで損傷らしい損傷を経験してこなかったことも応急修理を困難にする要因になった。情けない話ではあるが、『武蔵』のクルーの錬度は決してほめられたレベルではない。やる気と根性でカバーしようと思っても、できないことはできないのだ。
 だがそれでも、『武蔵』は地球艦隊の楯として動くわけにはいかない。ここで地球艦隊が全滅したら、これまでやってきたことすべてが無駄になってしまう。生まれて初めて死闘を経験した『武蔵』のクルーたちはこのとき神がかった実力を発揮した。
「射撃レーダー破損! 戦闘班長、もう撃てません」
「バカヤロウ! てめえの目で見て撃て、外れると思うか!」
 荒島は機械力に頼った部下を叱り付けた。半分やけになってはいるが、それでもあきらめてはいない闘志が部下に伝わって、目測で放たれた砲撃は超巨大戦艦の一角を削り取った。
 さらに、超巨大戦艦から分離した破片が地球艦隊へ向かうのには、葉月が対応する。
「零式空間魚雷用意、狙いはつけなくていい。魚雷のホーミングにまかせろ」
 損害を受けていない魚雷発射管から、零式空間魚雷が放たれて破片を爆破する。さらにそれを潜り抜けた破片には、シューティングスター隊が攻撃を加えた。
「ちっ、最後の仕事がこんなゴミ掃除とは冴えねえなあ」
「肝心なときにミサイルが尽きたんだから仕方ないだろ。サボるなよ桑田」
 パルスレーザーでアンドロメダの艦橋への直撃コースをとっていた破片を爆破しつつ、武部少尉は次の目標へと視線を向けていた。
 彼らの後方からは、倉田と剣の機体も指揮官機に遅れまいと必死についてくる。
「隊長! 三時の方向から別のスペースデブリが来ます」
「よし倉田、それはお前に任す」
「えっ? 私一人でですか」
「今はとにかく手が足りん! お前も、一人前の働きをしてみせろ」
「はっ、はい!」
 武部は、まだ卵の殻がとれきれないひよこの尻を蹴っ飛ばすと、自分もビームの連射を残骸に叩き込んだ。
「剣、お前はまだ俺のケツにひっついてくるか?」
「いえ、自分も倉田に遅れをとるのは遠慮したいと考えます。隊長、単機行動の許可を願います!」
「やらいでか、これで俺も面倒な荷物を放り出せるって寸法だ。ただ言っとくが、後でやっぱりだめだったと後悔しても、俺は助けに行ってやらねえし責任も持たん。一騎駆けを言い出したからにはてめえのケツはてめえでもてよ!」
「はっ!」
「ようし、行ってこい」
 桑田もぞんざいな口調ながら、教え子を一人立ちさせた。彼らはもう自分たちがいなくても大丈夫だろう。腕よりも、戦場における度胸が充分にすわっている。西暦二四〇四年に残っていたら将来撃墜王として名を残していたかもしれない。この時代ではいくら活躍しても残ることはないのが残念ではあるが、彼らが自分たちの部下であったことは喜ばしいことなのだろう。
「まあいい。小難しいことは終わってから考えるか。お楽しみは、まだまだこれからさ」
 不気味な笑いを浮かべると、桑田は好きなだけ破壊していい目標へと機首を向けた。
 一方、未来の高速戦闘機の活躍を横目で観戦しつつ、ヤマトのコスモタイガー隊も最後の力を振り絞る。
「全員、顔をひっぱたいて気合を入れなおせ! 宇宙の魔女に寝ぼけた面をさらして呆れられたら地球の恥だぜ!」
 加藤のジョークを交えた訓辞が飛び、精神力をすり減らして飛んでいた隊員たちは苦笑とともに操縦桿を握りなおす。
 すでにコスモタイガー隊だけでなく、一人の例外なく限界まで力を振り絞って戦っている。戦闘の興奮が肉体の疲労を忘れさせる効果はあるといっても、アドレナリンの効力とて無限ではない。イスカンダル戦から、限界を超えた戦いを何度も繰り返してきた彼らは、その限界を超えた先でも自分たちを引っ張っていってくれる隊長がいることに感謝した。
「こちら山本、俺の隊は艦隊の左舷の防空にあたるぜ」
「鶴見です。アンドロメダ上空の防空に向かいます」
「よし! あとのことはお前らにまかせる。格納庫で祝杯をあげるまで、落っこちるんじゃねえぞ」
 加藤の激とともに、全コスモタイガーは宇宙の虎の名にふさわしく、パルスレーザーという輝く牙を敵の肉塊につきたてていった。
 
