「そうか、そんなことが…・。」

YAMATO艦長室で『ナデシコB』から戻ってきたナブとマーシィの報告を聞き、シマはた
め息をついた。

「彼女、相当思い悩んでいたようです。そしてそれを出して他人を傷つけることを恐れ、私
達の前で普通に振舞おうとしているところが…・。」

あまりにも、痛ましかった。・…マーシィはそう続けようとしたが、言葉にならなかった。

ナブもつらそうな表情を浮かべ、顔を下に向けていたが意を決してシマと向き合う。

「なあ艦長、もとの世界に帰る方法が見つかるまで、『ナデシコB』と一緒に行動してみる
のはどうだ。」

「理由は?」

「連中の目的がなんなのかわからねえがやつらは『ナデシコB』を狙っている。この世界の
宇宙軍も馬鹿でかい戦闘能力をもつ艦をほっとくわけにもいかない。そこで表向きは『ナデ
シコB』がYAMATOを監視するという名目で一緒に行動するんだ。
そうすればこの世界の地球連合は文句は言えねえし、再び黒色艦隊が『ナデシコB』を襲っ
てきても俺達で守ってやれる。ただ単にこの世界をぶらぶらするよりはいいと思うんだけど
…・。」

ナブの提案を、シマは黙って聞く。彼の提案を聞き終え、しばらく黙っているとイスから立
ち上がった。

「理由はそれだけか?」

「え?」

「理由はそれだけかと聞いておる。」

そう言うとシマは前方の窓の方に手を後ろに組みながら歩いていく。

前方に見える地球を眺めながら彼はふと口を開いた。

「ナブ…お前は…いや、貴様らはそんなにしてまで、ホシノ・ルリを、そして彼女の艦に乗
り組んでいるクルーたちをたすけたいのか。」

本当の理由を言い当てられ、慌てふためくナブ。当然その窓に映ったナブの顔も驚きの表情
を浮かべ、彼らと背を向いているシマにも見えた。

「なんでそのことを…いやそれ以前になんで俺達全員の意見だってわかったんだ?」
「ほお、やはりな。」

笑みをうかべながら振り返るシマ。その様子にナブは自分がシマにはめられたことに気づく。

「はめやがったな艦長…ああそうさ。これは俺個人じゃなく、俺達全員の意見さ。けどいつ
気づいたんだ?やはりどっかで俺達の話を聞いたとか…・。」

「『ナデシコ』に乗り込んだ時からうすうす気づいていた。当然あの時のことを全員見てい
たこともな。その証拠に連絡を入れた後の反応が異様に早かった。」

「なんだよ……ていうことは艦長も…。」

ナブの問いにシマは真剣な表情でナブに向き合った。

「ああ、私も同じ意見だ。確かに彼女は無理している所がある。艦長と言う職務は艦全体の
責任を預かるという所があるからな。それに加え唯一の肉親と言える人物が行方不明ときた
…。
彼女は優秀な艦長だがそれ以前にそこら辺にいるごく普通の17歳の少女だ。その少女が背
負うには…あまりにも重過ぎる。」

「それだけじゃないわ。あの艦のクルーもそのことに心を痛めているみたい。マキビ少尉以
外に彼らと話をする機会があったけどみんな彼女やその肉親の人のことに心を痛めている
わ。その一方でまだ行方不明になっているその人の夫のことも心配しているみたいだけど、
そのことになると全員が口を閉ざしてしまうわ。」

マーシィのその言葉にシマは予想していたかのような表情を浮かべた。

「そうか…やはりな。」

「やっぱり、行方不明になっている養父は…。」

「同一と考えていいだろう…この世界において一ヶ月前の内乱に頻繁に出現した、黒い機動
兵器のパイロットとな…。」

ナブの言葉に、シマがそう続ける。

先の内乱でナデシコクルーとその前に出現していた黒い機動兵器とはなんかしら関係があ
ることを、彼らはうすうす気づいていたのだ。

最初、この世界の地球の歴史データーベースでその内容を見たとき、この内容だけは唯一不
可解に思わざるえなかった。独立部隊とはいえ、仮に軍の戦艦ならテロリスト実行犯である
その機体を捕獲するべきなのに、そうしないどころか逆にその機体を援護する動きにでてい
る。

あまりにも不可解な『ナデシコC』の行動に思わずセイレーンの策略かと思いそうになるが、
結局の所この機体とナデシコクルーとなんかしら関係があるのではないかという結論に達
したのだ。

そして今回のことでそのことは確信へと変わった。

「だがな、ナブ、マーシィ、それでどこまで彼らの力になれるか、わからん。もしかすると
最悪の結果になるかもしれん。それでもやる気か。」

決意を正すため、あえてそう言うシマ。それに対し、二人は力強く頷き返す。

「わかっている。だからといって見て見ぬ振りはできねえ。やれるだけのことはやってみた
いんだ。」

「…余計なことかもしれない。けど私達がこの世界から去るまでできるだけのことはしてや
りたいの艦長、いえおじいちゃん!」

二人の言葉を黙って聞くシマ、しばらくしてシマは両手を二人の肩にポンと置いた。

「!・…ジジィ・・。」
「おじいちゃん…。」

驚く二人に対し、シマはやさしげな笑みを浮かべ、語りかける。

「ようわかった、ナブ、マーシィ。お前達のおかげでわしもようやく決心がついたよ…。だ
がな、問題はそのことを地球連合が認めるかどうかだ。」

『え?』

二人の肩から手を離し、再び窓の方に顔を向ける。その時点で彼はこの二人の保護者として
のシマから、YAMATO艦長トーゴー・シマに戻っていた。

「確かにこの世界において最強とも言えるナデシコシリーズの艦を本艦の監視につけると
言う案なら、とおるかもしれん…本艦の戦闘能力が弱ければな。
しかしこの世界において、本艦は黒色艦隊並みの脅威そのものだ。ナデシコクラスが監視し
たところで簡単に出し抜ける。それなら我々を地上に降ろし、終始監視したほうがよほど安
全だ。…最悪の場合なんかしらの理由をつけて我々を逮捕し、YAMATOの接収にでる可能
性がある…。」