 超巨大戦艦は燃え盛り、すでにありし原型を今の形から想像するのは不可能になりつつある。それでも、その総トン数は百万トンをゆうに超え、大気圏で燃え尽きることのない超金属の塊だけに、地表に落下したときの破壊力はかつての遊星爆弾の非ではない。
「爆破限界点まで、あと一〇分!」
 無慈悲に減少し続けるカウンターを読む神村少尉の声が、『武蔵』のブリッジに残酷にこだまする。一〇分、たったの六百秒に過ぎない取るに足りない時間かもしれないが、その貴重なことのなんと尊いことよ。撃っても撃っても、外見的には応える様子のない超巨大戦艦に、荒島は苛立った声をあげた。
「ウドの大木でも、でかいってことはそれだけで反則だぜ」
 こちらの砲撃は、表面をえぐるか反対側へ貫通するだけで、効いたようには思えない。少なくとも、荒島や『武蔵』のクルーたちはそう思った。
 タイムリミットが過ぎたら……地球大気圏に突入されたら、もはやいかような手段をこうじても阻止は不可能となる。ならば、残された手は……藤堂艦長が、決断を。未来に帰れるかもしれないわずかな可能性を放棄することになるかもしれない決断をしようとしたとき、桜田中尉の通信席に、完全に沈黙していたはずのランプが灯った。
「か、艦長! 『ヤマト』から、『ヤマト』から入電しました」
「なにっ! スクリーンに投影せよ」
 『武蔵』のメインスクリーンが揺らめき、そこに『ヤマト』の土方艦長の姿が浮かび上がった。
「藤堂艦長、ようやく通信機の修理が完了しました。そちらは、いかがですか?」
「見ての通りです。二百年の差があるとうぬぼれて、自艦の力を過信したばかりに大変なことになってしまいました。あなた方、この時代の人々にはかえってご迷惑をおかけしてしまったようで、わびる言葉もありません」
「いえ、あなた方はよくしてくださった。問題は、敵も我々と同じようにがんばったからというだけです。藤堂艦長、いろいろとお世話になりました。あとは我々が引き受けます。どうか、退避なさってください」
「なんですって! それは」
 『ヤマト』を敵に突入させる。それ以外に今できうる手はないはずだった。愕然とした藤堂艦長、『武蔵』の面々は必死に引きとめようとした。ここで『ヤマト』を沈めてはならない、『ヤマト』を失ったことで未来がどういう道を進んだのかを忘れたのかと。
 しかし、土方艦長は白髪の濃い前髪のかかった瞳をわずかに細めると、そうはならないと説いた。
「敵艦に突入するために残る人間は私一人で、残りのクルー全員は退艦させます。古代以下、本来死ぬはずだった人間が生き残るだけでも大きく歴史は動くでしょう。それに、『ヤマト』も死ぬわけではない。あの坊の岬に沈んだ戦艦大和が宇宙戦艦ヤマトに生まれ変わったように、鉄くずからでも『ヤマト』は復活できる。大事なのは、器ではなく魂、そうでしょう」
「『ヤマト』を敵と刺し違えさせて、後に再建するというのですか。確かに、それも……」
 藤堂艦長は、土方艦長の壮絶な覚悟に圧倒されながらも考えた。
 『ヤマト』を再建する。そんなことが可能だろうか? 確かに物理的には不可能なことではない。『ヤマト』の主要クルーに戦死者はいないので人間は残っている。工場長の真田の技術力と、砲術長の南部は『ヤマト』を建造した南部重工の御曹司であるために顔が利く。しかし、可能とはどうしても思えなかった。
「いえ、やはり無理です。『ヤマト』の再生、それ自体は不可能ではないでしょうが、軍から賛同はまず得られないでしょう。『ヤマト』はコスト度外視の一艦のみの船ですから、再建しようとすれば『アンドロメダ』並みの予算と資材がいります。コストダウンを狙って再設計しなおすとしても、主力級戦艦を量産したほうがいいということになります。量産型戦艦の一隻としての『ヤマト』など価値がありません。第一、我々の世界で『ヤマト』の再建がならなかったことから、可能性は低いものと考えます」
 土方艦長のめじりにしわがよるのがスクリーンごしでもわかった。水を差してしまったようで申し訳ない気持ちはあるけれど、今は気を遣っているような場合ではない。
 だが、『ヤマト』の特攻に代わる良策などあるだろうか。もう、満足に戦闘能力を有している艦は一隻もなく、タイムリミットは刻々と迫ってきている。
 しかし、策に窮しているのは敵も同じであった。
「大帝、ガトランティスの機能の九十八パーセントは消失しました。これ以上本艦にとどまっては、脱出は不可能になります」
「地球人め、死人のようにしぶとい奴らだ。だが、ここで操舵をやめればコースが狂うではないか」
 ズォーダー大帝は、空中分解寸前の超巨大戦艦のブリッジで苛立って怒鳴った。実は、超巨大戦艦の状況は地球側が考えているほどよくはなかった。圧倒的な巨体に幻惑され、気づいていないものの、ガトランティスはすでに浮かぶ鉄くずと呼んで等しい。ブリッジの生命維持機能が生きているだけで奇跡的なのである。側近の一人が、射殺されるのを覚悟で大帝に進言した。
「大帝、残念ですがガトランティスをコントロールすることはもう不可能です。この上は、少しでも安全なうちに脱出をすべきかと存じます」
「脱出だと? このわしに、先祖古来より預かった艦を半ばで捨てて逃げ帰れというのか!」
「いいえ大帝、お恐れながらこのままでは地球人と共倒れになってしまいます。目標をずれたとしても、地球に与える被害は甚大で、復興には数年を有するでしょう。デスラー総統も屈辱の後に再起を果たしたのです。都市帝国はまだ作れますが、大帝の血筋をこんな場所で絶やしてよいはずがありません」
「う、ぬぅ……」
 デスラーの名が出されたことで、ズォーダーの顔に微小な変化が表れた。デスラーに対して少なからざる敬意を抱いているズォーダーとしては、彼に倣うことはやぶさかではない。
 ややためらいをのぞかせた後に、ズォーダーは決断した。
「よかろう、退避しよう」
「はっ、それではこちらへ」
 進言が受け入れられたことでほっとする側近に先導され、ズォーダーは機能を失いつつあるブリッジから退室していった。通路はあちこち瓦礫が散乱しており、思ったよりも損害が激しいことがわかる。脱出用宇宙船はまだ無事だろうが、これ以上いては脱出も不可能になる。
 奇跡的に無事であった脱出ハッチから、デスバテーターの改造型小型艇でズォーダーは離艦した。
「みておれ地球人どもめ。この復讐は必ずするぞ」
 窓から後方を見返したズォーダーは、燃え盛る超巨大戦艦の姿に歯を食いしばった。今はやむを得ず引くが、次に来るときは必ず地球を我が物にしてくれる。
 周辺にはまだ地球艦隊が遊弋しているが、この宇宙艇は黒色塗装で宇宙の闇に溶け込み、対レーダー妨害対策も施したステルス偵察機タイプなので見つかる恐れはない。いまだ攻撃を続けている地球艦隊も睨みつけ、ズォーダーの心に憎悪の炎が燃え盛っていく。
 だが、この時代のレーダーに捉えられなくとも、はるかに進化した未来の船である『武蔵』のレーダーには機影を捉えられていた。
「艦長、超巨大戦艦から小型艇が離脱しました」
「それがおそらくズォーダー大帝の脱出船だな。ここで逃せば、やつらは必ず地球への復讐をもくろむだろう……撃墜せよ!」
 感情を抑えて、藤堂艦長は非情な命令をくだした。逃げる相手を撃つのは愉快なものではないが、彗星帝国が復活したら地球だけでなく宇宙全体にとって必ず大きな災いとなる。もしこれを発見したのが『ヤマト』であったなら見逃されたかもしれないが、未来を知っている藤堂艦長としては、今後暗黒星団帝国やボラー連邦との戦いが控えている中で、敵を残しておくことは断じて避けたかった。
 命令を受けて、荒島中尉はすぐにズォーダーの脱出艇を撃墜しようと、現在使える武装をチェックした。主砲、ミサイル、どれも手一杯であるが、手の空いている部隊がひとつある。
「了解、『武蔵』の武装は使用できませんので追撃は艦載機隊にまかせます。武部、桑田、絶対逃がすな!」
〔わかった! まかせろ〕
 支援を続けていた四機のシューティングスターは翼を翻すと、『武蔵』から誘導された目標へと向かう。
 対象となる機体は黒色塗装が光を吸収する性質も持っているらしく、肉眼はおろか赤外線でも視認は困難だった。しかし、完全に消えることなどはできない。それに、もともとシューティングスターは偵察機として使われていたのだ。西暦二四〇四年の時点では旧式機でも、電子戦装備は高性能なものを積んである。彼らのレーダーからは逃れられず、脱出艇は明白な影となってレーダースクリーンに映し出されていた。