「おいまてよ!俺達は別にこの世界の地球に敵対するつもりなんて無いし『タガマガ』の生
存者や『ナデシコB』を救ったんだぜ。それなのになぜ・・…!」

「人は常に強い力に惹かれ、恐れる傾向がある。それが目の前にあれば手に入れようとし、
無理ならば消滅させるのみ…。このYAMATOとて例外ではない。おそらくこの世界の官僚
たちはいかにして我々を利用するか考えあぐねていることだろうな…。」

「・…もし、地球連合が俺達を逮捕しようとしたら…どっかに逃げようか。」

ナブの言葉にシマは半ば反射的に振り返った。

「聞かなかったことにする。そう言うことは本当にそうなったときに考えることだ。」

シマのその言葉にナブは黙ってうなずく。

「さあ、議論はこんぐらいにしてそろそろ寝たらどうだ。明日は別のことで忙しくなりそう
だからな。」

「そうだな…お休み、艦長。」
「おやすみなさい。」

「ああ。」

二人が出て行ったところで、シマは再び窓の外に視線を向ける。

その先には軍事用のステーションが、そしてその先には地球がみえる。

地球の青さ、美しさ…それはシマの知る地球と変わりはない。だが、何かが自分達の地球と
違う。

自分達の世界では既に一つにまとまっていたのに対し、この世界では未だに互いに争ってい
る。彼ら…YAMATOクルー…達の目から見れば、内乱状態といってもいい。

これでは、せっかくのハイジャンプシステムも宝の持ち腐れでしかない。この調子で外宇宙
からの侵攻を受けたらひとたまりも無いのではないか? ・…現にそのことを気づいている
者は果たしてどれだけいるのだろうか。

(長くなりそうかもな…この『航海』も…。)

目の前の地球を眺めながら、そう思うシマ。彼らから見れば異質でしかない地球に、果たし
て無事にやっていけるのだろうか・…地球の美しさは変わらないのに・…。

(変わらない…か。それに賭けるしかないかもな…我々と共通している物に…決して変わら
ないモノに…。)

そう思いながら窓に背を向け、ベットのほうに歩き出す。『コスモス』に収容されてる『ナ
デシコB』に目をやりながら・・…。



Time for parallel 2201

YAMATO2520 and 機動戦艦ナデシコ

Vol.5
選択





翌日・…

終夜突貫で行われた『ナデシコB』も修復はほぼ完了し、いつでも飛び出せる状態になって
いた。ただし、ミサイルなどの通常弾薬は搭載されていない。地上の宇宙軍基地が壊滅して
る以上、補給はネルガル月ドックで行われることになる。
まもなく司令部から通信が入る。その時の命令を受け、『ナデシコB』は月基地に向かう手
はずになるはずだ。しかしその通信は同時に彼らを助けてくれたYAMATOの処遇も決める
物でもあるだけに、艦内は何処となく緊張が走っていた。


ブリッジに向かうリフトの中で一人の少女が手でまぶたをさわっている。

「そんなに…目立たないとは思いますけど…。」

朝、鏡台の前で自分の目が少し赤くなっていることにルリは気になって仕方が無かった。昨
日は泣いたまま机の上で眠ってしまい、体のあちこちが引っかかるような感じをうける。

そうしてるうちに、リフトは目的の場所についた。

「おはようございます。」

挨拶しながらブリッジの艦長席に向かうルリ、副長補佐席からハーリーが顔を上げて答える。

「おはようございます艦長。…あのう…。」

心配そうなハーリーの顔にルリは笑顔を浮かべて答える。

「私のことでしたら心配要りませんよ、ハーリー君。それよりも昨日はご苦労様でした。」

「い、いえ。自分は任務をこなしただけですから…・。」

真っ赤になりながらそう答えるハーリー。だが何か釈然としない彼の態度に彼女は少し問い
ただす事にした。

「…なにか、あったんですか?あの後。」

「いえ、別に…」

「ハーリー君!」

少し厳しい調子で聞いてきたルリに対し、ハーリーは戸惑いながらも答えることにした。

「お二人は・…艦長やテンカワ大佐のことを心配なさっていました。」

「!」

それを聞き、彼女の体がピクンと震える。

「…それで?」

「僕はお二人に『なぜそこまで気にする必要があるのか』と問いただしたんです。するとこ
う答えたんです。『他人事とはいえないから…大切なモノを失うことがどんなにつらいか、
希望を奪われた痛みがどれほどつらい物か、自分達にもその気持ちがわかるから…』と。」

「…そうですか。」

昨日『ナデシコ』に来た彼らのことを思い出しながら、ルリは前方に視線を向ける。

彼らと出会って、まだ日が浅い。しかし、なぜかそれほど違和感を受けない。あの時の彼ら
は親身になって、ルリを心配していた。しかしそれだけではないような気がしてならなかっ
た。

(不思議な…人たちですよね…彼らは。)

そのとき、サクラ准尉の方から報告が入った。

「艦長、宇宙軍総司令部、ミスマル中将から通信が入っています。」

「つないでください。ハーリー君、YAMATOにも連絡。同時に通信回線をYAMATOに直
結してください。」

「了解!」




「よし、メインスクリーンに切り替えろ。」

YAMATOの方も『ナデシコB』からの連絡を受け、シマは艦長席から立ち上がりながらマ
ーシィに通信をつなげるよう指示する。そして数秒もしないうちにメインスクリーンに『ナ
デシコ』経由で送られた映像が映し出される。

映像はニ分割されており右にはルリが、そして左には見事なカイゼル髭を生やした男性将官
が映し出されてる。

その男性将官はシマの姿を認識すると、自分のほうから切り出し始めた。

『お初にお目にかかります、シマ艦長。私が地球連合宇宙軍総司令長官、ミスマル・コウイ
チロウ中将です。』

「ミスマル中将、私が宇宙戦艦YAMATO艦長、トーゴー・シマ大佐です。」

互いに自己紹介を終えると、コウイチロウの方から話し始める。

『シマ艦長、あなた方の事情についてはホシノ少佐からの報告で既に伺っております。そし
て協議の結果、あなた方の言い分が100パーセント真実であると言う結論に達しました。』

「…では。」

『地球連合はあなた方を第一級の国賓として扱うことが決定しました。同時にあなた方を元
の世界に戻すための調査委員会も組織されます。安心していただきたい。』

ある意味最悪の結果を覚悟していただけに、コウイチロウの話の内容はそんな彼らを安心さ
せられるには充分すぎるものだった。もちろん彼の話の裏にはなんかしらの策略もあること
をうすうす感づいていたが、それでもはるかにマシな結果といえるだろう。

『さて、本題に入る前に…ルリ君、君に伝えておくことがある…。…ユリカのことだが…。』

『ハイ…。』

努めて無感情な声で答えるルリ。それでも彼女の手の震えは抑えようにも抑えられない。

『…現在彼女は未だに消息がつかめないのだ…現在も引き続き調査に当たっているが…。』

『!?』

その言葉に思わず彼女の体がビクンと震える。彼女のみならずユリカのことを知るナデシコ
クルーも表情を曇らせる。

『…幸い直撃は受けなかっはずなのだが…未だに消息がつかめないのだ、ボソンジャンプを
して逃れられたということも考えられるが…未だに発見の報告が来ていない・…。』

そのことにルリは顔を俯ける。その周りをナデシコクルー達が心配そうに見守るしかない。
それはコウイチロウもしかりで。辛い表情でそう語るコウイチロウが、痛ましく見える。

『それと今回の襲撃事件についてだが…やはりその艦隊の裏に『火星の後継者』が糸を引い
ていることが判明した。』

「なんですと!」

その言葉に驚きの声をあげるシマ。だが何より驚いたのは誇り高いと言うことで有名な彼ら
が、この世界のテロリスト集団の傘下に入ったことだ。

(自分らの世界にもどるため、腹をくくったと言うことか…・連中は。)




その一方、静まり返っているYAMATOクルーと違い、ナデシコクルーはその事実に騒然と
していた。

「なんだって!いまさら何やらかそうってえの!」
「そうですよ…その件はもう解決したじゃないですか。」

内心あきれ返りながら口々にそう言うサブロウタとハーリー。

『…ただ単に首根っこ抑えただけで解決するわけねえだろ。』

そこへアガが口をはさんできた。その言葉にハーリーは半ばムキになりながら言い返す。

「どうしてです!僕たちは『火星の後継者』の確かに本拠地を抑えたんですよ!」

『だが全てを抑えたわけではない・…それに解決したと言ってもそれは君達の目から見れば
の話だ。彼ら『後継者』の残存勢力から見れば戦いは続いている・…。そうですな、ミスマ
ル長官。』

シマの言葉にコウイチロウは軽く頷いて答える。

『そのとおり、現にその攻撃の直後、統合軍に対し決起声明を送りつけられている。今デー
ターを君達2艦に転送した。』




「データー受信確認、メインスクリーンに転送します。」

マーシィが『ナデシコB』経由で送られたデーターの受信を確認し、メインスクリーンに転
送する。

スクリーンには昔の映画のようなカウントが映し出され、そのカウントが1になると、『後
継者』のマークが画面一面に映し出される。それから数秒して映像は手を後ろに組み、直立
不動の体勢をとる男性士官が映し出された。

直立不動のまま、その士官はカメラをにらみつけたまま声を張り上げる。

『今、この宇宙は偽りの正義と秩序のもたらす悪しき呪縛により腐敗しきっている!』

そう言い切ったところで映像がバックし、そのブリッチの下層部にいる『火星の後継者』側
の士官がずらりと並び、直立不動の姿勢でカメラをにらみつけている。

『今回の宇宙軍施設、及びネルガルへの攻撃は地球連合に対する警告である!今一度われわ
れの主張をのむならそれも由!否であるなら我々は確固たる意思でそれ打ち破るまでだ!
もしもなんらかの返答が無い場合・…』