「敵機補足、速力二十七宇宙ノットで戦闘圏外に逃走中!」
 真っ先に発見した剣が報告し、四機は即座に集合して編隊を組んだ。やがて光学フィルターがコックピットにかけられて脱出艇のシルエットが肉眼で確認できるようになった。
 対して、脱出艇のほうはシューティングスターを補足できていない。しかし、シューティングスター隊もすぐには攻撃できない状態にあった。
「こちら武部。桑田、お前のほうはまだ弾があるか?」
「いや、パルスレーザーのエネルギーももうない。ちっ、こんなときに限ってタマなしかよ」
 すでに長期戦を戦い抜いたシューティングスター隊の弾薬は底をついていた。『武蔵』が大破状態であるため、補給が受けられないのも痛い。
 このとき、武部と桑田の脳裏には翼を引っ掛けて落とす曲芸じみた攻撃が浮かんだが、すぐに非現実的だと思い直した。そのとき、倉田が恐る恐る進言してきた。
「あ、隊長、自分の機にはまだパルスレーザーのエネルギーが残っておりますが」
「ばかやろう! それを早く言え! ようし、お前が仕留めろ」
「いえ、しかし……」
「なに? そうか……」
 口ごもる倉田の心境を、ずっと面倒を見てきた武部は理解した。桑田と剣のペアは二人とも乱暴者で通っているが、生真面目な一面を持つ倉田にとって、水に落ちた犬を撃つようなまねは気が引けてしまうのだろう。
 しかし、今はそんなことを言っていられる場合ではない。武部は心を鬼にして倉田に言い放った。
「撃て、お前ができないなら俺があいつに体当たりする」
「なっ!」
 その言葉を最後に武部は通信を切り、機体を脱出艇に向かって一直線に飛ばしていく。二機の距離はどんどんと縮まり、武部機は止まる気配は一切ない。
 倉田は、隊長は本気だと悟った。未来の脅威を排除するために、死んでもここでズォーダーを逃がさないつもりだ。彼は一瞬で思考をまとめあげ、決断した。
「隊長、どいてください!」
 全速力で武部機に追いすがった倉田機が翼を振ると、武部機はすぅっと彼に進路を譲った。倉田機はその進路に代わって入り、彼はそこが脱出艇を狙撃するのに最良のポイントであると知った。
「よーい……撃っ!」
 トリガーを引き絞ると、シューティングスターに残されていた最後のエネルギーがビームに変わり、脱出艇を貫いた。
 爆発、そして閃光と暗黒、それで全部であった。訓練でもこんなに簡単にはいかないであろうという、あっけなさすぎる結末であった。
「武部隊長……」
「言うな。命令したのは俺だ。こんなもんだよ、戦争なんてのは」
 倉田には、自分が歴史的な歯車を動かしたというどころか、確実にひとりの命を奪ったという実感もなかった。敵が強行に反撃してくるならいい。しかし、無抵抗の相手をしとめるというのは、こんなにも簡単なものなのか。
 釈然としない思いを残しつつ、すべての兵器を使い尽くしたシューティングスター隊の戦いはここに終わった。
 
 しかし、主を失うも地球へ落下し続ける超巨大戦艦は止まらない。
「全兵装ダウン……機関出力五パーセントまで低下。もう、追撃は不可能か」
 大破したアンドロメダが、黒煙をあげながら戦線を離脱した。がんばった地球艦隊もすでにほとんどが離脱し、残っているのは『ヤマト』と『武蔵』の二隻だけだ。
 超巨大戦艦、いや、もはや燃え盛る巨大な鉄塊と化した物体は、操るものがいなくなっても、地球自身の持つ引力によって進んでいく。しかし、『ヤマト』と『武蔵』には、もうこれをまともな方法で止める力は残されていない。
「そろそろ、覚悟を決めるしかないか」
 藤堂艦長は艦長席の椅子にずっしりと腰を沈めてつぶやいた。腕組みをして、憂えげに考え込むその容貌は、先祖である藤堂兵九朗長官の面影がわずかに見える。
 この時代に自分たちがやってこらされた本当の理由は、まだわからない。がむしゃらにやるべきことを探し、ここまで来たが、そろそろ潮時のようだ。
「艦首波動砲、発射用意」
「艦長?」
「こうなったら最後の手段だ。敵艦にとりつき、本艦の残存エネルギーを敵の中枢に送り込んで、超巨大戦艦を自爆させる」
「しかし! それでは」