そこまで言うと男は右腕を振り上げながら声高らかに言い放つ。

『草壁中将の意志を告いだ我々と、その賛同者と共に真の正義と秩序を復活させるため、新
地球連合と統合軍に対し、ここに再び、宣戦を布告するものである!』

その言葉の途中で映像は彼が乗る戦艦が映し出さる。映像がバックしていくたびにその周囲
にいる黒色艦隊の戦艦らが映し出され、そこで映像が途切れた。




「初志貫徹、信念は宇宙を貫く、ですか…。」
『そのためには手段も選ばんか…まったく思いっきりのいいというか無茶というか…。』

リーダー格の士官の演説にプロスペクターとシマがそうもらす。

『南雲義政…木連出身の統合軍元中佐。『火星の後継者』では草壁、シンジョウに次ぎ実質
上ナンバー3だった男だ。』

「でもなんでいまさら…・。」

戸惑い気味のハーリーの疑問に、コウイチロウは淡々と答える。

『前回の決起の後、行方不明だったのだが・…。どうやら水面下で準備をしていたらしい。』

『さらに黒色艦隊との遭遇で決起がはやまったというわけか…。』

シマのその言葉に、コウイチロウは頷き返しながら話を続ける。

『そのとおり。今回の声明に対し、統合軍の反応だが…。』

「…なんといってきたのです?」

口篭もるコウイチロウにルリが尋ねてくる。ある程度予想しているといった口調だ。

そしてその答えはルリの予想を裏切らなかった。

『『後継者』に対する対応は、宇宙軍に任すといってきた…。』




その言葉は、YAMATOクルーらから見れば信じられないことだった。

「おいマジかよ!」
「あんだけ打撃を受けておいてまだわからねえのか!?」
「自分だけよければそれでいいとしか思ってるんじゃないの、どうみても!」
「…到底信じられない…本当に地球の軍隊なのか・…!?」

YAMATOクルーからの非難の声に、コウイチロウは表情を曇らせながら話し始める。

『・…そういわれても仕方がないだろうな…彼らとしては『火星の後継者』と君らの言う黒
色艦隊とは全く行動を異にしていると見ているのだ。なにせ共に作戦行動を行っている所な
ど一度も見かけていないからな。声明のラストの場面も合成映像だと見ているだけで自分達
は黒色艦隊の迎撃に備えると言っている…もっともそれは表向きのことで実際の所脅威と
は見ていないらしい。』

その言葉に歴戦の勇士であるシマもあきれ返るしかない。

「・…失礼承知で言わせてもらえば…自分達のためなら自分達のルーツたる惑星さえ売り渡
すろくでもない集団としか思えませんな。黒色艦隊とて『火星の後継者』を利用しているだ
けに過ぎない。手に入れる物さえ手に入れねば手の平を返すのは目に見えてる。それに対し
て地球側がこれでは・…一日たたんうちに崩壊するでしょうな…。」

半ば非難めいたシマの口調にコウイチロウは反論もしなかった。シマの非難交じりの感想を
黙って聞いた後、コウイチロウは大きく息をつきながら頷く。

『・…そのとおりだ…そこで、君達YAMATOクルーに是非とも頼みたいことがある。』

「頼みたいこと、ですと?」

コウイチロウの含むような言い方に、あたりでどよめきが起こる。

「頼みたいことって…。」
「おそらくロクなことじゃないだろうな…。」

だれもがその頼みがロクなことでないことを予想するクルーも少なくない。そしてコウイチ
ロウからでた言葉は、ある意味彼らの予想に的中していた。

『…『ナデシコB』と共に、『火星の後継者』制圧の任について頂きたい。』

その言葉にYAMATOクルーたちは目を丸くする。意外な提案にしばらくの間声が出なかっ
たがしばらくしてナブが薄ら笑いを浮かべながらコウイチロウに話し掛ける。

「…へへ、本気か司令さん。そんなことあんたらが認めても地球連合政府や統合軍は認める
とは思えないぜ。」

そのナブの言葉はコウイチロウの提案に対するYAMATOクルー全員の感想を如実に表し
ていた。当のコウイチロウ本人もその反応を予想していたのか、平然とその疑問に答えた。

『そのとおり、確かにそのままでは政府はまだしも統合軍は決して認めはしないだろう。そ
こで君達は表向きは親善のための訓練航海として『ナデシコB』の指揮下の基、掃討作戦の
任についていただきたい。無論極秘でだ。』

「…もし、それに従わなかった場合は?」とナブ。

『その場合、遺憾ながら君達を戦闘艦不法建艦、及び海賊行為の現行犯として全員逮捕し、
艦は軍とネルガルが接収することとなる。』

「なんだよ…、どの道俺達をごり押しであんたらの傘下に加えようとしているだけじゃない
か!」

アガの言葉を筆頭に、あちらこちらでYAMATOクルー達が不満の声があがる。

『われわれとて必死だからな、さてどうするかねYAMATOの諸君。』

YAMATOクルーからの冷たい視線をものともせず、平然と言ってのけるコウイチロウ。そ
のことが余計にYAMATOクルーらの先ほどの発言の所為で高ぶっていた神経を逆なです
るに充分だった。

不満と抗議の声が一層高まろうとしたその時…

「しずまれェ!」

シマの怒声に、全員が押し黙る。その後厳しい表情を崩さないまま、スクリーン上のコウイ
チロウに顔を向けた。

「…中将、あなた方の気持ちはわからんまででもない。しかし、彼らはこの世界に飛び込ん
できてまだ心の整理がついておらんのだ。少しの間だけ彼らにあなたの考えを理解する時間
を与えてはもらえんだろうか。その間、個人的にあなたと話しておきたいことがある。」

『…今すぐにですかな?』

「そうだ。それを拒否すると言うのならば、残念ながら我々はあなた方の提案を受け入れる
わけには…いきませんな。」

スクリーンをにらみつけたままそう言ってのけるシマ。その言葉にコウイチロウは眉間にし
わをよせる。

しばらくの間二人は互いをにらみ合う。しかししばらくしてコウイチロウがため息をつきな
がら疲れたような表情を浮かべた。

『…しかたありませんな、いいでしょう。それで気がすむのならいくらでも。』

「…ありがとう、長官。」

と言った所で通信が一端途切れる。スクリーンからコウイチロウの顔が消えたところでナブ
がシマにつめよろうとする。

「どういうことだよ、艦長!」

だがシマはその質問に答えることはなく、少しおちゃらけた調子でマーシィに視線を送る。

「マーシィ、今日の竜座銀河方面の天気模様はどうだ。」

右手で何か操作しながらすこしおちゃらけた感じで聞いてくる。マーシィもその質問に目を
白黒させるがコンソールに突如表示されたメッセージを見て、同じ調子でシマに返答してき
た。