 特攻と自爆という手段は、今まで断固として押しとどめようとしてきた『ヤマト』の最期に重なる。
「勘違いするな。波動砲口からエネルギーを送り込み、敵の自爆で方向転換させるわけだから本艦も自殺はしない。ただ、成功したとしても本艦は間違いなく致命的な損傷を負うだろう。総員退艦、危ない橋を渡るのは私一人で充分だ。あとは『ヤマト』に拾ってもらえ」
 最低限の船のコントロールは艦長席から一人でできる。藤堂艦長は、『武蔵』の最期に殉ずるのは自分だけでいいと、乗組員たちを逃そうと考えた。しかし、彼らは誰一人席から動こうとはしなかった。
 真っ先に席を蹴りそうな荒島や葉月も、命令が聞こえないというふうに席にふんぞりかえっていて動こうとしない。
 怒声を上げようとする藤堂艦長を止めたのは、コンソールに足を投げ出した荒島だった。
「冗談じゃないですよ艦長、艦長のなまった腕でこのポンコツをまともに動かせると思ってるんですか?」
 続いて山城も、荒島よりはかなり控えめながら言う。
「もうこの船はまともに操縦して動くしろものじゃなくなってます。わたしが操縦桿を離したが最後、宇宙のかなたに飛んでいってしまいますよ」
 ほかのクルーたちも、考えていたことはほぼ同じだった。言いたい事はたったひとつ、ここまで来て仲間はずれはやめてくれ。
「艦長、どのみち自分たちは、この世界に放り出された迷子です。この際、家からまで出て行けなんて酷ですよ」
「だが、お前たちまでも艦と運命をともにさせては、私は艦長として面目が立たん」
 船が沈むとき、クルーを道連れにする艦長は愚劣の極みである。だが、黒田大尉は旧知の艦長にこう進言した。
「艦長、この船が沈むなら艦長ひとりで無理したときです。私はずっとこの艦の面倒を見てきましたが、まだまだこいつは余力を残してます。なのに歯車を抜くようなことを言わないでくださいよ」
 黒田の言葉には、客観的な事実だけが織り込まれていた。
 『武蔵』はまだ戦える。しかし、それもクルーたちが血となり肉となってこそ。どこまで行こうと、船は人間が操ってこそ真の力を発揮させられる。しかし、この作戦は成功したとしても『武蔵』の生き残れる確率は低い、ならばと黒田大尉は作戦に一部修正を加える案を出した。
「もはや、敵艦の自爆を誘うしか落下を食い止める方法がないのは確かです。ですが、今気づきましたが敵の爆発の衝撃を最低限に抑えて、いくつかの小さな破片に分裂させれば地球への被害と本艦の損傷も最低限で抑えられるでしょう」
「敵艦を分裂させる!? だが、小さな破片とはいえ大惨事を招くとこれまで警戒してきたのではないか」
「ええ、だから爆発で敵艦を分裂させると同時に別方向のベクトルに加速度をつけてやるんです。自由落下で直角に地表に落下すれば大惨事ですが、ななめ方向で長時間大気との摩擦熱に触れさせ続ければ、体積が減少して最終的には自己崩壊するでしょう」
 藤堂艦長は、脳裏に大気圏突入に失敗した宇宙船を思い浮かべた。炎に包まれてバラバラになり、鉄の塊が跡形もなくなってしまう。宇宙に出る者は教訓として嫌というほど見せられるそれらの映像は、宇宙に出て長い今でも背筋が寒くなるものがある。
「なるほど。しかし、分散させるとはいっても並の宇宙船のサイズじゃない。自己崩壊させられるものか?」
「それならば、大気中を落下している時間のうちに地表から迎撃ミサイルを撃って、さらに細かくしてもらえばいいでしょう。もう姿を隠している意味もないんですから、地球に通信を送って警告すれば」
 黒田大尉の案に、藤堂艦長が思案したのはほんの半秒程度だった。
「わかった。その作戦を承認しよう。成功確率は聞くだけ野暮だ。総員準備にかかれ!」
「了解!」
 艦橋に生気があふれ、『武蔵』は最後の力を振り絞って動き出す。これが本当に最後の賭けだ。
 ズォーダーの置き土産が地球を破滅させるか、それとも救うか。『武蔵』の奇跡的に無傷で残った展望ルームで、能力を失ったテレサはひとり祈っていた。
「どうか、この宇宙に平和と安寧が訪れますように……心正しき人々に、未来を」
 
 
 第36章 完

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