「そうね…少し天候が怪しい所があるけど、今日一日は大丈夫ですよ、艦長」

「そうか、それでは後を頼むぞ。」

「おい、艦長!」

ナブの制止も気にとめず、艦長席ごと艦橋最上部の艦長室へ移動していった。

それをを唖然とした表情で見送るクルー達。憮然とするナブに対しマーシィは安心させるか
のような口調で言ってきた

「大丈夫よ、ナブ。あんたが思っているような事にはなってないわ。」といってコンソール
を操作するマーシィ。

「なってない、てどういう意味…。」

「おい、あれって!」

ナブの声が他のクルーの声にさえぎられる。

後ろを振り向くと、スクリーンにルリの他にシマとコウイチロウが映っている。

再びマーシィのほうに振り向くナブ。マーシィは悪戯めいた笑みを浮かべ軽く頷く。

「なるほど…そういうわけか。」

その顔を見て、ナブはシマの真意を悟った。

どうやら艦長専用回線を艦内のネットワークにつなげたらしい。しかもこの様子だとクルー
達が彼らの通信を見ていること・…少なくともコウイチロウには・…は気づいていない。

「そういうわけって、どういうことなんだい、ナブ。」

ナブの呟きを聞きつけたのか、メガネがそう言ってくる。

それに対し、ナブは笑みを浮かべながらこう答える。

「意地でも問いただすつもりだということさ。あの髭のオッサンの腹ン中をな。」




『さて、なんですかな、話しておきたいこととは。』

艦長室に移動し、回線をつなげた直後にコウイチロウがそう切り出す。

「早い話が、あなたの真意を正したいのだ、長官。…あなたの目的はなんですかな?」

にこやかな笑み…いわゆる外交スマイルを浮かべながらシマが尋ねてくる。傍目から見れば
おき楽な調子を取っているように見える。その目がその口調とは全く正反対の物であること
をのぞけば。

コウイチロウはその視線に臆することもなく、整然とした口調で話し始めた。

『地球連合の安全保障の維持、それが目的だが…・。』

その回答に、シマは表情を変えぬまま、口を開く。

「軍人としての立場から言えばそうなるでしょうな。…だが私が聞きたいのはそのようなこ
とではない。宇宙軍将官としてではなくあなた個人の目的を聞きたいのだ。」

『聞いて何になります?あなたには関係ないことだ。』
「関係あるからこそ聞いている。」

あくまで軍人としての態度をとるコウイチロウに対し、あくまで笑みを浮かべながら鋭い眼
光でたたみかけてくるシマ。
そのシマの態度に、互いの間に沈黙が流れる。

そして、とうとうコウイチロウが折れた。

『…私には今年で26歳になる一人娘がいる…。だがついこの前まで『火星の後継者』に拉
致され、連中の実験で仮死状態にされていたのだ。
 幸い、体にはなんら異常はなく、元気にやっているがこのようなことはほんの一握りでし
かない。『後継者』の手によって拉致され者の殆どは生きて帰ることもなく、かろうじて生
き残った者も連中に施された実験の所為で重度の障害を背負う者が殆どだ。
…だからこそだ!連中は目的を完遂するためには手段は選ばん。そのような連中に、娘の未
来を脅かすことは断じて許すわけにはいかない。

…娘が安心して暮らしてゆける世界にしてやりたい・…それが人として…一父親としての私
の目的だ。』

彼の独白を黙って聞くシマ。既にその顔には先ほどまでの外交スマイルではなく、真剣が表
情で彼の話を聞き入っていた。
そして彼の話の後からしばらくして、シマが切り出してきた。

「…ならば…なぜ彼女を…ホシノ・ルリを巻き込んだ。」
『巻き込む?』

唐突なシマの言葉に、一瞬押し黙る。だがすぐににこやかな笑みを浮かべ答えた。

『私は彼女を巻き込んだつもりはない…彼女は自らの意志で、連合宇宙軍に入隊しただけで
すよ、シマ艦長。』
「だが、間接的に関与はしているだろう…なぜそれほどまで彼女をこの事件に巻き込んだ…
果たしてその必要はあったといえるのか・…。」

確かにかつての『火星の後継者』の乱は、彼らナデシコクルーの力があってこそ解決できた
と言ってもいい…中でも、ホシノ・ルリの存在なくして、敵本拠地の制圧はできなかったと
いってもよかった…。

だが、それでも彼女を巻き込む必要があったのか?そういう疑問が浮かばざるえなかった。

『あなた方は我々の歴史を知っているはずだ。あの状況下で、彼女の力がいかに必要不可欠
か、同じ軍人ならおわかりのはずですよ、シマ艦長…!』

既にコウイチロウの声にはいつもの気楽さを感じる明るさはない。その声は、平坦だった…
自分でも驚くほどに…。

「だが反乱以降、彼女の存在を大体的にアピールする必要が果たしてあったのですかな、ミ
スマル中将。わたしから見れば、その宣伝が彼女を軍に縛り付けているようにしか見えんの
だが…。」

口調とは裏腹に、彼の鋭い眼差しを放っている。そこから感じる気迫に、コウイチロウは思
わず後ずさりそうになる。そしてその次にでてきた言葉は、コウイチロウのみならず、この
通信を聞いている、両艦のクルーを震撼させた。

「それとも…あなたもまた、目的のためには手段を選ばんと言うわけかね。君の娘さんの子
を…ホシノ・ルリを犠牲にしてでもか。」




『!』

そのことにはハーリーや当のルリ本人を除くナデシコクルーの誰もが驚いた。

ましてやユリカとルリの関係などは兎も角、一番驚いたのは最後に出てきたシマの言葉…
『火星の後継者』を抑えるためにはルリすらも犠牲にすると言う件だ。

しかもその言葉に対し、彼女の態度に何ら動揺が見られないことが、余計にクルー達を不安
がらせた。




『唐突ですけど、いつから気づいていたのですか?私とユリカさんとの関係は…?』

スクリーン越しに唐突にルリから尋ねられ、YAMATOクルーの間からわずかに動揺がはし
る。

そんな中、ナブは観念したかのような笑みを浮かべながら打ち明ける。

「うすうすとは感づいていたさ…この世界の情報を集めた時から…。もっともそれらの情報
の殆どはネットワークから完全に分離され、俺達はわずかな情報だけで推理するしかなかっ
たけどな。それでもなんらかの関係にあるということはわかっていた。」

『そうですか…。』




『なにがいいたいのです、シマ艦長。』
「あなたの言う任務は傍目から見れば極秘任務といえば聞こえがいいが黒色艦隊の行動を
見ればそれは名ばかりの物だと言うことが察しがつく。この作戦において我々は連中を引き
寄せる餌でしかない。
私とて軍人だ。戦闘力が高く、優秀なクルーが乗り組む艦であればそのような任務につける
のは当然のことだろう。だが、今回ばかりは違う。」

一端一息つくシマ。その後かれは体を乗り出し、コウイチロウを睨み付けながら言い放つ。

「彼らは確かに優秀なクルーだ。だがその殆どが私やあなたと違い、まだ先の長い、未来の
あるものたちばかりだ。それを承知であなたは逃げ場の無いこの過酷なミッションを従事さ
せるつもりか。…かれらを犠牲にしてまであなたの言う安心して暮らせる世界とやらが作れ
ると思うのか…!」

シマの言葉に彼の表情が一瞬曇る。しかしそれもわずかな間だけですぐに元の表情に戻った。

『確かに私とて抵抗が無いわけではない。だが戦争である以上犠牲者はつきもの。そしてそ
の犠牲の数を少なくすることもまたわれわれ指揮官の仕事でもあることはあなたもご存知のはずだ、
シマ艦長。
 それに彼らは我々宇宙軍の中でも優秀な地球連合宇宙軍軍人であり、同時に宇宙軍内にお
いて最新鋭の艦に乗り組んでいる以上、このような任務につくのは当然のことだ!』

最後の所はやたらと強く言い放つ…その口調は、何処となくやり場のない、怒りを含んでい
たようにも感じる。
しばらく荒い息をついていたが、再び顔を上げ、話し始める。
何処となく、疲れきった口調で…。

『私はあくまで最善の措置をとっただけだ、シマ艦長。この状況を打開しない限りあなたの
言う彼らの未来はこない。もしこの決定に不服とあれば任に就かなくてもかなわん!・…冷
静な判断が求められる状況下で感情的になっている者がいては邪魔なだけだ…・。』

憮然とした表情でコウイチロウはそう言い切る。そしてまるでシマを非難するかのような視
線を向けたまま黙り込んだ。

一方のシマもそのコウイチロウのきつい視線を目をそむける事もなくしっかりと受け止め
る。しばらくして口元にふっ、とかすかな笑みを浮かべた。

『…なにがおかしい。』

だがシマはその疑問には答えず、かわりにこんな言葉が飛び出してきた。

「『医者よ、まず自分を治せ』。」

『なに!?』

「感情的になっているのは…むしろ君のほうではないかな、長官。」

笑みを浮かべたままそう言い切るシマ。先ほどとは違いその態度には余裕すら感じられる。

その態度に当のコウイチロウは余計落ち着きを無くしてしまった。だがその態度も冷然とし
た表情で覆い隠す。

『おかしなことを言いますな、シマ艦長。私は至極冷静ですよ。このような危機的状況下で
感情をはさむ余地など何処にあるというのです。』

「その割には先ほどのあなたはかなり頭に血を上らせていたようだが。」

すぐさまシマに言い返され、コウイチロウの表情が凍りつく。そんな彼などお構いなしにシ
マの話は続く。

「たしかに現状では自由に動ける艦がYAMATOと『ナデシコB』のみだからこのような作
戦も止む終えまい。しかし、長官!あんたはわれわれや黒色艦隊が次元スリップせず、『火
星の後継者』の乱が勃発した場合でも同じようなことをしようとしていたのではないかね。」

『!』

自分の考えを言い当てられ、驚愕の表情を浮かべたまま凍りつくコウイチロウ。その様子を
みてシマはしてやったりといった表情を浮かべる。

「どうやら図星のようだな…。たしかにそのような状況なら彼らは難なく任務を無事遂行で
きただろう。しかしそれでどうなると思う。
『後継者』を潰すことで地球連合の安全は保たれ、さらにはその戦争の『アイドル』すら手
に入れることが出来る。少なくともホシノ・ルリを英雄扱いにすれば賞賛も、そして連合や
宇宙軍に対する不満も彼女だけに集中できる。不満の声を宇宙軍からそらすことで連合も宇
宙軍も、そして君の娘さんも安泰と言うわけだ…・。

…あなたは優秀な軍人だ。物事を至極冷静に受け止め、対応している。しかしあることにな
るとそれに関連することが甘くなる傾向にあるようだな…。失礼承知で言わせてもらえば君
の娘さんに対する優しさは優しさではない。甘さだ。優しさと甘さの区別が、このことにな
ると区別できなくなるようだな…。
たしかにこの『作戦』はプラスになる面が多いだろうが…一人の少女や、その彼女について
きている者達の犠牲で得られる結果には、正直な所喜べん!それ以前に君は彼らの気持ちを
本当の意味でわかっているのか、長官!」




「マジかよ…あのオッサンは!」
「自分さえよければそれでいいと思っているの!?」
「人をなんだと思っているのさ!」
「俺達は人間だ!あんたらの道具じゃねえんだぞ!」

この会話の内容に、それを見ていたYAMATOクルーから不満の声があがる。

自分達が黒色艦隊のおとりになる。そこまではいい。

だが黒色艦隊や自分達がこの世界に出現しなくても結局の所ルリを初めとするナデシコク
ルーを囮として使うつもりだったことに、全員が不平不満をぶちまける。

それと対照的にルリを初めとするナデシコクルーはひっそりと静まり返っている。まるでこ
うなることなど予想していたかのように。

「おい、あんたらさっきから黙っているな。くやしくねえのかよ!あんたらを連中を引き寄
せる為の囮にされることになんともおもわねえのか!」

静まり返っているナデシコクルーに対し、ナブはあきらかにいらだった声でそう叫ぶ。

その言葉に対し、ルリから帰ってきた言葉は、熱くなっているYAMATOクルーの頭を冷や
すのに十二分すぎる物だった。

『…そんなことは、はなから承知ですよ。』

『な!?』

笑みを浮かべながらそう返してきたルリに、一同押し黙る。

『理由はどうであれ、ユリカさんは私達の『仲間』であり、大切な人ですから…囮になると
かそう言うのでなく純粋な意味で助けたいんです、守ってやりたいんです。』

その言葉に、YAMATOクルーの誰もが押し黙った。ルリの話しは続く。

『…かつてユリカさんを助けようとしたとき、新旧のナデシコクルーが集まって『後継者』
の本拠地に赴き、そして助け出すことができました。その裏に様様が思惑があったとしても
なんとしてもユリカさんを助けたかった…だからこそそのことを承知で『ナデシコ』に集ま
ったんです。
たしかにこの作戦も私達を囮にして注意を引き寄せることが目的なんでしょうけど、それが
私達の大切な『仲間』を助け、守ることにつながるなら…やり遂げるつもりです…。』

ニッコリと微笑みながら、そこで言葉をとぎるルリ。

「ルリルリ…。」

その人を安心させる、そしてどこか寂しげな笑みルリに対し、ナブ達は黙って見るしかなか
った。




『わかっている…わかっているつもりだ。シマ艦長。確かに私のやっていることは手前勝手
なエゴも含むかもしれん。それを承知でこの任務に就くルリ君たちにも、申し訳ないとおも
っとる。だが…。』

そこから先ほどの申し訳なさそうな表情から、キッと表情が引き締まり、シマを睨み付けな
がらこう言い放つ。

『わたしの判断に、公私混同させた覚えは無い!!』

はっきりと主張するコウイチロウに、シマは口元にわずかな冷笑を浮かべながら口を開く。

「…まあ、確かに現在の所私もこのようなことになるの現状では致し方ないと思う。…だが
長官、私にはどうしてもこの作戦の裏に明らかにあんたの感情の痕跡はちらほらみかけるよ
うでならんのだ。当のあなたは気づいていないようだがな…、娘さんのこともあるし、当然
と言えば当然だろうがネ。
すくなくともあなたの『優しさ』は今の所この状況に味方している。しかしいつもこうだと
は限らない・…。せめてこの作戦中に我々に牙を剥かんことを祈るだけだ。」

『とういうことは・・…・協力してくれるのかね、我々に。』

「その質問が私に対してのならば、君は振り向ける方角を間違ってるぞ、長官。この用件に
結論を出すのは私ではない。」

と言うと、シマは艦長席のコンソールを操作し始めた。

「さて、諸君はどうするかね?」

そういい切ったころにシマの指がコンソールのエンターキーに触れた。




『こ、これは…!』

唖然とした表情を浮かべるコウイチロウ。その様子にナブを初めとするYAMATOクルーは
ほくそえむ。おそらくコウイチロウの周囲にはYAMATOクルー一人一人の顔が彼の回りの
ウインドウに映されているはずだ。

そしてYAMATOクルーの背後に本来そこにあるべきものが上から降りてくる。

コンソールごと艦長室から降下してきた艦長席はそのままその場所のドッキンググリット
とドッキングを果たした。

それが終わらないうちに艦長席にすわるシマが颯爽と立ち上がった。

そのシマを見かけるや否やコウイチロウは憮然とした表情をシマに向ける。

『…シマ艦長!』

「だましたことについてはすまないとおもっとる。しかし私は…いや、我々はあなたの本心
を知りたかったのだ。」

平然というシマに対し、コウイチロウの顔の眉間にはしわが寄るばかりだ。そんな彼などお
構いなしに、ナブはコウイチロウに向き合う。

「俺達からも言わせてもらうぜ、長官さんよ。確かにこの作戦は正直言って気にくわねえ。
かといってあいつらを見捨てることは出来ない…。」

『それでは…。』

「一緒に行動するさ。けどあんたらのためじゃねえ!これは本当の意味であいつらに手を貸
したいからこそ俺達が勝手にやることだ。」

「だから俺達はあんた達の指揮下に入るつもりはない。ナデシコからの指示には従うけど
な。」とアガ。

『仮に私の指示にナデシコクルー全員に危険が及ぶ物でもかね。』

「あなた方にその程度の力しかないのならば、我々が『ナデシコ』を助けます」

普段は至極冷静なレオンも顔を紅潮させながら言い放つ。

そんなYAMATOクルーに渋面を浮かべるコウイチロウ。ふと視線が彼らからシマの方にむ
く。

『…これが君の・…回答というわけか、シマ艦長。』

「ちがうな、長官。これは我々の…我々YAMATOクルーの総意だ!長官。」

『あなた…達の…。』

その言葉に驚きの表情を浮かべるルリ。それはコウイチロウも同様で半ば呆然とした表情で
YAMATOクルーを見詰めている。

「たしかに私はこの艦の艦長だ。しかしそれ以前に一人の人間でもある。わたし一人の意見
でどうこうできるわけでもない。そのことはあなたとて身にしみてると信じるがネ…。
それにこのことは既に昨日の段階で全員一致していた。もし今回の話が無かったら強引にで
も話を通すつもりだったのだからな。だから今回のあんたの提案を我々は受け入れることに
しよう。…だが!」

そういうと彼は態度を一変させ、鋭い目線でコウイチロウをにらみつけた。

その鋭利な刃物のような視線に、コウイチロウは思わず目を背けたくなる衝動に襲われる。
なんとか踏みとどまったものを、その視線にコウイチロウは背筋が寒くなる思いを感じざる
得ない。

「…もし…あなたの作戦が、非情に危険な物であるとわかったそのときは、我々は、あなた
方の敵になることに、一切の躊躇も無い!…相手が何者であろうと、それが彼らに危害を及
ぶ物であるのなら、即反撃する…。」

その言葉のあと、気まずい状態のまま二人の間に沈黙が流れる。

その沈黙は、コウイチロウのため息混じりの言葉で破られた。

『・…負けましたよ、シマ艦長。わかりました、それではあなた方の命令権は全て『ナデシ
コB』に預けましょう。シマ艦長、あなたはホシノ少佐の戦術アドバイザーとして戦闘時に
アドバイスしていただければ助かるのだが…。』

「かまいませんよ。そうでなくとも最初からそのつもりでしたからな。」

屈託の無い笑顔を浮かべるシマに、コウイチロウもついついつられて微笑む。

『それではルリ君。彼らのことをよろしく頼むよ。』

『了解しました。本艦はこれよりYAMATOと共に、ネルガル月ドックにむけて発進しま
す。』

『うむ、よろしく頼むよ。』

そういって宇宙軍司令部からの通信が途絶えた。

通信が切れ、最初に口火を切ったのは、案の定プロスだった。

『いやはや、なんとも急な展開になってしまいましたねえ。』

「だからといってくよくよしたってなんにもならねえ。行動あるのみさ。」

そのナブの言葉に一同が頷く。

『すみません、私達が本来やるべきことにあなた方を巻き込んでしまって…。』

ルリがすまなそうな表情を浮かべそう言ってくるのに対し、シマはどこぞとなく人を安心さ
せるような笑みをうかべこたえる。

「なぜ謝る必要がある?これは我々が勝手に決めたことだ。あなた方のせいではない。それ
に…。」

シマは一端言葉を区切ると、少しおどけた口調でこう切り出した。

「…船乗りは、昨日の天気のことはしゃべらんもんだよ。」




「シマ艦長…皆さん…。」

シマを初めとするYAMATOクルーの面々の行為に思わず表情が崩れそうになる。

しかしすぐさま元の無表情な顔にもどった。

「わかりました、本艦は最終チェックが終わり次第、直ちに発進します。」

『…了解、司令!』

そこでYAMATOからの通信も途切れた。

「…司令…ですか…。」

通信が途切れる前にシマの言った冗談か本気か判別できないその言葉に思わず顔を紅くす
る。

その時ルリの前にウインドウが開いた。

『最終チェック完了だ、ルリルリ!いつでもいけるぞ!』

ウリバタケからの報告にルリは軽く頷きながら答える。

「了解です、全艦、発進準備!」




艦首側のスラスターを噴射させ、『コスモス』からその艦体を移動させる『ナデシコB』。

『コスモス』から離脱するとその艦体を反転させ、艦首を月へ向ける。

同時にYAMATOもその巨体を反転させ、舳先を『ナデシコB』と同方向に向ける。

「コース設定完了!」
「『ナデシコB』、発進!」

『ナデシコ』は核パルスエンジンを噴射させ、勢いよく前進する。

YAMATOもメインエンジンを噴射させ、『ナデシコ』の後につづく。



黒色艦隊の出現。

『火星の後継者』の執念。

そして、その裏に潜む者たちの真意。

その謎を解き明かすため、彼らは第一の目的地、月へと旅立つ。

しかし、この事件に潜む凶悪な陰が彼らに、徐々に、だが確実にせまりつつあることを・…、

まだ、だれも、知らない・…。





To be continued






あとがき

 いやはや…風邪はひくもんじゃありませんわな〜。
 継続は力なりというけど…間あくと取り戻すのに時間かかりますわな〜。

 とまあ、悪ふざけはここまでとして…。
 Vol.5、脱稿いたしましたが…結構力はいってたな…と今更思ってますが…。
 果たして何処まで行けれるか…ある意味、自分との勝負だと考えてしまうところ…
 ま、そうこう愚痴いっても仕方ありませんしね、時間かかろうが、じっくりやるし
 かない訳です。

 それと、感想下さった皆様方、どうもありがとうございます。私のような若輩者に
 とって、励みになることは言うこともありません。

 さて、定演も近いことだし、しばらく楽器に集中せざるえないわけで、次章の脱稿
 がいつになるかわかりませんが…またお会いいたしましょう…。


By YAMATO





機動戦艦ナデシコはジーベックの作品です。

YAMATO2520はニシザキ・ボイジャーエンターテインメント、及び松本零士の作品です


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